回想 はじまりの記憶
### 回想 はじまりの記憶
――記憶は、不意に蘇る。
千年という歳月はあまりにも長い。
だが、それでもなお消えない記憶というものがある。
高天原城の高い窓から夜の街を見下ろしながら、タマモは静かに目を細めた。
城下町には灯りが広がっている。
人族、獣人、ドワーフ、エルフ――様々な種族が暮らす多種族共生国家ヨモツヒラサカ。その首都は、夜になっても静かに賑わっていた。
だが、タマモの視線はそこには向いていない。
遥か昔。
まだ自分が王でも何でもなかった頃。
ただの子供だった頃の記憶を、彼女は思い出していた。
◇
春の午後だった。
窓の外から柔らかい風が入り込み、教室のカーテンをゆっくりと揺らしている。
黒板には数式が並んでいたが、新田無明はそれをまともに見ていなかった。
頬杖をつき、ぼんやりと窓の外を眺めている。
「……平和だな」
小さく呟く。
特別なことは何もない。
普通の高校生。
普通の教室。
普通の一日。
退屈だが、それでよかった。
――そのはずだった。
視界が、歪んだ。
まるで水面に石を落としたように、教室の空間が波打つ。
「……?」
黒板が揺れる。
机が歪む。
窓の外の空が、紙のように折れ曲がる。
「え、なに?」
「地震!?」
クラスメイトの声が上がる。
だが、それは地震ではなかった。
教室の中央に、黒い裂け目が生まれる。
空間が裂けたような、奇妙な穴。
「おい、無明!」
誰かが叫んだ。
だが次の瞬間。
世界が白く弾けた。
◇
目を開けたとき。
最初に見えたのは、木の天井だった。
古い家の匂いがする。
乾いた木材と、どこか懐かしい土の匂い。
「……?」
体を起こそうとして、違和感に気付いた。
視界が低い。
そして。
体が、妙に軽い。
手を見る。
小さい。
指が短い。
赤ん坊の手だった。
「……は?」
声を出す。
しかし。
「……あぅ?」
聞こえたのは、情けない赤ん坊の声だった。
思考が止まる。
完全な宇宙猫状態だった。
状況を整理する。
教室。
空間の歪み。
白い光。
そして今。
「……まさか」
嫌な予感がする。
扉が開いた。
「タマモー」
女性の声。
若い母親らしい人物が、無明を抱き上げた。
その名前を聞いた瞬間、理解した。
「……転生?」
◇
問題は、それだけではなかった。
数日後。
鏡を見せられて、無明は固まった。
そこに映っていたのは――
金色の髪の幼い少女。
そして。
頭の上に、ぴょこんと生えた狐耳。
「……」
触る。
ふわふわしている。
そして。
動く。
「……誰得だよ」
呟いた。
さらに問題。
この体。
どう見ても。
**女の子だった。**
宇宙猫、再び。
◇
それから数年が過ぎた。
五歳。
春の森は、柔らかな光に包まれていた。
木々の葉の隙間から日差しがこぼれ、地面に揺れる影を作っている。
鳥の声。
風に揺れる枝。
森の奥からは小川の音が聞こえる。
タマモは小さな籠を持ち、木の実を探していた。
「……平和だ」
呟く。
この世界にもすっかり慣れた。
狐人という種族。
巫女の家系。
そして、魔法。
前世のファンタジー知識は、案外役に立った。
そのとき。
「……あ」
森の奥で、少女と目が合った。
黒髪の少女。
同じくらいの年齢。
しばらく、お互い黙って見つめ合う。
そして少女が先に口を開いた。
「木の実、探してるの?」
タマモは頷いた。
「うん」
少女は笑った。
「じゃあ、一緒に探そう」
それが――
トバネとの出会いだった。
◇
それから二人は、いつも一緒だった。
森を走る。
木の実を採る。
川で遊ぶ。
そして、時々。
「修行!」
トバネが言い出す。
「強くなるんでしょ?」
タマモは苦笑した。
「まあ、そうだけど」
前世の知識。
ゲーム。
漫画。
ファンタジー。
この世界には魔物がいる。
だから強くなる必要がある。
「よし」
トバネが拳を握る。
「頑張ろ!」
その笑顔を見て。
タマモは、自然と笑っていた。
◇
八歳のある日。
二人は森の奥まで来ていた。
木の実を探して、少し深入りしすぎたのだ。
「この辺、いっぱいあるね」
トバネが嬉しそうに籠を見せる。
だがその時。
低い唸り声が聞こえた。
振り向く。
そこにいたのは。
巨大な狼だった。
赤い目。
鋭い牙。
魔獣。
「……まずい」
タマモが呟く。
逃げようとする。
だが。
トバネが転んだ。
「っ!」
狼が跳ぶ。
タマモは反射的に前に出た。
「来るな!」
その瞬間。
体の奥で、何かが弾けた。
光。
熱。
そして――
太陽。
黄金の炎が爆発した。
狼は一瞬で燃え尽きた。
だが。
炎は止まらない。
「……あ」
木に燃え移る。
次の瞬間。
森の一部が燃え上がった。
結果。
二人は――
**めちゃくちゃ怒られた。**
「なんで森を燃やしたの!?」
「ごめんなさい!」
正座。
涙目。
そして。
顔を見合わせて。
吹き出した。
◇
回想が終わる。
タマモは静かに息を吐いた。
「……懐かしいの」
あの頃は。
何も知らなかった。
ただ。
トバネと一緒にいた。
それだけでよかった。
タマモは指輪に触れた。
銀色の輪。
刻まれた名前。
「……また」
小さく呟く。
「やり直せるかのう」
千年越しの。
もう一度の物語を。




