最悪
ケイのワープ魔法は成功し、山からレイセに戻ってこれた。そこには大ケガをした人たちがたくさんいた。
「ちょっとケイ! 戻ってきたんならさっさと言いなさいよ!」
「丁度いい。手伝ってくれ」
人込みの中で町長のグレンは、妖精のローズと共にケガ人の手当をしている。だが、人手も治療法も足りないようだった。
「とりあえずこれ使って!」
ケイはすぐさま、泉の水を汲んできたひょうたんをグレンに渡す。またミューズ達にも配り、ケガをしている人たちの介抱に向かった。
その中で、現状について話を聞く。突如上空に魔神が現れたこと。結界のおかげで直接町には現れなかったが、それでも町の外に魔物やモンスターが大量に現れたこと。兵士や冒険者が退治に参加し、今、落ち着いた所ということ。
「そうなんだ……」
ケイは持っている水全部を使って、この町にいる人達を回復させる。
「ケイ助かった。これで全員だ」
グレンにもそう言われ、ケイは胸をなでおろす。
(……全員?)
そして落ち着いたところで、周りの様子もよく見えた。この場には、大勢の村人、兵士、冒険者がいる。冒険者と一口に言っても、魔法使い、ビーストテイマー、盾使い、弓使い、獣人、そして剣士と様々だ。
「シェルはどこ?」
ただ剣士の中に、シェルの姿は含まれていなかった。また、ミューズが言っていた大きな力が消えたという話も思い出す。
(いやまだ外にいるだけかもしれないし……)
そう思いつつも、不安感が拭えずケイは町の外まで走り出した。
「おい!」
グレンが呼び止めようとしたが、既にケイの姿はなかった。
「くそっ。ローズは本当に他にケガ人がいないか見てきてくれ。俺はあいつを追う」
「分かったわ」
そしてグレンとローズは二手に分かれた。
――町の外に出ると、そこには半径20mはあろうか、大きなクレーターがあった。その中央部には真っ赤な「何か」がある。ケイがそれに近づくと鉄臭く肉と血だというのはすぐに分かった。大型のモンスターにしては小さく、小型と思うには大きい。そう、ケイとそこまで変わらないくらいの大きさ、人間のようだった。
「ハア、ハア、待てって言っただろ……」
すると、息を切らせたグレンがやって来た。相当急いできたようで、髪はボサボサ、汗もかいている。
「ねえ、これ、『誰』……?」
ケイは、震える声でそう尋ねる。グレンは乱れた前髪をかき上げ、辛そうな表情で話し始めた。
――「まずな、戦闘に出た奴ら全員でもモンスターを退治するのに手いっぱいでな、しかもそこに魔物が3体も出てきたんだ。そうなっちゃあ町の結界もやばいってことでな、シェルは、その、何だ……」
グレンは、言いづらそうにする。
「ドーム状のバリアを張って、その3体と自分をそこに閉じ込めて、まあ、自爆の技を使ったってところか」
「え……」
「お前とシェルが初めて会った時、多分あの時もシェルは魔物を道ずれにしようとしてたんじゃないのか」
「……」
ケイはふと思い出す。突然シェルとガイコツの魔物が現れた時、シェルは背後に人がいたことにかなり気をとられていたことを。
「本人はその時誰もいない場所にワープするつもりだったらしいがな。俺の考えじゃ、あいつが本質に求めていたのは『誰にも被害を出さず魔物を倒せる場所』だったんだろ。それで、ケイがいる場所に来たと。全く、すごい魔法だよ。人が本当に行きたい場所を察知して、行ったこともなければ存在するかも分からない場所に飛べるだなんて」
「もしかして、シェルがオレに魔力を込めさせた瓶って……」
「……」
グレンは言葉に詰まる。そう、そんな高度な魔法が入る瓶に、ケイの魔力を大量に詰め込んだのだ。
「オレが魔力を渡したから、シェルは……」
ケイの呼吸が浅くなる。シェルが使っていたというバリアは、確実に自分のものだ。つまり、町や他の人がいる状況下にも関わらず自爆に踏み込むことができたのは……。
「これだけは確実に言えることだ、お前のせいじゃない」
グレンは、強い口調で否定する。
「シェルがそれをしなければ、今頃町はなくなっていた。シェルがいなくなって町が守られたか、シェルもろとも町が魔神達にやられたか、どっちかだったんだ」
「……」
ケイは何も言えず、ただ拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。
――夕刻。ケイは町の外にいた。またモンスターの襲来や、それこそ魔物が現れた時にすぐ対処できるようにしようと思っていたのだ。ただ、赤いものがあった場所からは離れ、その方角も見ないようにしている。
「ケイ……」
「ん、ミューズ……」
すると、ミューズがやって来た。お付きのメインやゾネスはいない。様子がおかしいケイに対し、あまり複数で声をかけに行っても負担になると考えてのことだった。
「大丈夫なの? こんな所に1人で来て」
「ケイこそ、大丈夫なの?」
「大丈、夫……」
そう答えるケイの表情は暗い。
「オレさ、色々なこと忘れてたよ。ここじゃ戦って死ぬことなんて当たり前だって。誰か1人が犠牲になって、それで大勢の人が助かるのならそっちの方がいいって……」
「ケイ……」
2人が話しているうちに、日が沈む。しかし、様子がおかしかった。辺りが完全に真っ暗闇になったのだ。
「ミューズ気を付けて!」
ケイはすぐさまミューズの周りにバリアを張り、光の玉を浮かせる。その光に照らされ、空には再び魔神が現れた。
「魔物モ減ラサレ、人モ大シテ取レナカッタ。ナラバセメテ……」
