第7話 勇者たちの立場
### 第七話 勇者たちの立場
能力測定の結果は、部屋の空気を大きく変えていた。
先ほどまで「異世界に来てしまった高校生」という雰囲気だった三十人の空気は、今やどこか落ち着かない熱を帯びている。
勇者。
その言葉が、現実味を帯び始めていた。
中央の水晶の前では、神官たちが何やら慌ただしく話し合っている。
「……やはり報告すべきでしょう」
「しかし、この段階で陛下に直接?」
「いえ、まずは宰相閣下に――」
小声だが、明らかに焦っていた。
恒一はその様子をじっと観察している。
「……面倒なことになりそうだな」
ぽつりと呟いた。
「え?」
剣斗が聞き返す。
「何が?」
「いや」
恒一は肩をすくめた。
「さっきの永久野の結果」
ちらりと唯愛を見る。
「普通じゃない」
「まあ、そうだな」
剣斗も頷いた。
だがその声は、どこか嬉しそうだった。
「でも、いいことじゃないか?」
「いいこと?」
「強いってことだろ?」
剣斗は真っ直ぐ言う。
「この世界、魔王がいるんだろ?」
「なら、強い方がいい」
それは単純な理屈だった。
だが。
恒一は小さく首を振る。
「問題はそこじゃない」
「じゃあ何だ?」
「立場」
短く答えた。
剣斗は少し考え、ようやく理解したようだった。
「……ああ」
「そういうことか」
強い力。
それは同時に、役割を意味する。
勇者。
つまり――戦う存在だ。
「俺たち」
彩葉が不安そうに言う。
「本当に魔王と戦うの?」
その質問に、誰もすぐには答えなかった。
異世界に来たばかりの高校生。
戦争など、現実感がない。
だが。
「多分」
恒一が静かに言った。
「そうなる」
部屋が静まり返る。
「だって」
彼は淡々と続ける。
「勇者召喚って、そういうもんだろ」
否定する材料が、誰にもなかった。
◇
しばらくして、神官がこちらに向き直った。
先ほどよりも、どこか丁寧な態度になっている。
「皆様」
神官は深く一礼した。
「本日の測定は以上です」
「これから皆様には、勇者としての教育と訓練を受けていただきます」
ざわめきが広がる。
「やっぱり……」
彩葉が小さく呟く。
神官は続けた。
「まずはこの世界の基礎知識」
「魔法」
「戦闘」
「そして魔族について」
そこまで言って、少し声を落とした。
「魔王についても」
部屋の空気が、わずかに重くなる。
だが。
神官はすぐに柔らかい声に戻った。
「もちろん、いきなり戦わせるようなことはありません」
「陛下もそのように仰っております」
その言葉に、少しだけ空気が和らいだ。
「今日はもう休んでください」
「皆様の部屋を用意しております」
兵士たちが扉を開く。
勇者たちは、ゆっくりと部屋を後にした。
◇
高天原城の廊下は広かった。
窓からは街が見える。
多種族共生国家ヨモツヒラサカ。
人間だけではない。
耳の長い者。
小柄な者。
獣の耳を持つ者。
様々な種族が街を行き交っている。
「……すごいな」
剣斗が呟く。
「本当に異世界だ」
「うん」
彩葉も頷く。
「なんかファンタジーって感じ」
だが。
唯愛は、あまり景色を見ていなかった。
胸の奥が、まだ落ち着かない。
理由は分かっていた。
九尾王タマモ。
あの存在。
姿はほとんど見えなかった。
それなのに――
どうしても気になる。
「……」
立ち止まる。
「永久野?」
彩葉が振り向いた。
「どうしたの?」
「ううん」
唯愛は小さく笑う。
「ちょっと考え事」
「大丈夫?」
「うん」
だが。
胸の奥の違和感は消えない。
声。
空気。
魔力。
全部が、どこか懐かしかった。
そして。
なぜか分からないが――
あの女王が、少しだけ寂しそうに見えた。
◇
その頃。
城の最奥。
玉座の間では、タマモが一人窓の外を見ていた。
街が見える。
高天原の街。
千年前、自分が築いた国。
「……勇者、か」
小さく呟く。
召喚されたのは三十人。
そして。
その中に――
「トバネ」
名前を口にする。
千年探していた魂。
だが。
状況は、あまりにも皮肉だった。
勇者。
つまり。
魔王と戦う存在。
「やれやれ」
タマモは苦笑した。
「厄介な巡り合わせじゃ」
視線を遠くへ向ける。
魔王。
そして――
新魔王ヤスナ。
あの子もまた、自分の因縁の中にいる存在だった。
「世界は」
静かに呟く。
「妾を休ませる気がないようじゃの」




