3
死んだんです。確かにそうだった。
何をバカな事を、と思われるでしょう。だってこの歳までしぶとく生きているのですからね。この年寄りは自分を正気だと信じている、だけどそう信じているのは本人だけだ。そう思われても仕方ありません。
でも私は確かに死んだ。そう断言できるのには訳がある。
順を追って話します。聞いて下さい。
目が覚めたら、私は簡易ベッドに寝かされていた。
ベッドと言っても、木の板に草を引いただけのベッドです。しかも場所は、屋根があるだけのおよそ建物とは言えない家屋の中。私はイギリス軍の捕虜収容所にいました。そこは、その収容所の病室でした。名ばかりの病室です。
周囲は捕虜……つまり日本人の病人で溢れていた。特に赤痢がひどかった。大勢の人間が、ただ、ベッドの上に横たわって、皆呻いているだけだった。
私は、刺された直後に、イギリス軍の捕虜になっていたのです。
よく、三途の川を引き返す夢をみた、とかいいますね。あれ、全然ですわ。私は目を覚ますまでの二日間、全く夢など見ませんでした。皆無です。あれ程毎日見続けた妻の夢さえ、見なかった。同じ隊の連中も、私が微動だにしないのでもう死ぬのだろうと思っていた、といいましたから、多分本当に、私は何も見とらんかったのだと思います。
ですから自分も、目が覚めた時は、まさか自分が死んでいたとは思いませんでした。かえってね、そういうもんですよ。
状況が飲み込めず、唖然としたのを覚えています。
そしてそこからは、別の意味で、戦いの日々でした。
私もジャングルの中を這いずり回っておりましたから、同じく多分、赤痢にかかっていたのでしょう。大変な腹痛と下痢が、何日も続きました。
ですから、深く刺された筈の傷が何故思ったよりも浅いのか、考える余裕が無かったのです。
それから何故、妻の姿を見なくなってしまったのかも。
戦地にいる時は四六時中感じていた、妻の気配は消えていました。息遣いが消えました。どうやら私に戦いは向いていないらしい、それ程毎日現実逃避をしていたのだな、精神に異常をきたす寸前だったのだろう、と考えました。
収容所では、夢で妻に会える事もたまにありました。しかしそれは、本物の夢、でした。うつろな夢、です。
私は毎日必死な思いで、彼女の幻影を思い浮かべようとしました。彼女の柔らか頬笑み、滑らかな肌、花の様な香り、甘い口づけ。
生きて帰る。必ず、生きて帰る。
それだけが、私の支えとなりました。
果物売りの少年が、毎日のように、収容所の柵の向こうから果物を売りに来ます。これが堪らなく、魅力的な匂いを放っている。甘く、抗いがたい誘惑です。
それを、ふらふらと買いに行く捕虜仲間。その殆んどが、病気を患っている筈でした。そんな連中が、地元の生モノを食べて、ただで済むはずがありません。
「おい、そんなものを食ったら死ぬぞ」
誰かがそう声をかけますが、彼らは聞く耳を持ちません。
「いいんだ。こんなうまいモノ、食って死ねるなら本望だ」
私は、食べる訳にはいかない。何故なら、必ず生きて帰るからだ。必死でそう決心を固める私の傍らで「うまい、うまい」と彼は、その果物にかぶりついていました、。誰も止められない。
そして翌日、そいつは死んでいました。朝、ベッドの上で動かなくなっていました。これは本当に、彼の本望だったのか? 私は今でも考えてしまいます。
長い捕虜生活を経て日本に帰る時、私はまだかろうじて30代でしたが、頭の毛は総白髪でした。極度の栄養失調でそうなったのです。それでも私の心は、喜びに満ちていた。
懐かしい駅には、母と、面影を残して大きくなった息子、そして写真でしか見た事の無い、少女となった娘が立っていました。
母は私を見つけると駆けより、しがみつき、声を上げて泣きました。私の母は大変気が強く、そんな母が泣く所を見るのは初めてだった。その後ろで、子供たちが神妙な面持ちで立っていた。初めて見る父親に、大変緊張している様だった。
だけど、妻の姿が見当たらない。
家で家事でもしているのか、いつものように。そういう思いで母を見下ろしました。すると母は言いました。
「……死んだよ、あの子は」
私は絶句しましたが、その後の台詞の方が更にひどかった。
「戦争で死んだんじゃない。戦争が終わった後さ。闇市に食料を買いに行って、喧嘩に巻き込まれたらしい。腹にナイフを刺されて、死んだんだ」
私は息が止まりました。頭が痺れ、心臓も止まったのかもしれない。全身の血の流れが、止まった気がしました。
私と同じように腹にナイフを刺されて、私は生きて、彼女は死んでいる。そんなバカな。
冗談を言われたのかとさえ、思いました。
「……いつ?」
帰ってきた答えは、私の確信を裏付けるものでした。
彼女が刺されて死んだ日は、私が刺された日と、同じだったのです。
彼女が私の命を救った。
私は直感しました。
だから私は助かったのだ。だからあの日以来、私は彼女の気配を感じる事が出来なくなったのだ。それまで戦地で、私が彼女の息遣いを感じていたのは、気のせいなんかじゃない。妻が、私の傍らにいつもいたのだ。
不思議なもので、遠く離れていても生きている妻の姿を見る事は出来たのに、死んだ彼女の幻影は、夢の中でしか見れない。しかも私の作りだした姿。私には、死んだ人間を感じとる力は無いらしいのです。
私の胸の中で嬉し泣きをする母と、その後ろで体全体を強張らせて立つ子供達。
彼らを目の前にして、私は、涙を流す事が出来ませんでした。
ああ、暗かった。
本当は昨日の朝にUPして、一気にカタをつける予定だったのに、システム異常で無理でした。
とにかく、この暗さはコレで終わり・・・の、予定です。
お付き合いいただいて、ありがとうございます。