キョーヘンという村
ケイとシェルはキョーヘンビレッジに足を踏み入れた。村全体に活気はなく、生ぬるいような、変な風も吹いている。村人も老人ばかりであった。
「おい、若いのが来たぞ。どうする」
「どうするって言っても、剣持ってるぞ……」
しかも、こちらの方を見て何かコソコソと話している。その上不思議なことに、この村に入った瞬間、ペンダントの光が弱くなり、線香花火のような光り方になった。
(何だこの村……)
ケイがいぶかしがっていると、
――「もしもし旅の人」
ふと、1人の老人がケイとシェルに声をかけてきた。
「こんな辺境の地に、何か用かね?」
「えっと、『レイセ』って町に行きたいんだけどさ、ここからすっごく遠いんだよね?」
ケイはその老人に尋ねた。
「レイセ……。そうじゃなあ、町の名前は知っとるが、正確な場所はなあ。この通りさびれた村じゃ、大きな町が近くにあるような所ではないわい」
「そっか……」
シェルも言っていたが、やはり目的地には遠い場所かと、ケイは落ち込む。
「あとさ」
また、
「何かオレたち、取って食われたりしそうな感じなの?」
単刀直入に、そう聞いた。周りのコソコソ話が、怪しくて仕方がなかったのだ。
「い、いや、そんな訳は」
その老人は、分かりやすいくらい狼狽していた。そして、
「老人、この村にはワシの守護獣がいるのか?」
シェルの方も、老人に質問する。
「しゅごじゅう? 守り神みたいな?」
初めて聞く言葉に、ケイは首をかしげる。
「ああ。この村の看板にはワシが施されていて、この村の近くにはモンスターが生息していた森もあるのに、この村に来る気配はなかった。そして失礼ながら、この村でモンスターと戦える人は少なそうだ。この村全体を守れる何かがあるのかと、そう思っただけだ」
「なるほど。でもそれとオレが言ったこと、何か関係が……」
ケイは少し考え、両手をパンと叩く。
「あれか、生贄的な!」
ケイとしては無邪気に言ったわけだが、老人は動揺し、完全に図星のようだった。
「でも守護獣に生贄なんて本末転倒。何か、事情でも?」
シェルもそう言い、その老人は色々と話し始めた。
確かにこの村には守護獣として巨大なワシ、名を「ディアン」と呼ぶ存在がいると。そしてそのディアンはずっとこの地を守ってくれていたが、最近では食料が少ないと言い、村中の食べ物を差し出しても足りないと言うと。挙句の果てには人を、しかもこの村にいる老人ではなく若い人間の肉をよこせと言い、困っていたのだと。
「なるほどねー」
ケイはうんうんとうなずく。
「生贄になるのは無理だけどさ、そのワシ、ディアンだっけ? それの暴走を止めるのには力を貸すよ」
そして老人に対してそう言った。シェルの方もうなずいている。
「本当かね? じゃあ、着いてきてくれ」
その後、老人に連れられ、ケイとシェルはディアンのいる場所に向かう。村の奥の奥、柳のようにしなる木がたくさんある林を抜け、目的地へ。そこには本物の大ワシのように、羽は黒と白、くちばしが黄色いワシがいた。1つ違う所があるとすれば、普通のワシより何十倍も大きい所だ。
「それが貢ぎ物か?」
そのワシ、ディアンは鋭いまなざしでこちらを睨む。しかも人の言葉を話している。
「おい、村の人を困らせるなよ」
巨大なワシが話す程度ではケイはもう驚かず、それ以上に人を困らせていることに難色を示しているようだった。
「黙れわっぱ! 我は腹が減っておる。黙って我の糧になれば良い!」
そしてディアンは強風を巻き起こしながら飛び立つ。周りの木々は大きく揺れた。
「ぎゃあ!」
老人も吹き飛ばされそうになる。
「こ、の!」
ケイは急いで老人の周りにドーム状のバリアを張った。するとそれ以上老人が悲鳴を上げることもなかった。
(良かった……)
ケイがホッとしたのもつかの間、ディアンの羽がこちらに向かって飛んできた。しかも普通の柔らかい羽ではなく、刃のように鋭く固そうな形状をしている。ケイは自分の目の前にバリアを張ろうとするが、上手く出てくれない。
(まずい……!)
