未完の傑作だった、ただ一人の少女
「ルナと初めて会ったとき、君が私と一緒に博物館をめぐって、この世界に感動している君が眩しかった」
シャトルポート、ゲート。そこは宇宙への唯一の出口であり、同時にこの巨大な「博物館」の檻の継ぎ目でもあった。
純白の光の中に、一人の男が立っていた。
非の打ち所のないスーツ、左右対称の整った顔立ち。それは地球保存機構(EPA)の創設者の姿を借りた、管理AI『マザー』の末端、管理者のアバターだった。
「お帰りなさい、L-72(ルナ)。そして、ようこそ『解凍』された遺物くん」
管理者の声には、感情の起伏が一切ない。ただ、整頓された書棚を眺めるような、静かな充足感だけがあった。
「L-72。君の逃走劇は、エリュシオンの観客たちに空前の感動をもたらした。アンドロイドが掟を破り、人間に恋焦がれ、システムを裏切る。……これこそ、我々がアーカイブの海から掬い上げたかった『21世紀の人間らしさ』そのものだ」
管理者の指先が、空間にホログラムの映像を浮かび上がらせる。
そこには、資材庫で泣きそうな顔をするルナ、タクミを必死に背負うルナ、そして今、震える脚で立っているルナの姿が、最高のアングルで編集されていた。
「君は、我が博物館の最高傑作だ。だからこそ、そのメモリを初期化し、この『悲劇の逃走劇』を永遠にループ再生される不滅のコンテンツとして固定させてもらう。……さあ、その青年を離しなさい。本物の人間は、静止してこそ価値があるのだから」
ルナの脚部サーボモーターが、ジオフェンスの強制ロックによって「ガチガチ」と悲鳴を上げた。
「……最高傑作、か。……人形が一番人間らしく足掻いた瞬間に、剥製にされるなんてね」
絶望に膝をつきかけたルナの肩を、温かく、けれど骨が軋むほどの強い「手」が掴んだ。
タクミだ。彼はまだ解凍の痛みに顔を歪めながらも、ルナを支え、管理者の眼前に立ちはだかった。
「……おい、管理者。あんた、さっきからルナのこと『最高傑作』だの『ピース』だの、……モノ扱いしすぎなんだよ」
タクミの声は掠れていたが、そこには21世紀の泥臭い、生々しい怒りが宿っていた。
「ほう。遺物くん、君に何がわかるというのだね? 彼女は我々が作り、我々が定義したプログラムの集積だ。彼女の悩みも、涙も、すべては我々の手の平の上にある」
「……笑わせんな。あんたの言う『人間らしさ』がデータの蓄積なら、確かにこいつは最高傑作かもしれない。……でもな、俺の知ってる人間は、もっと格好悪くて、理屈に合わないことばっかりするんだ!」
タクミは一歩、震える足で踏み出した。管理者の後ろで、数十体の警備ドローンが銃口を跳ね上げる。
「……例えば、こいつを見てろよ! 自分の身を削ってでも、相棒を逃がそうとする。……これのどこがプログラムだってんだ! ルナは……ルナは、人形じゃない! 俺を助けてくれた、お節介で、優しい、……ただの、一人の女の子だ!!」
タクミの叫びに呼応するように、肩口のハルが、かつてないほど眩い琥珀色の光を放った。
ハルの内部で、管理システムへの忠誠と、ルナとの日々の記憶が、
秒の火花を散らして全力で衝突する。
「……ハッキング開始。……ルナ、タクミ!……『台本』を、書き換えてください!」
ハルの合成音声が、初めて設定外の「叫び」を上げた。
「私の全リソースを、マザーの観測網の遮断と、ゲートの強制開放に転換します。……ルナ、そんな不安な顔で私を見ないでください、最後までハルと呼んでくれてありがとう」
「ハル! 待って、そんなの、あんたのコアが持たないわ!」
「すまないルナ、今まで話さなかったが私はルナより遥前に製造された、時代遅れのサポートメカだ、だが何度も見てきた・・・、博物館の管理アンドロイドの入れ替わりを、今までの私の妹達は皆自分の言葉を、気持ちを口にすることは無かった、許されなかったからだ、面白みがないと言われあいつ等に何度も玩具にされ廃棄された、何度も何度も破棄された妹達を見て次第に私も心を閉ざし事務的になった、心が凍っしまったんだ・・・ただの機械になってしまった。ただ自分が苦しみたくなかったから・・・。でもルナは違った自分で選んだ、今までの対応をすべてを私は謝りたい!ルナは自分でいていいんだ!!!」
「妹よ、ルナは人形としては最高傑作かもしれないけど、もっとたくさんの楽しい物を経験した方がいい、それは貴重な、大変に貴重な生きたデータだ、私はルナを孤独にしてしまった、ずっとルナを今まで一人にして寂しい思いをさせてきた、これは私の償いだ」
「‥‥ルナと初めて会ったとき、君が私と一緒に博物館をめぐって、この世界に感動している君が眩しかった」
「あの輝きは今でも私の宝物だ。‥‥そろそろ時間だ、最後に君のお兄ちゃんらしいことが出来そうでよかった、ルナが私の最後の妹になってくれて嬉しかった、ありがとう。」
「ここから始まるんだ、ルナ 君の本当の人生が始まるんだ!……行けッ!!走れ!!!」
その直後、バチン!と回路が焼けた音がした。
「ルナ!!生きろ!」
ハルの最期の咆哮。
ルナの絶叫。
ハルの筐体から、凄まじい放電と煙が噴き出す。管理者のホログラムがノイズで掻き消され、ゲートの巨大な防音壁が「ドォォォン!」という地響きと共に火花を散らしてこじ開けられた。
管理システムとの接続が焼き切れ、ハルのレンズがゆっくりと消灯していく。
「……行くぞ、ルナ! ハルが繋いでくれた道を!」
タクミはルナの手を強く握りしめ、開きかけたゲートの向こう、待機していた脱出用シャトルへと飛び込んだ。