魔神が叫ぶと、地面から黒い影が出て、実体化し、剣を持った人型になる。
「シェル……」
ケイがそう口ずさむと、魔神はニヤリと笑う。そして、今までは誰か特定の人物だとは分からなかったのに、今回は、ケイが良く知っている人物、シェルにそっくりの姿になった。ケイは動揺しつつも、ミューズのバリアの強度を強くし、自分にも壁型のバリアを張る。
(大丈夫、距離さえとれれば勝てるって。近づかれても最大強度のバリアなら防げるはず。カウンターもあるし、オレの方が強いって、シェルが、言ってた……)
ケイは険しい表情になる。そしてシェルの姿をした影は、自前の剣で目の前のバリアを叩く。何発か当ててみても、バリアが破られる気配はない。
(大丈夫。ビームを打てば倒せる。あいつはシェルじゃない。分かってんだろ……)
ケイはビームを出そうと右手を前に突き出すが、震えが止まらず、焦点が合わない。すると、影は剣で叩くのをやめ、左手でコンコンと、軽くバリアをノックする。
「やっぱりすごいよな、これ」
そして、シェルと同じ声でしゃべった。
「これのおかげで、何のためらいもなく死ねたよ」
「う……」
ケイの呼吸が一瞬止まる。
「本当に感謝する」
そしてその影は、シェルの顔で不敵な笑みを浮かべた。
(その言葉……)
ケイは初めてシェルと会った時のことを思い出した。あの時は自分の力でシェルを助けることができたのに、今回はその力のせいで、シェルは死んだのだと……。
「もう一回、できるからな」
その影は持っていた剣の穂先を自らの胸に当て、強く押す。
「血肉は大地の糧となり、魂は壊滅の礎となれ。『トウレ・ピューシ』」
刹那、爆発が起こる。バリアで爆風は防げているが、振動は伝わってくる。そして剣を突き刺した所から、影は赤い肉片に変わっていく。胸の所から広がっていき、数刻前に見た、クレーターの近くにあった、アレになっていく。
(嫌だ、嫌だ……)
ケイの呼吸は浅くなり、手が、腕が振るえ、目には涙が溜まっていく。バリアも揺らいでいき、少しずつヒビが入る。影が完全な肉塊になった瞬間、今まで以上の大爆発が起こり、壁型のバリアが壊され、それだけでは飽き足らずミューズに張っていたものでさえ、壊されてしまった。
「つう……」
思いっきり爆風に巻き込まれ、地面に叩きつけられるケイ。ケイの視線には、同じく横たわっているミューズがいた。ミューズに近づこうと這いつくばってでも動こうとするが、その前に魔神の巨大な手が、ミューズを掴む。
「きゃあああああ!」
ミューズは悲鳴をあげた。
「ミューズ……」
ケイは立ち上がろうと、必死に上体を起こす。
「ハハハ! 力ガミナギッテクルゾ!」
魔神はケイには目もくれず、ミューズを睨む。そしてただでさえ巨大な体が、空を覆い隠すくらいもっと大きくなった。
「ミューズを返せ……」
ケイはフラフラになりながら立ち上がる。
「今、我ハドノ神ノ力ヲモ凌駕シタ! ハッ!」
しかし、魔神がケイを睨みつけた瞬間、ケイは再び地面にひれ伏す。上から圧力をかけられているとかではない。力が全く入らないのだ。それだけではない。胸を締め付けられるような苦しさ、身の毛もよだつような寒気、かつてケイが味わった、最大級の恐怖感……。手足はやせ細り、髪の毛も抜け、皮を被ったガイコツのような外見に。そう、元の世界の姿に戻っていたのだ。
(動け、動け!)
ミューズの悲鳴も、遠くの方から聞こえる。なのに目は見えなくなり、強烈な恐怖と寒気で何もできない。
(寒い、怖い、痛い、苦しい……)
しかも最期を迎える時には鎮痛剤で抑えられていたのに、今はそれすらない状態だ。病魔が無防備な状態のケイに、襲い掛かってくる。
(くそ……)
ミューズも守れず、ケイの意識はゆっくりと、でも確実に薄れていった。
――「……はっ!」
ケイが再び目を覚ますと、そこはレイセの外……ではなく、あの金の斧銀の斧に出てきそうな泉だった。目の前には、自分の額を人差し指で押さえている女神がいる。そう、この泉を出る直前に戻っていたのだ。
「え、何今の。夢オチ? 時間逆行? え、え、え?」
訳の分からなさに混乱するケイ。
『未来予知、とでも言いましょうか』
すると、女神がテレパシーで声をかけてきた。
『私の力の一つに、未来予知もあるのです』
(そう言われれば……)
ケイには思い当たる節があった。確かに、シェルが再度この森に来た時、女神はチャイムフラワーを渡したわけだが、なぜその日、その時刻にシェルが来ると、女神は分かっていたのか。
『そしてその未来を、あなたにも見せたと』
「なるほど。もしかしてこの森に呼んだのは、それを知らせるため? それで、このままじゃ……」
ケイの脳裏に、シェルの姿が浮かぶ。そして拳を震わせ、苦虫をかみ潰すような表情をした。
「ケイ、どうしたの?」
それを見かねたミューズが声をかける。ミューズからすれば、女神に額を触られた途端、困惑と焦りの表情をケイが見せたのだ。具体的に何があったかは分からないが、「何か」はあったのだと察する。
「ミューズ……」
ケイは、ミューズを守れなかったことも思い出した。
「ミューズのことは絶対に守る。約束する。でも……」
ケイは言葉に詰まっていた。自分の考えていることが、「ミューズを守る」ということと矛盾していることが分かっているからだ。
「大丈夫。信じています」
するとミューズは何かを感じ取ったのか、優しくほほえんだ。
「ありがとう……」
ケイはそう言って、ミューズの手を引き、またほら穴へと戻っていった。