そう思った瞬間、ケイの前にシェルが現れ、羽を全て剣ではじき返す。
「大丈夫か⁉」
「あ、ああ」
何とか羽の猛攻は防げたものの、ディアンは空中に留まったまま、こちらを睨みつけている。そして急に高く飛び上がったかと思えば、急降下してきた。ケイは自分とシェルの前にバリアを張る。今回はちゃんと壁型のバリアを出すことができたが、ディアンがぶつかると、ピキピキと音をたて、ヒビも入ってきた。
(やばい、いつもより強度が……)
2か所にバリアを張るのは今回が初めてで、こちらのバリアを強くしようとすると、老人の方のバリアが解除されそうになる。ケイとシェルはバリアが割られる前に左右に分かれて逃げる。次の瞬間、バリアが割れる音と共に、2人の間をディアンが飛び去っていった。その時の風だけで、遠くまで吹き飛ばされてしまいそうになる。もしあの巨体で、あの速さで突進されたら、無事では済まないだろう。
「くそっ」
ケイはディアン目がけてビームを打つ。しかしバリアを張っているせいか、いつもと比べて威力が格段に下がっている。しかもディアンのスピードに追い付かない。ディアンは再び空に舞い、四方八方に風を起こす。
「あ、あああ……」
バリアで守られているとはいえ、老人はおびえて腰をぬかしていた。
「おい、オレ達はともかく、村の人まで傷つけるなんて酷くないか!」
その様子に、ケイは再度叫ぶ。
「黙れと言っているだろう! 我の腹も満たせぬ奴らなどどうでもいい!」
しかしディアンも、一切手を緩める気はなかった。
(どうする。あの人のバリアを解除すれば、いくらでもビームは打てる。でもそんなことしたら……)
老人を先に避難させようと思っても、老人はとても歩ける状態ではなく、担いで移動することも難しそうだった。
「ケイ、いいか」
すると、シェルがケイに耳打ちした。何か、作戦がある様子。
「無駄だわっぱども!」
しかし次の瞬間、またディアンが急降下してきた。シェルはケイを突き飛ばし、自分は剣を縦に構えてディアンのくちばしに剣を添わせる。
「くっ……」
だがそれでディアンのくちばしに傷をつけることすらできず、シェルは林のある方へ吹き飛ばされてしまった。
「シェル‼」
間一髪ディアンの攻撃を避けたケイはそう叫ぶ。しかし、シェルからの返事はなかった。
「あと1人……」
ディアンは上空に戻り、眼光鋭くケイを睨む。
「ちっ」
ケイは細いビームを打つ。しかしディアンは軽々と避けてしまう。それでもケイは何回も何回もビームを放ち続けた。
「無駄なあがきを……」
ディアンはスレスレのところでビームをかわし続ける。そんなに大きく動かなくても、避けられるくらい動きも単純だった。
「この、この!」
それでもケイはビームを打つのを止めない。
(何だこいつは。はなから我に当てる気はないのか?)
ディアンも、何かがおかしいと感じる。ヤケになったかとも思ったが、ケイの目に諦めの色は見られなかった。
「戦神よ……」
すると、林の方から、かすかに人の声が聞こえた。ディアンが目を向けると、そこには飛ばされたはずのシェルがいた。シェルはボロボロになったマントをなびかせつつ、力を剣に注ぐ。シェルはマントをクッション替わりにして衝撃を緩和し、林の中で身を潜めていたのだ。
(まずい!)
直観的に危機を察知したディアンは避けようと思うが、ケイが打ってくるビームのせいでそれもできない。
(時間稼ぎか!)
