ジュンちゃんの日常
朝
同棲している恋人と一つのテーブルを挟んで向かい合って座る。
僕は彼女の淹れたインスタントコーヒーを、彼女は僕の淹れた紅茶を飲む。
朝のひと時の幸せだった。
「実はですね」
彼女が唐突に話し出す。
「うん」
「愛がほしいのです」
唐突過ぎて僕は首を傾げる。
「どうすればいいの?」
彼女は紅茶のカップをテーブルに置いて、
「S○Xしましょう」
コーヒーが食道を逆流するかと思った。
「なんでそうなるの!!」
「夜の営みも愛の形なのです」
「そうかもしれないけど!今、朝だよ!!出勤及び登校の十分前だよっ!!」
僕は腕時計を彼女に押しつけるように示す。
「大丈夫です!愛の前では些細な問題です!!」
「でっかいよ!?我慢なさい!!」
ラヴコール
デスクワークを処理しながら、僕は昼休みを待つ。
12:15。当番の関係で、一人残る僕は彼女から携帯の着信を確認する。そうして誰もいないことを確認し、電話に出た。
それは仕事の合間の細やかな至福の時。
「突然ですが今日男の子たちと友達と一緒に飲みに行きたいのです」
少しムッとなる。自分の彼女が男友達といるなんて聞いて、そうならない方がおかしい。
しかし、それぐらい許容できる男であらなければとも思う。
ここは堪えて許可するべきだ。
「いいよ。何時から?」
「アフターエイトの3on3なのです」
「3on3?」
「はい。男の子三人と、私を含めた女の子三人なのです」
「……。それって、合同コンパ、所謂合コンってやつだよね?」
「はい」
認めちゃったよこの娘!!
「いけませんか?」
「彼氏に聞くことじゃないよね!?」
「ではOKと……」
「ダメに決まってるでしょうがああああ!!」
デート①
デートをする際に、彼女はわざわざ先に同棲中の家を出ることがある。
一緒に行けばいいのにと思うのだけど、どうやら彼女は「待った?」「今来たところだよ」ってやつをやりたいらしい。彼女の場合だと「いいえ。待っていません」って感じになるのかな?
僕は駅前の街灯の下でモジモジとどこか上気した頬で立っている彼女を見つけた。
もう!!可愛いなあ。
僕は手を振りながら「ジュンちゃーん」と呼びかけた。
彼女はハッとしたように顔を上げ、こっちを見た。
僕は隣に立って話しかける。
彼女が待望したやり取りをしないといけないからね。
「ゴメン待った?」
すると彼女はシュンと肩を落とした。
「もう少し待たせても良かったんですよ」
「へ?」
「焦らされて、妄想して、それだけでイケそうだったんですよ?」
「……どこへ行くつもりだったの?」
あんまり聞かない方が良かったかもしれない。
無知は罪だけど、幸福だと思う。
まあ、こんな状況で使うセリフじゃないけどね。(怒)
デート②
彼女と手をつないで歩く。きっと何物にも代えられない時間だ。
「ジュンちゃん。今日はどこへ行きたい?」
彼女はかわいらしく人差し指を顎に添えて考える。
「う~ん。そうですねー。あっちに行きましょう」
指差した方角は駅から北。って方角だけ示さないでよ。
止める間もなく彼女はドンドン進み出す。どこへ行くのかはわからないのだけど、とにかく僕も追いかける。
しばらくすると昼間にも関わらずピンクの看板のネオンが眩しいビル街へとたどりついた。たどりついてしまった。
そこで彼女は胸を張って告げる。
「到着です」
「いやここホテル街じゃん!!」
ラブホテルが乱立していた。
「ここに来たかったんです」
「なぜ!?」
「言わせないでくださいよ」
赤くなり、モジモジと恥ずかしそうに俯くジュンちゃん。しかし、そんな乙女の恥じらい200%の行動をとられたところで、君が自分でここに来た以上、ホントは君にそんなものがないってことはわかってるんだよ(泣)。
「まだお昼だよ!」
とりあえずツッコミは封印して、別の点を突っつく。
「オールナイトで行きましょう」
「昼なのに!?何時間ヤルつもり?というか今だとオールヌーンだよね!!
