22.秘密
秘密を守って手を貸すと言ったお松さんの行動は早かった。
「先生、晒しある?」と言って玄斎さんに晒しを出して貰うと、「ちょいと奥の部屋借りるで。出て来るまで絶対に覗いたらあかんで」と言って、私の腕を掴んで奥の部屋に押し込んだ。
「さ、始めるで?」
奥の部屋の襖を閉めると、お松さんは不敵に笑んだ。
「ちょっと失礼するで」
そう言うや否や、私の帯を解き、着物を脱がされた。
「えっ? ちょっと……え?」
戸惑う私にお松さんは「女同士で恥ずかしがることないやろ?」とまた不敵に笑む。
「まずはその胸やな。晒しを巻いて潰さな。ちっこい胸でもな、触れたら分かってまうやろ。胸を触るやなんて、女同士でも普通はあらへんけど、ぶつかったりなんやして、うっかり触れてまうこともあるやろ?」
お松さんは喋りながらも手は慣れた手つきで、気付けばあっという間に綺麗に晒しで胸を巻かれていた。
「それと髪は……まあ、それでもええけど。顔はなぁ……その眉、整えとるん? 男が眉整えるやなんてありえへんから。眉を弄るやなんて、あんた……もしかして、ええとこの娘さんなんか? あ、それとな、あんまり柔らかい表情しとると女やと分かるさかい、不機嫌そうにしときぃ。あと声は低うして、大股で歩くとかせな。日頃から頭のてっぺんから爪先まで気ぃ抜かんようにしときや」
質問しながらもこちらが答えるのを待たずに、お松さんはずっと喋り続けた。
そして、相変わらず手は動いていて、脱がせた着物を再び着せ、綺麗に整えた。
私はただ、人形のように固まって、されるがままだった。
「……それにしても、あんた……顔もやけど、腕も足も毛が無いんやねぇ。髪も眉毛も生えとるから、何かそういう病気っちゅう訳やないやろ? 自分で剃ったん?」
永久脱毛しました、と言っても分からないだろうな。
そんな細かいことに気づくのは、やはり女性だからだろうか。それとも、お松さんだからだろうか。
「……自分で剃りました」
「なんで剃ったん?」
この時代、ムダ毛という概念はなかっただろうし、現代と美意識の観点が違うから、なぜと訊かれても困るのだけれど。
「……なんとなく?」
どう答えるのが正解か分からないので誤魔化した。
「なんとなくて……それで全身の毛を剃るぅ?」
お松さんは心底不思議そうに私を見た。
多分、お松さんは今、私をどこかの上流階級のお嬢様だと思っている。
家出したお嬢様が絵師の治兵衛さんに拾われ、若い独身男性二人に囲まれて一つ屋根の下……
って、今のこの状況ってラブコメの鉄板な気がする。
玄斎さんのことが好きなお松さんにとって、私は突如現れた恋敵という立ち位置になるのか。
「まあ……何か深い事情があるんやろ。女に男の恰好させてまで、あの先生が匿うてるんや。あたしにも黙っといてくれって頼むくらいやし。せやから、これ以上深くは訊かんけどな、せやかて一つだけ聞かせてぇな?」
そう言ってお松さんは私の両肩に手を置き、顔を近づけた。
「あんた……お梅ちゃん。先生と治兵衛さん、どっちが好きなん? まさか両方やないやろな?」
少し声のボリュームを落として、お松さんはとても真剣な表情でそう訊いて来た。
「あの、私は別に……助けて頂いて、ここに住まわせて頂いてることにはとても感謝していますが、べ、別に恋愛感情とかそういうのは……」
「それはつまり、どっちにも恩は感じ取るが好きっちゅう訳やあらへん。そういうことやな?」
「は、はいっ。そうです」
私が大きく頷くと、お松さんは安堵したように私の肩から手を離し、再び少し距離を置いて笑顔になった。
「それやったら黙っとる代わりに一つお願いがあんねんけど」
お松さんはそう猫撫で声を出して身をくねらせた。
「な、なんでしょう……?」
「先生は家でどんな感じなんやろか?」
「どんな……と言いますと……?」
「ほら、あたしは医者としての先生の顔しか知らへんから。寝起きの顔とかぁ、寝顔やとかぁ……普段の先生の様子が知りたいんや。あ、あれやで? 男二人やからどないな生活の苦労があるんかなぁっていう……ほら、あれや。純粋な、なんていうか……心配しとるんや」
寝起きと寝顔が生活の心配に繋がるとは思えないけど。
それが気になるのはお松さんにとって玄斎さんがいわゆる『推し』だからでは?
つまり、お松さんは私に玄斎さんのオフショットをくれ、と言っているだ、と理解した。
秘密を共有できる女性がいることは心強い。
治兵衛さんや玄斎さんに相談しづらいことだってある。
「分かりました。そういうことなら任せてください。私は絵が得意なので、玄斎さんの寝起きと寝顔の絵を描いてお渡ししますね」
そう言うとお松さんは笑顔で私の手を包むように握った。
「おおきにぃ。何か困ったことがあったら何でも言い」
そう言いながら「あ、せや」と再び私に顔を近づける。
「アレの時はどないしとるん? 男二人と一緒やと……なぁ?」
アレ?
アレとは何だろ?
私がピンときていないのに気づいて、お松さんは声を潜める。
「アレや。月の物や」
月の物って……あ、生理か。
そうだ、この時代ってナプキンないのにどうやってたんだろ?
やっぱ……布、かな?
「ど、どうしたらいいんでしょうか?」
「晒し布、持ってへんの?」
「はい」
「ほな……あたしが今度用意したるけど、ボロ布しか用意でけへんで? 紙は無理やで?」
「布で大丈夫ですけど……それって褌みたいなものですか?」
私の質問にお松さんは怪訝な表情になる。
今の質問はこの歳でナプキンを知らないと言っているようなものだったのかも。
「もしかして、腰巻も持っとらんの?」
頷くと、お松さんは訝しむように私を見つめた。
「やっぱり、あんた……ええとこの……」
言いかけてお松さんは深く大きく溜息を吐いた。
「ま、明日また来るわ。そん時またいろいろ教えたるけど……さっきも言うたけど、声を低うして、あまり喋らんこう返事も短く、あと顔な。不機嫌そうにしとき。男は先生見とったらよう分かると思うけど、あまり笑うたりせぇへんもんやで。家に先生らとおる時から気をつけとかんと、外出た時も気が緩んでしまうさかいな」
お松さんは早口にそう言うと襖を開けた。
「ほな、あたしはこれで失礼させてもらいます」
お松さんの言葉に玄斎さんが奥の部屋に来ると、私の姿を見つめた。
「お松……あんまり変わってへんように見えるんやが?」
「先生は鈍いさかい、細かいことには気付かへんやろけど、これで完璧や」
そう言って帰ろうとするお松さんを玄関先まで二人で見送る。
「ほな」とお松さんは軽く会釈して、それから私の耳元で「例のもの、明日までに用意しといてな」と囁いて帰って行った。
「お松に何言われたんや?」
玄斎さんの問いに私は「女同士の秘密です」と答えておいた。