ディアンはケイを睨む。ケイは、ニヤリと笑っていた。シェルの今回の魔法は、溜めの時間がかかるため、相手の注意から逸れる必要があったのだ。
「汝の剛腕を凌駕すること、我に赦したまえ、クリティカルソード!」
シェルが剣を振った瞬間、ディアンにも負けないくらい大きな衝撃派が発生する。それはディアン目がけて飛んで行った。そして、ディアンの右の羽の付け根に直撃した。
「グアアアアア!」
ディアンは大声を上げながら地面にひれ伏す。
「う、ぐう……」
縦一文字に切られた箇所からは血も出ているが、意識はしっかりとあるようだった。
「この村の守護獣だ。致命傷は、避け、た……」
むしろシェルの方が、技の反動によって立つのもやっとになる。しかしひょうたんに入れていた水を少し飲めば、傷も何もかも治っていた。
「グエッ」
すると、ディアンは口から何か吐き出す。小さいゴブリンのような生き物だった。
「何、これ?」
ケイはそれをつまみ上げる。それはキーキーと泣き叫ぶだけで、とても非力だった。
「それは、寄生した相手を飢餓状態にさせるモンスターだ。この守護獣の異常なまでの食欲も、これが原因だったのかもな……」
「餓鬼みたいなものか」
ケイはそう言って、そのモンスターを人差し指から出したビームで倒す。
「……」
そして少し考えこむと、ディアンの傷口のある方に向かった。さらに、自分の持っていたひょうたんの蓋を開け、ディアンの傷口にかける。水をかけたところはすぐに塞がり、ディアンの表情も落ち着いてくる。しかし傷口はあまりに大きく、完治とまではいかなかった。
「ねえ、聞こえる? 話せる?」
ケイはディアンの顔の方に近づいて話す。
「ああ……」
ディアンはうっすらと目を開けた。先ほどと比べたらマシだが、それでも苦しそうだ。
「もう村の人に迷惑かけない?」
「ああ、約束する」
ディアンは弱々しい声で答えた。先ほどのモンスターがいなくなり、空腹感も収まったのだろう。むしろ今は傷の痛みの方が大きい。
「それならいいや……」
ケイがそう言いかけた時、シェルがケイの肩を軽く叩いた。
「これ、使うか?」
そして、自分の持っていたひょうたんをケイに差し出す。
「え、でもこれシェルの分でしょ……」
「ケイの考えていることは大体分かる。俺も同じだ」
「ありがとう……」
ケイはひょうたんを受け取り、ディアンに水を飲ませる。すると傷口は完全に塞がり、表情も穏やかになった。
「先ほどまでの痛みが嘘のようだ……」
ディアンは起き上がり、再び空へと羽ばたく。
(改めて見ると本当にでかいな。しかも速いし……。ん?)
その姿を見て、ケイはあることを思いついた。
「ねえ、ディアンも『レイセ』って町は知ってるよね? どこにあるかも知ってる?」
「そうだな」
「じゃあさ、その大きな翼と、あの物凄い飛行能力をもってして、この村からレイセまでどのくらいで飛べるの?」
「1日もかからんぞ」
「じゃあさじゃあさ」
それを聞いて、ケイは目を輝かせる。
「オレ達を乗せて、そこまで連れてってよ!」
そして、ディアンに対しそう言った。
「それは、できないな」
しかし、ディアン首を横に振る。
「何で? 守護獣だから、この村から離れられないとか?」
「いや、そういうことではない。ただ、我の速さで人を乗せて飛んでも、普通にやれば吹き飛ばされるか風に切り裂かれるかのどちらかだ。その影響を受けないような守りは張れるが、できるとして人1人分だ」
「そんな……」
ケイは再び考え込む。そして、
「1人分はいけるんだよね」
「それは確約する」
「じゃあさ、シェルだけでも乗っけて連れてってよ」
そう言ったのだ。
「それは可能だが……」
「よっしゃあ! 良かったねシェル。これで帰れる!」
ケイはニコッと笑って、シェルにそう言う。
「ケイは、どうするんだ?」
「オレは森に帰るよ。このペンダントも女神様に返さないとだし」
ケイはペンダントを取り出す。もう、光は放っていなかった。
「ケイ……」
「さ、早く早く!」
ケイはシェルが何か言う前に、シェルの背中を押す。ディアンは地上に戻り、シェルはディアンの背中に上った。
「じゃあ、ちゃんとシェルを送り届けてよ」
「承知した」
そしてディアンはその巨大な翼をはためかせて、飛び立っていった。あっという間にディアンの姿は見えなくなり、青空と雲のみが見える。
「……あーあ、オレもワシの背中に乗ってみたかったなー。巨大な鳥に乗って空中散歩なんてロマンだったのになー」
ケイは、もう誰もいない空に向かって、そう叫んだ。
――その後、ケイは老人と共に村まで戻る。もうディアンは村の人を困らせたりはしないこと、そして2日程度いなくなることを伝えた。一応、ディアンがいなくなって大丈夫か尋ねるが、この町に吹く変な風はディアンの加護のようなもので、それが今も吹いているから大丈夫とのこと。
「若いの、本当にありがとう」
むしろ村の人から感謝された。
「え、えへへ」
ケイはその言葉に、ついにやけてしまった。




