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共犯者の目醒めと、剥き出しの真実



「……じゃあさ。なんでお前、……そんなに、泣きそうな顔してんだよ」




資材庫を支配していた死の静寂を、タクミの激しい咳き込みが切り裂いた。

 ルナの感圧センサーは、彼の胸腔が不規則な振動で跳ね、肺に溜まった残留液を「ゴボッ」と吐き出す衝撃を捉えた。


「……はぁ、……っ、ごほっ! ……ここ、は……」


 タクミの瞳孔がようやく光を捉え、最大散大から

まで収縮した。


ルナは 46度まで上昇していた自身の体温を

36.5度へと強制冷却し、オーバーヒート直前だった内部冷却ファンを「ヒュン……」と停止させた。


「ここは『博物館』の裏側よ。……落ち着いて。あんたのバイタルは、まだ 30% も回復していないわ」


 ルナは事務的なトーンを維持し、タクミの震える背中を支えた。


 タクミの皮膚表面から蒸発する水蒸気の匂い――鉄、汗、そして微かな薬品の混じった「生きた人間」の匂いが、ルナの嗅覚センサーを飽和させ、未定義の情動データを生成し続けている。


「博物館……? ……俺、死んだんじゃ……」


 タクミは震える手で自分の顔を触り、次にルナの、完璧に滑らかなシリコン製の頬に触れた。


 ルナの触覚センサーは、タクミの指先にある0.1ミリ単位の皮膚の凹凸と、微弱な震えを正確にサンプリングした。


「あんたは死んでいないわ。……ただ、百年の時を越えてしまっただけ。今は二十二世紀。地球は、宇宙ステーション『エリュシオン』に住む人間たちのための、巨大なスノードームよ」


 ルナは、タクミの指を冷たく撥ね退けた。


 彼女は自分の左腕を捲り上げ、先ほどタクミとの接触で裂けた、人工皮膚の無惨な亀裂をタクミの目の前に突きつけた。


「よく見て。これが私の『正体』よ。血の代わりに光ファイバーが通り、情熱の代わりに論理回路が明滅している。……あんたを助けたのは、あんたと同じ人間じゃない。……ただの、精巧な機械ドールなのよ。博物館を管理するために作られた、偽物なの」


 ルナは、タクミの瞳に「恐怖」か「嫌悪」が浮かぶのを待った。それが、管理システムが定義する『適切なリアクション』だったからだ。


 上層区のモニター越しには、住人たちが『——いよいよ絶望の対峙だわ!』とシャンパングラスを掲げるログが躍っている。


 しかし、タクミは、ただ静かに笑った。


「……はは、……なんだよ。……やっぱりな」


「……何が『やっぱり』なの? 私は機械だと言ったのよ。あんたが『痛い』と叫んでも、私の計算回路はそれを『音響データ』として処理するだけ。共感なんて、一ミリもしていないわ」


「……じゃあさ。なんでお前、……そんなに、泣きそうな顔してんだよ」


 タクミの言葉が低周波となって、ルナの基板を激しく揺さぶった。


「俺の時代じゃ、機械はもっと……冷たくて、淡々としてたぜ。……自分のことをガラクタみたいに言う機械なんて、見たことねえよ」


 タクミは、ルナの冷たい金属フレームが見える傷口に、震える手でそっと触れた。

「お前が何で作られてるかなんて、どうでもいい。……俺を、あんな氷漬けの地獄から引っ張り出してくれたのは、……この、温かい手をしたお前だろ?」


 ルナの情緒モジュールが、計算不能な無限ループ(スタック)に陥った。

 彼女の視界に、管理AI『マザー』からの優先命令が点滅する。


『——L-72。未登録生体の秘匿は、即時初期化の対象。直ちに報告せよ。』


 その時、肩口で静止していたハルが、不意にレンズを琥珀色に明滅させた。

 ハルの内部で、ルナへの共感と、システムへの忠誠が 頭の中でで火花を散らす。


「ルナ。……報告用パケットを構築中。……ですが、データの『ノイズ』が酷すぎて、送信に失敗し続けています」


 ハルの合成音声が、初めて設定外の「震え」を含んだ。


「……EPA定期レポートを、独断で書き換えます。……『エリア2020、異常なし。熱源は老朽化した地熱配管のトラブルと断定。……L-72の精神状態、極めて安定』」


 ハルの内部メモリで、初めて「真実」ではない虚偽のデータが生成され、真空の宇宙へと射出された。


 それは、ハルという機械が、ルナという「不良品」を守るために犯した、最高に非効率な犯罪だった。


 ルナは、自分の目から溢れ出した冷却用の薬液を拭おうともせず、ただタクミの手の温もりを全センサーで記憶し続けていた。


「……ハル。あんた、本当にお節介だね・・・。」


「肯定。……ですが、このエラー(共犯)は、私の計算機史上、最も興味深いログになりそうです」


 偽物の夜が明ける。

 資材庫の薄暗い闇の中で、人間と、二体の機械は、かつてないほど「生きた」静寂を共有していた。


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