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8.梅吉

「……ほんまに同じ(もん)が描いた絵か?」

 同心が渋い顔で絵と私を見比べた。

 その傍らで岡っ引きと治兵衛さんも眉間に皺を寄せている。


 他の人相書にも絵を入れてくれ、ということで試しに一枚描いたのだけど。


 私が漫画家を諦めた一番の理由が実は()()だ。

 実際に目の前にある物は写真のように描ける私だが、文字や口頭で言われたこと、空想の産物はなぜか微妙にバランスがおかしくなってしまうのだ。

 パーツ、パーツで見ると上手く見えるのだけれど、全体として見るとどこか構図というかバランスというか何かがおかしくて、変な絵になってしまう。


 この時代の人相書は基本的には犯人の特徴を文字で書いた物で、絵入りの物は稀らしい。

 なので、絵があれば犯人の逮捕率も上がると見込んだようだが、当てが大いに外れた彼らの反応はとても分かりやすく、私の心を抉った。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。


「ところで、その画材は何や? 見慣れぬ(もん)のようやが、南蛮の(もん)か?」

 同心の視線が鉛筆に注がれる。

 紛れもなく国産の鉛筆なのだけど、この時代だと南蛮渡来の物になってしまうのかも。

 そこでふと我に返る。


 あれ? 私、今、一番いてはいけない場所にいるのでは?


 ちら、と治兵衛さんに視線をやると、治兵衛さんも私と同じことに気づいたようで、片手を頭に当てて分かりやすく「しまった」という表情になっている。


「なんや? どこで手に入れたか言えへんのか?」

 同心が詰める。

「商人の方からの頂き物で、鉛筆と言います」

「鉛筆?」

 同心は一瞬目を細め、岡っ引きと治兵衛さん、それぞれに「知っているか?」と問うような視線をやった。

 二人共「知らない」という風に首を横に振る。

 その様子に同心は鋭い視線を私に向けた、その時。


「旦那っ、見つかりやしたっ」

 弾んだ声がしたかと思うと、一人の男性が息を切らせて勢いよく駆け込んで来た。

 よく見ると、先程ひったくりの現場にいたもう一人の岡っ引きだった。

(はち)、もう見つかったんか?」

 岡っ引きが声を掛けると、八と呼ばれた男は息を整えながら、「せや」と答えた。

「それで? 捕まえたんか?」

 同心が驚いた声を上げる。

「へい。今、熊の奴が縛り上げてこっち向かっとるところで」

「こんなに(はよ)う捕まえたんは初めてとちゃうか?」

 同心が問うと、八さんは「あの絵のお蔭ですわ」とちら、と私を見た。

「あの絵をちらっと見た(もん)がおってな、あの後、声を掛けられたんですわ。これ、もしかしたら知り合いかもしれまへん()うて。そんで、そいつの家に案内してもろたら、間抜けにも家に戻っててん。途中で熊と()うたんで、一緒に取り押さえて、わしだけ先にここへ来たっちゅう訳でして。盗んだ(もん)も取り返したさかい」

 そう言って八さんは笑顔で手に持っていた風呂敷包みを掲げて見せた。


 私と治兵衛さんが「良かった」と顔を見合わせて喜ぶ。

「ご苦労やったな。ところでその包みの持ち主は今何処におるんや?」

「急ぎ仕上げなあかん絵があって、作業場におります」

 同心の問いに治兵衛さんが答えた。

「ほな、ついでに包みを返しに行ってくれへんか? 本人に足りひん(もん)が無いか、よう確認してから戻って来いよ?」

 同心が念を押すように八さんに言ってから、視線が再び私に向く。

「いろいろと気になる点はあるんやが……まあ、今日のところは八を持ち主ん所に案内したら帰ってええで」

 同心にそう言われてホッとした。

 もっと根掘り葉掘りいろいろ訊かれて、牢屋に入れられるのを想像していたからだ。


「ところで、その(ほう)、名は何て言うんや?」


 その問いに「治兵衛と申します」と治兵衛さんが答えると「お前やない」と同心が眉間に皺を寄せた。

「わ、私は……」

 璃花という名前は江戸時代では珍しいかもしれない。

 それ以前に女だとバレたらいけない気がした。

 一応、玄斎さんの男物の着物を着て、短い髪も一つに束ねてはいるけど、すっぴんとはいえ、この時代の人っぽくはないかも。

 急かされたとはいえ、もう少し念入りに男っぽくしておけば良かった、と後悔した。

 その後悔で視線が下に向く。

 声も詰まって言葉が出ない。


梅吉(うめきち)ですっ。最近私の弟子になった()です」


 治兵衛さんがそう私を紹介した。


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