27.お綾
「き、着替えるって……なんで?」
「お風呂に入りたいんやろ? それやったら一緒に行ってお願いするんが筋やない?」
確かに。
けど、お松さんが先に交渉してくれるのだとばかり思っていた。
「さ、手を広げてっ」
お松さんは素早い手つきで私の身包みを剥がし、持って来た着物に着替えさせた。
前回晒しを巻く時はブラは既に外していたので、胸は見られてしまったが、今回は男物の藍色の着物の下は白い浴衣みたいなのを着ていたので、それは脱がされず、お蔭でパンツを見られずに済んだ。
「帯巻くで」
言い終わらないうちにギュッと締められ、「うっ」となる。
私は着せかえ人形のように、お松さんのされるがままになっていた。
やり切った、といった風にお松さんが私を上から下まで眺め回したが、姿見がないので私はただ見える範囲で自分の様子を確認する。
着物を着るなんて成人式以来だ。
大学の卒業式で袴も着たけど、やはり着物は動きにくいし、何よりウエストが苦しい。
オレンジのような茶系の地に薄く模様が付いている。
帯は抹茶色だった。
そういえば遊女のような華やかな着物ではなく、藍色や茶色、鼠色といった地味な色の着物しか見ない気がした。
お松さんも玄斎さんの着物と同じ藍色の……あ、推しカラーか。
そういえば、お菊さんは治兵衛さんの着物と同じ茶系の着物を着ていた。
「この着物、麻の葉文様がかわええやろ? 今、江戸で流行ってるんやて。お綾がそう言っとったわ」
お松さんは言いながら何か思い出したように「あ」と声を上げる。
「お綾の家はな、呉服屋やねん。それでな、お着物には詳しゅうて煩いんよ。それとな、お綾のお母さんの実家はな、ここの先生のお爺さんの代から取引のある薬種問屋やねん。それで先生とは昔っから知り合いなんや」
言いながらお松さんの視線はずっとへぇ、と相槌を打つ私の頭に注がれている。
「それにしても……その頭はどないしようかねぇ。あたしみたいな頭にはでけへんし……髢買うてもええんやけど……」
ブツブツ言いながら、お松さんは片手を頬に当て、小首を傾げた。
「カモジって何ですか?」
「髢は偽物の髪や。あんたみたいに短い髪の人や薄い人が部分的に付け足すために使うんやけど、あたしは持ってへんし、持っとる人は常に使うてはるから借りられへんしねぇ。しゃあない。布で隠すしかあらへんね」
そう言ってお松さんは懐から白い布を取り出すと、それを私の頭に被せ、ひょいひょいっと後ろで結んで整える。
「よし、できたっ。ほな、行きましょか」
お松さんに腕を掴まれ、しばらく歩いて辿り着いた先は立派な店構えのお屋敷だった。
「ごめんやす。お嬢さんいてはる?」
お松さんは慣れた様子で藍染めの暖簾をくぐり、番頭に声を掛けた。
「お、お松ちゃん。なんや久し振りやな。奥にいてはったと思いますんで、ちょっと声掛けてみますわ。ちょっと待っといてな」
そう言って番頭さんはチラ、と私を一瞥して店の奥へと引っ込んだ。
「ええか、お梅ちゃん。お綾と会うたら何を言われてもニコニコしとき。絶対怒ったらあかんよ。あと、とにかく何でもええから誉めとき。可愛いとか綺麗とか言っとけば機嫌ええから。間違うてもブスとか醜いとか言うたらあかんで」
ブスとか醜いなんて普通面と向かって言う言葉じゃない。
とは思ったけど、とりあえず頷いておいた。
「お待たせしてすまへんな。奥へ案内します」
戻って来た番頭さんの表情は笑顔だったけど、どこか困っているように見えた。
番頭さんに案内された部屋は時代劇で悪代官が悪巧みをするような、立派な掛け軸が掛かった床の間がある、広くて立派なものだった。
その床の間を背にして、煙管を片手にだらしなく座している女性が例の……
「お綾ちゃん、久し振りぃ」
お松さんがいつもより少し高い声を出す。
「お松、何の用? こっちはあんたみたいに暇やないんやけど」
うわ。キツそう……
お綾さんは睨むようにお松さんを見た。
その視線がキッと私にも向く。
「その子、誰?」
「あ、この子はな、お梅って言うて、今日はこの子についてお願いがあって来たんや」
お松さんはそう言いながらお綾さんの正面に座した。
私も後に従って隣に座る。
そこに先程の番頭さんが急須やらが載った盆を持って入って来た。
「お茶はそこに置いといてんか。出すかどうかは話聞いてからにするわ」
お綾さんが睨みつけると、番頭さんはいそいそと盆を置いて部屋を出て行った。
艶やかな真っ赤な地に花模様の着物、頭には高そうな簪が幾つも挿さっていて、まるで花魁のようだった。
だけど、顔は花魁のようにメイクをしていてもそれ程可愛いとは言えない、普通というか平凡というか。
こう言ってはなんだけど、美女ではなかった。
体型も着物だから分かりにくいけれど、太っている訳でも痩せている訳でもなく、中肉中背といった感じ。
いろいろと着飾ってメイクもバッチリではあるけど、贔屓目に見ても美女とは言い難い、と思う。
かといってブスという程でもなく、普通だ。
「で? うちに頼みって何?」
めちゃくちゃ不機嫌そうな声に動じることなく、お松さんはいつもの調子で「それがな」と切り出す。
「この子をお風呂に入れてやって欲しいねん」
「はぁ? なんで見ず知らずの子をうちの風呂に入れなあかんねん」
ごもっともな意見に私はお風呂に入りたいというのが自分の我儘だったな、と少し反省した。
確かにいきなりそんなこと言われたら誰だってお綾さんと同じ反応をする。
「ま、そう言う気持ちはごもっともやけどな、ここだけの話、この子、江戸から流されて来たとあるお屋敷のお嬢様なんや」
ん? お松さん?
何を言いだしたのかな?




