第5話 魂の残響
### 第五話 魂の残響
謁見は、想像していたよりもあっさりと終わった。
玉座の向こう、幻術のベールの奥にいる女王――九尾王タマモは、必要以上の言葉を語らなかった。勇者たちにこの世界の大まかな状況だけを説明すると、最後にこう告げた。
「そなたらには、まず己の力を知ってもらう」
静かな声だった。
「勇者召喚に応じて来る者は、それぞれ特別な加護を持つことが多い。まずはそれを確認する」
その言葉の後、勇者たちは兵士たちに案内され、謁見の間を後にした。
重い扉が閉まる。
その音が城の奥へと吸い込まれていく。
広い廊下を歩きながら、クラスの空気は先ほどまでとは明らかに違っていた。
「……はぁ」
誰かが深く息を吐いた。
それが合図だったかのように、緊張が一気に緩む。
「めちゃくちゃ緊張した……」
風間彩葉が胸を押さえながら言う。
「なんかさ、あの女王……怖くなかった?」
「怖いっていうか」
相沢恒一が眉を寄せる。
「圧がすごかった」
「分かる」
神崎剣斗が頷いた。
「近くにいるだけで、息苦しい感じ」
「俺、途中で足震えてたぞ」
東堂剛士が苦笑する。
「戦う前に負けそうだったわ」
クラスのあちこちから、苦笑が漏れた。
だが――
「……」
唯愛だけは、黙っていた。
歩きながら、ふと後ろを振り返る。
もう玉座は見えない。
厚い扉が閉ざされているだけだ。
それなのに。
胸の奥が、まだざわついていた。
懐かしい。
あり得ないはずなのに。
あの女王の声を聞いた瞬間、胸の奥の何かが震えた。
「……変だよね」
小さく呟く。
そんなはずはない。
初めて会った相手だ。
それなのに――
「永久野?」
剣斗が振り向いた。
「どうした?」
「あ、ううん」
唯愛は慌てて首を振る。
「なんでもない」
そう言って笑う。
だがその笑顔は、どこか曖昧だった。
◇
勇者たちが去った後。
謁見の間は、静寂に包まれていた。
兵士も、侍従も、すでにいない。
広い空間に残っているのは、ただ一人。
「……はぁ」
玉座の上で、タマモは深く息を吐いた。
「疲れるのう……」
ぼそりと呟く。
女王の威厳はどこへやら、完全に気の抜けた声だった。
ぱちん、と指を鳴らす。
その瞬間。
玉座の前に張られていた幻術のベールが、音もなく消えた。
金色の髪。
狐の耳。
そして九本の尾。
九尾王タマモ。
その姿が、ようやく完全に現れる。
「……間違いない」
ぽつりと呟く。
金色の瞳が、静かに細められる。
「トバネじゃ」
胸の奥が、まだ震えていた。
千年という時間を越えて。
魂が、確かにそこにあった。
永久野唯愛。
あの少女の魂は――
間違いなく、トバネだった。
タマモは自分の手を見る。
両手の薬指。
そこには、二つの指輪があった。
銀色の輪。
内側には、小さな文字が刻まれている。
**タマモ**
**トバネ**
「……」
指でそっと触れる。
指輪は、ほんの僅かに温かかった。
「反応しておる……」
タマモの心臓が、強く鳴る。
千年。
ずっと待っていた。
ずっと探していた。
魂は輪廻する。
だから、いつかまた会えるかもしれない。
そんな可能性だけを信じて――
「……ほんとうに」
小さく笑う。
「見つけてしまったのう」
だが。
タマモの表情は、すぐに曇った。
「しかし……」
唯愛は、覚えていない。
当然だ。
転生すれば、記憶は消える。
それがこの世界の理だ。
だが。
タマモの胸の奥に、微かな恐れが生まれていた。
「もし」
もし、トバネが――
前世を思い出したら。
◇
城の別棟。
勇者たちは広い石造りの部屋に案内されていた。
中央には、大きな水晶が置かれている。
「これより能力測定を行います」
神官らしき男が説明する。
「勇者召喚に応じた者は、それぞれ特別な力を持つ場合があります」
水晶を指差す。
「この水晶に手を触れてください」
「それだけで?」
恒一が聞く。
「はい」
神官は頷いた。
「適性、魔力量、加護などが判明します」
ざわめきが起きた。
「ゲームみたい……」
「ステータス鑑定かよ」
東堂が笑う。
「よし、俺から行くわ」
豪快に歩き出す。
そして水晶に手を置いた。
次の瞬間。
水晶が強く光る。
「おお……!」
神官が声を上げた。
「凄まじい魔力量……!」
勇者たちが一斉に前のめりになる。
「加護は……」
神官が水晶を覗き込む。
「**戦神の加護**」
「おおお!」
歓声が上がる。
東堂が笑った。
「マジかよ」
「やっぱ主人公体質だな」
恒一が呟く。
能力測定は次々と進んだ。
剣斗。
彩葉。
恒一。
それぞれが特別な加護を持っている。
勇者召喚。
その名に相応しい力。
そして。
「次」
神官が名簿を見る。
「永久野唯愛」
唯愛が前に出た。
少しだけ緊張した様子で、水晶の前に立つ。
そして。
そっと手を触れた。
――その瞬間。
水晶が、眩い光を放った。
「なっ……!?」
神官の顔色が変わる。
光は止まらない。
どんどん強くなる。
部屋全体が白く染まる。
「これは……!」
神官の声が震える。
「あり得ない……」
水晶に浮かび上がる文字。
**魂の共鳴**
そして。
**太陽の加護**
その瞬間。
高天原城の玉座の間で。
タマモの指輪が、強く光った。