って人の話を聞きなさい!!」
ぐんと足を進める彼女の腕を掴んで戻す。
「オールアフタヌーンも含みます」
どんなもんだと言いたげな顔で僕を見つめる。
そしてなおも進もうとする彼女をさらに引っ張る。
「ドヤ顔は止めようね」
上手いこと言ったつもりなのが腹立たしい。
「とにかく行きましょう」
「い・き・ま・せ・ん!!」
彼女を引きづってもと来た道を逆走する。
ジュンちゃんはすごく抵抗した。
とても複雑な気分だった。
デート③
馴染みの喫茶店で二人揃って同じものを注文する。そして、お互いの手で食べさせ合う。傍から見れば間違いなくバカップルだけど、僕らは幸せだと思う。
「これでハート形のストローを使って、同じグラスの飲み物を飲めたら完璧なのですが」
少し残念そうに彼女は微笑んだ。
そして、何かを窺うようにマスターの横顔を見た。
「ははは。さすがに無理を言うのはだめだよ?」
僕はそれを窘める。
「でも、一度やってみたいと思いませんか?ちょっと映画みたいなデートっていうものを」
「ローマを巡ったり?」
「そんな感じですね。ちょっと憧れません?」
僕はそれほどでもないのだけど、彼女が望んでいるのならそれもいいかもしれない。
「まあね」
曖昧に微笑んだ。
なんて笑い合うバカップルのテーブルにカランと音を立ててあるものが置かれた。
それはグラスだった。氷とハートを思わせる淡い赤のドリンクが入った、一人分にしては大きめのグラス。
僕らはそれを置いてくれたマスターを同時に見上げた。
「「……」」
二人して呆然とする。
マスターはプロのシェフが料理に最後の一工夫をするかのように、ポケットから何かを取り出して、グラスに差し込んだ。
青と赤のストローが絡み合い、ハートの形を思わせる形状のストロー。
「マ、マスター?」
「どうも、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる彼女を見て、慌てて僕も座ったまま一礼する。
30代手前のちょい渋めの顔のマスターは平然と、悪く言うと少し不愛想に礼を返した。
「よくこんなものありましたね」
と僕が問いかけるとマスターはなんてこともないように、
「市販で、50本セット230円でしたので」
…………。
衝撃的なカミングアウトに絶句する僕らを気にもせず、彼はカウンターの奥へと去ってしまった。
230÷50=4.6
バカップルの夢の値段だった。
清算
その喫茶店のお代を払う時、
「コーヒー、紅茶がそれぞれ一つ、ランチセットが二つで1200円。バカップル追加料金が八万円。カップルジュース、アッ違った。バカップルジュースが一つ680円。バカップルうざい料金が7000円で、お会計88880円となります」
「あ、惜しい。あと八円でゾロ目ですね」
「何パチンコやりこんだおっさんみたいなことを言ってるのジュンちゃん!?」
「今のツッコミは微妙ですよ。子供もゾロ目を気にします」
「どっちにしろ違うでしょうが(汗)」
「失礼ですね。女の子は永遠にティーンエンジャーなんですよ」
「もう少し落ち着いてくれると僕は非常に嬉しいんだけどね」
と言いつつ僕は財布を取り出す。ええっと、87000円マイナスで、1880円だね。
「はい、1880円」
「……いや、カップルジュースは340円だから1540円でいい」
値段倍にして言ってたのかよ。
返品された330円とお釣りの10円を受け取り僕は思った。
このマスター意外と面白いな。
「ストローはいるか?」
さっき二人でチュウチュウしたストローを持ち出して彼は笑った。
というか、飲み終えたやつを人にもたれると非常に恥ずかしいのだけど。
わざわざストローを持って帰るのも面倒だし、それに必要もないからいいや。
「要りません」
と僕が断言した隣で、
「欲しいです!」
かつてないテンションの高さで、僕の恋人が反応されました。
「欲しいの!?」
「Yes,I'am!」
「英語で返答されたし!!」
しかも多分間違ってる。多分Yes,I'doが正しいと思う(英語力には自信がないのでわからない)。
ニコニコしながらストローを受け取る彼女を見て思った。
彼女はマスターなんかよりももっと面白い。
口調①
ある日の僕らの会話。
「ねえ、ジュンちゃんって誰にでも敬語で話してるよね」
「敬語、ですか?」
「敬語、っていうか尊敬語かな?
