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7.番所

「その絵、誰に(なろ)ぉたんや? それにそれ、筆やないやろ。どこで手に入れたんや?」

 治兵衛さんは興奮した様子で鉛筆を見た。

「鉛筆……ですか?」

 私が鉛筆を差し出すと、「ちょっとええか?」と言いながら治兵衛さんは鉛筆を手に取って眺め回した。


 鉛筆って江戸時代にはなかったんだっけ?

 確かにこの時代の絵って浮世絵とか筆のイメージが強い。

 美術館で古い鉛筆画を見た記憶があったけど、もう少し後の時代だったのかな?

 そういえば、美術部で扱うのは西洋画が多かったな。


 治兵衛さんが鉛筆を物珍しそうに見ている間、私はそんなことを考えていた。

 ふと周囲が騒めき始めたので、私と治兵衛さんがほぼ同時に振り返ると、いつの間にかお役人らしき人達が来ていて、被害者の春蝶さんと話していた。

 周囲には人集(ひとだか)りも出来ている。

 その様子を見て、治兵衛さんは私の手から紙を奪って空高く掲げた。


「親分っ、ここに人相書(にんそうがき)があるんやけど!」


 そのよく通る声に周囲の視線が集まる。

「人相書? どれ、見せてもらおか」

 お役人の一人が片手を差し出す。

 治兵衛さんは小走りに駆けて行き、紙を渡した。

「やっ、絵か。はぁ……こりゃ、見事なもんやなぁ」

「お前が描いたんか?」

 受け取ったお役人さんが感心し、隣のお役人さんが治兵衛さんを見た。

「私や()ぉて、あそこに突っ立っとる奴が描いたんですわ」

 治兵衛さんが私を振り返って指差すと、お役人さん達も品定めするような視線を私に向けた。


「ちょっと来い」

 お役人さんの一人が手招きをすると、治兵衛さんも急かすように手招きをした。

 なので、小走りに近寄ると、「追い剥ぎを見たんか?」と質問されたので、「はい」と頷く。

「おい、こいつか?」とお役人が紙を春蝶さんにも見せると、春蝶さんは驚いた表情で絵を見つめた。

「どうなんだ?」と問われて「へい。こいつで間違いあらへんが……これをたった今描いたんで?」と春蝶さんが私を見た。

「は、はい」と頷くと、春蝶さんも治兵衛さんのように興奮した様子で「画材はなんや? どうやって描いたんや?」と前のめりに訊いて来た。

「春蝶はん、こいつも作業場に連れて行こ思うんやけど、どや?」

「なんや、春好はんの知り合いでっか? どこで知り()うたんや? 師は?」

「そうや、まだそれ聞いてへんかったわ。誰に(なろ)ぉたんや?」

 二人の早口の関西弁に気圧されて、私が困っていると、二人の背後でわざとらしい大きな咳払いが聞こえた。

 振り返った二人にお役人さん達が「追い剥ぎを捕まえたいんやないんか」と呆れた顔で言った。


 それから数十分後。

 私と治兵衛さんは番所にいた。


 どこかへと急いでいたはずの治兵衛さんだったけど、「春蝶はんに伝言頼んどいたから大丈夫や」と言って私と一緒に来てくれた。

 ひったくりの現場に現れたお役人の方々は岡っ引きと言って、正確に言うとお役人ではないらしい。

 岡っ引きは同心という町奉行の役人が個人的に雇っている町人で、同心の手足として聞き込みなど情報収集をする存在らしい。

 言われてみれば、確かに身なりが少しラフな感じだった。


 なぜ町奉行所にいるかというと、岡っ引きらが上司である同心に私の絵を見せて、他の人相書にも私に絵を描かせたらどうか、と提案するためだ。

 私の絵を見た同心は一瞬驚いた表情になったが、すぐに真顔に戻って「もっと綺麗に描けるか?」と私を見た。

『綺麗に』というのは『精緻に』ということだろうか。

 とりあえず「はい」と答えてみると、描いてみろ、と紙を突き返され、ここでやっと座敷に上げてもらえた。

 ここまでずっと土間で立ち話だった。


 ちゃぶ台のような小机に紙を置いて正座する。

 普段は椅子に座って描くから、こんな姿勢は初めてかもしれない。

 鉛筆を取り出すと、私の背後で全員がひそひそと何か話している。

 二十分か三十分か。

 時計がないので分からないけど、それくらいの時間をかけて写真のような似顔絵を描き上げた。

 出来上がった絵はあの時、一瞬目が合ったあの顔で、割と上手く描けたと思う。


 鉛筆を机に置くと同時に同心が紙を取り上げ、「はあ」と感心したような声で唸った。

「わしにも見せて貰えまっか」と岡っ引きが覗き込み、治兵衛さんもそこに割り込むようにして覗き見る。

 全員が「はあ」と何とも言えない声を漏らし、しばし沈黙が流れた。


 写真の無い時代だし、江戸時代の有名な画家である葛飾北斎だって、ここまで精巧な絵は遺していない、と思う。

 こんな絵を見るのは初めてであろう彼らの反応は、ちょっとだけ面白かった。


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