18.掃除
「ほな、今日は急ぐさかい、これ貰てくで」
女性らの訪問が落ち着くと、そう言って治兵衛さんは先程の差し入れの包みを一つ手に、忙しなく出て行った。
あれ? 私は?
そう思って玄斎さんを見ると、「お前は今日は俺を手伝うてんか」と言われた。
「絵を描かせてやりたいんやけど、治兵衛の所は雑な男しかおらへんからな。せやからここの生活に慣れるまでは人と会うんは避けて、奥で薬の準備やら手伝うて貰うで。ええな?」
なるほど。
彼らなりの私への気遣いだったのか、と分かって嬉しくなった。
男二人と同居なんて、と思ったけど、彼らとならなんとか生活していけそうだ、と希望の光を見た気がしたのだけど。
「……不器用やなぁ」
台所の向かいが薬を作る専用の部屋になっていて、薬草の入った棚とそれらをすり鉢に入れて細かくしたり、煎じたりする作業台がある。
作業は単純で簡単だったのだけど。
私の作業を見た玄斎さんは眉間に皺を寄せ、腕を組んで溜息を吐いた。
「ほな、それはもうええから、家ん中掃除しといてくれへんか? 雑巾と桶はそこにあるさかい。箒はあっちへ立て掛けとるの使うてや。俺は往診に行ってくるさかい。遅うても昼には戻って来るから」
頼むで、と言って玄斎さんも家を出て行き、一人残された私は「よしっ」と気合を入れて掃除をすることにした。
掃除機が無くたって、現代でも雑巾と箒の出番はあるし、使ったこともある。
役に立てるところを見せてやろうじゃない。
そう意気込んでみたものの。
掃き掃除は土間を掃いた時に土埃が舞い、大きく咳き込んだ。
塵取りが見当たらず、仕方ないので隅にごみを集める。
さて、次は畳の部屋、と思ったけど、先に土間を掃いたせいで、箒が汚れ、畳の上を掃くのにどうしていいか分からなくなった。
なので、とりあえず拭き掃除に移る。
物を動かして、隅もちゃんと拭いていると、部屋の片隅に小さな箒を見つけた。
畳の上はこっちの箒か。
それで拭き掃除を中断して再び掃き掃除に戻る。
でもやっぱり塵取りは見当たらず、ごみは再び土間に落とし、再度土間を掃いて隅へと寄せ集めた。
一通り掃除を終えて、畳の上に仰向けに転がる。
江戸時代かぁ。
しみじみと自分の置かれている状況を考えてみた。
お腹空いたなぁ。
そういえば、朝ご飯は玄斎さんと栗ご飯を少し食べただけだ。
今何時だろう?
気になってスマホを取りに行く。
私の荷物は人に見られないよう、和箪笥の引き出しの奥に厳重に風呂敷に包んで隠してある。
未来の物は他人に見られないように、と玄斎さんに言われたからだ。
そこからスマホを取り出し、電源を入れる。
65%に減った電池。
充電できないから減り続ける一方だ。
肝心の時間は八時半過ぎ。
あんなに働いたのにまだ八時半?
九時が会社の始業時間だったから、まだ始業前。
そう思うと今朝は何時に起こされたのやら、とうんざりした。
お昼までまだまだ時間がある。
ちょっとつまみ食いしたら怒られるかな?
そう思いながらも台所へ行ってみる。
そこでふと向かいの薬棚を見た。
棚の引き出しには薬草の名前が墨で書かれている。
「あいうえお順に並べた方が分かりやすくない?」
バラバラに並ぶ引き出しにふとそう思った。
今朝、私に薬草をすり潰させた玄斎さんも「あれはどこやったかいな?」と探した薬草もあった。
よく使う物は迷いなく取り出していたけど、時々しか使わない物は慣れている玄斎さんだって探している。
だったら、並べ替えた方がすぐに取り出せて分かりやすいんじゃ?
そう思い立ち、私は腕を捲る。
整理整頓は大事よね。
私もよく先輩に「整理したら?」って嫌味を言われていたし。
几帳面そうな玄斎さんもこれなら褒めてくれるんじゃない?
私は想像してニヤリと笑んだ。
案の定、戻って来た玄斎さんは家の中を見て回り、それから薬棚の前で心底驚いた表情で立ち止まった。
どう? 綺麗に並んでいいでしょ?
そう心の中で得意気になった私だったけど。
「なして薬棚を構たんや? そんなこと頼んでへんかったやんな?」
あれ? なんか怒ってる?
声のトーンが低くて冷たい響きがある。
「……五十音順に並べた方が分かりやすいかなって……思って……」
「そうかもしらんが、元の順番にも意味があんねや。効能で分類しとってん。あんたにそれが分かるんか? 未来から来た言うても、こういう知識はあんたにはないやろ。これはただの草やない。知らん奴が勝手に触るんが、どんだけ危険なことか分からんか? 医者や無うても命かかっとるっちゅうのが分からんか?」
私の上司のように声を荒げたりはしなかった。
そこまでキツイ言葉でもなかった。
静かに分かりやすい言葉で言われた。
でも、とても怒っているのがよく分かった。
それからなぜ怒っているのかも。
「それとな、一生懸命掃除してくれはったんは有難い思うわ。せやけど、隅のあれはなんや? 未来じゃ箒なんか使わへんのかもしらんが、使い方分からへんのやったら聞いてくれんか? こっちも何が分からへんのか心ん中まで読めへんよって。あんたも口と耳があるんやろ? これまでの様子から喋れへん訳でも耳が聞こえへんのでもないのは分かっとる。あんたもええ大人や。聞くことはできるやろ?」
褒められると期待した自分が急に恥ずかしくなった。
思い返せば、会社でのミスも誰にも訊かずに勝手にやったのが原因だった気がする。
確認していれば防げたことはあった。
玄斎さんの『ええ大人』という言葉が胸に刺さった。
「すみませんでした……」
深々と頭を下げて謝る。
けれど、玄斎さんは。
「あんた、謝るん慣れてはるやろ?」
その言葉に私は全てを見透かされたようで、言葉に詰まった。