確か御両親にも話してたし、僕にだっていつまで経ってもその口調だし」
彼女の御両親の元には同棲する前にその許可を得るために伺ったことがある。
彼女は唇をへの字にゆがめた。
「でしたら、どうすればいいのでしょうか?」
「うーん。なんて言うか、もっと気を抜いてもいいんじゃないのいかな?せめて僕の前はね」
「……私はあなたに気を使ったことなど終ぞありません」
「ははは、……終ぞ、ないんだ」
それは、なんていうかすごくコメントしづらいね。
でも、一般的に言うと彼女の話方はちょっと硬い。まあ聞く方の感想なのだけど。
「その証拠にあなたの前だと私欲望丸出しです」
「胸を張って言う事じゃないよね、絶対」
「猫のように自由奔放です。のらねこさんです。不吉を届けに来たりするかもしれません」
「それ十三印の黒猫さんだよね?
ってか、もう少し僕のことを考えてくれると嬉しい」
「さっき言った事と真逆のことを言っています」
彼女が楽しそうに笑う。
ま、ジュンちゃんがいいというなら、僕は盲目的に従うだけだ。
「でも、あなたがそういうなら、少し変えてみますね」
え?
「いいの?」
「ええ。まあ、ちょっとぐらいならできると思うわ。
それで、今の私の第一印象はいかが?」
「ちょっとカッコいいかもしれないね。何かできる女みたいな雰囲気が醸し出されてるよ。意外な一面かな」
「あらそう?ま、私はあなたの意見なんか気にしないけど」
?
ならどうして聞いたんだよとツッコみたかったが、まあいいや。気にするほどのことじゃない。
「これからその口調にしたら?」
「いやよ。疲れるし。私、さっき前の口調の方が楽だって言わなかった?バカなの?死ぬの?」
「え?何を言ってるの?」
「そんなんだからあなた給料が低いんじゃない?」
グサッと何かが僕の胸を突き刺した擬音がした。
「し、仕方ないじゃないか。まだ務めて初年だし、給料も上がらないし、残業もなるべくしないように頑張ってるのに」
「男なら言い訳しないで結果を残したら」
土下座して謝りたくなるような言葉だった。
「そんなんでこの共同生活、続けられるのかしら?」
気のせいかすごく見下されているような……。
「た・よ・り・な・い・わねー」
グシュッと突き刺さったなにかがさらに奥に刺し込まれる擬音がした。
「こんな甲斐性無しより、他の男さがそうかな~」
ブシュッと刺し口から袈裟斬りされたような擬音がした。
「お、お願いだから見捨てないでー(泣)」
久しぶりに本気で泣いた。
口調②
シクシクと涙する僕の背を優しく彼女は撫でてくれた。
「すみません。私、昔から口調を変えるとヒドイことばかり言ってしまうのです」
「うう……ヒック」
「そこまで泣かれるとは思いませんでした」
「じゃ、じゃあ、さっきのは本気じゃないんだね?」
「ええ。半分ぐらいは」
!!
「うわぁぁぁぁあああん!!」
「すみません。そんなに泣かれるとうっとうしいです」
「さっきの毒舌って君の本心じゃない!?」
泣くことを忘れてツッコみました。
「まあ、このおかげで両親も口調に関しては何も言わなくなってくれました」
もう僕も絶対に言うまい。
義父
彼女と同棲したいという旨を彼女の両親に伝えに行った日の夜。僕は彼女のお父さんとお酒を飲んでいた。
「君は立派だな。しっかりとした大学を出た上に、公務員になって真面目に働いてくれているんだね。そうして、娘を養えるようになってから、同棲したいと、こうして私たちのところまで来てくれた。いまどき珍しい若者だよ。礼儀もわきまえているし、人に敬意を払っているのもわかる。
だがな、それでも一人の女性を養うことは、まだ君の想像以上に大変なことなのだよ。それを知っておいてほしいのだ。
その上で訊こう。覚悟はあるのか?」
アルコールに酔っていても衰えない迫力に気圧されながらも僕は「はい」と頷いた。
「本当か?」
「はい」
再度力強く頷いた。
「娘の性格が受け入れられるのか?」
「はい」
再々度頷いた。
「父親のエロビデオを『お父さん。これはないでしょう』と酷評する娘なんだぞ」
「はい……ってええ!?」
「そのせいで私は……」
涙を滲ます義父さんに、なんといっていいのかわからない僕は沈黙した。
今なら、あなたの気持ちがわかります。おとうさん。