17.男装
「今も俺の着物を着て貰っとるんやが、それだけじゃちょっとな。せやから、もうちっと男らしゅうしよゆう話になってん。髪も一つに束ねとるだけやとなぁ……」
玄斎さんに言われて私は反射的に頭を触った。
さすがにちょんまげは嫌だ。
私の視線が治兵衛さんの頭に向くと、治兵衛さんが笑って「ちゃうちゃう」と片手を振った。
「俺みたいな頭にせぇ言うんやないで? 玄兄ぃみたいな総髪もおるし、前髪を上げてデコ出したらそれっぽくなるんやないか?」
言われて治兵衛さんと玄斎さんの髪型を見比べた。
治兵衛さんはザ・ちょんまげスタイルだけど、玄斎さんは頭頂部を剃ってなくて全部髪がある。
お相撲さんの髪形に近いかも。
そう言えば、幕末の有名人もちょんまげな人は少なかったような気もする。
坂本龍馬も土方歳三も勝海舟も桂小五郎も。
歴史の教科書で見た彼らの肖像画や写真は全部髪があった。
高杉晋作なんかは短髪だった気がする。
あ、でもあれは幕末か。
今は江戸時代の……中期? なのかな?
滝沢馬琴の名が出たけど、作品名と江戸時代ってことは知ってるんだけど、正確な年号とかは覚えてない。
今はまだ幕末のヘアスタイルはマイナーなのかな?
そんなことを考えながら、とりあえずヘアゴムを外して両手で前髪を上げ、おでこを出して見せてみた。
「こんな感じですか?」
「結うたままの方がええねんけど……ところでそれは何や?」
治兵衛さんの視線はおでこから移動して、私の右手首に注がれている。
「ヘアゴムですか?」
「おお、それや」
「これは髪を結んでまとめる物です。ゴムなので伸びます」
両手で持って引っ張って見せると、二人は興味津々にゴムを見つめた。
「便利そうやな」
玄斎さんが呟く。
そっか。ゴムもまだこの時代には無いのか。
「それで結うて、上から元結で隠しとき。未来の物を見られるんはなるべく避けた方がええやろ」
玄斎さんが近くの和ダンスの引き出しから白い紐と櫛を出してくれた。
ん? この感触……もしかして紙製?
絹とは言わないけど、普通に糸はあるはずでしょ?
それなのに紙?
「ちょっとその『へあごむ』とやらを貸してんか?」
玄斎さんにゴムを渡すと私の背後へ移動し、櫛で髪を梳き、「ほんま便利やな」と言いながらゴムで結んでくれた。
それから紐でゴムを隠すように結ぶ。
「これで前髪上げて撫でつけてやればええやろ。あとは着物と仕草と声やな」
「見た目だけじゃ充分とは言えへんよって、俺が男らしい仕草を教えたるわ」
そう言う二人の顔はどこか面白がっているように見えた。
そんなこんなで二人から男らしさを学んで、江戸時代二日目の朝を迎えた。
「おはようさん。先生ぇ、起きてはるぅ?」
江戸時代の朝は早い。
目覚まし時計もないのにどうやって起きているのか。
襖の向こうから「朝やで。起きぃ」と治兵衛さんの声がして、目が覚める。
まだ日が昇らぬうちから起きて身支度を整えたところで、玄関から若い女性の声がした。
「いつもえらいおおきに。御父上はどないな様子や?」
玄斎さんが出て対応する。
「お蔭さんで元気になりました。余り物で申し訳ないんやけど、これ三人で食べはって? お口に合うとええんやけど」
「三人?」
玄斎さんが問い返すと、女性はふふっと笑った。
「絵師のお弟子さんが一人増えたそうやない。紹介してくれへんの?」
なぜ知ってる?
防犯カメラ以上にすごいな、近所の目。
確かにこれじゃ、泥棒も入れないわ。
部屋の影から聞き耳を立てて驚いている私に「ウメ」と玄斎さんの呼ぶ声がする。
おずおずと部屋から顔を出すと、「あれま」と女性の目が輝き、玄斎さんが溜息を吐きながら手招きをした。
玄斎さんの隣に行くと「梅吉や」と私を女性に紹介し、「お菊さんや」と女性を私に紹介した。
お菊さんて……まさか番町皿屋敷の……?
一瞬怪談が過る。
「先生とは違て、こちらは可愛らしい方やなぁ」
可愛らしいと言われてドキリとする。
女だとバレた?
「梅吉さんは何がお好きやの? 明日は梅吉さんの好きな物作ってくるわ」
ぐいぐい来るお菊さんに困惑して玄斎さんを見る。
「お、お菊やないか」
そこに裏で何やらやっていた治兵衛さんが戻って来た。
ナイスタイミング。
「治兵衛さん……」
お菊さんの表情と態度が明らかに一変する。
おや? もしかして、この女性、治兵衛さんのこと……
「里芋の煮物と柿なんやけど、お好きやったかしら?」
「おう、どっちも俺の好物や。えらいおおきに」
治兵衛さんが屈託のない笑顔を見せると、顔を真っ赤にして「ほな、私はこれでっ」と出て行った。
それと入れ替わりに「おはようさん」と別の女性がまた手に何やら提げて来た。
「あら、お菊ちゃんに先越されたみたいやねぇ」
悔しそうに言いながらも風呂敷包みを玄斎さんに渡そうとするが、既にその手にさっきのお菊さんからの包みがあるのを見て治兵衛さんに渡す。
「これ、良かったら皆さんで食べて。栗ご飯なんやけど……」
言いながらその視線が私に向く。
「もしかしてこちらが例の弟さん?」
ん? 弟? 誰の?
「例の、というのは?」
玄斎さんが問う。
「治兵衛さんの弟さんも一緒に住むことになったて聞きましたけど、ちゃいますの?」
昨日の今日なのに既に噂がいろいろ広がっているようだ。
「……ま、そんなところや。梅吉言うんで、よろしゅう頼んます」
治兵衛さんが適当に誤魔化す。
その後も女性ばかり数人来て、いろいろと置いて行った。
もしかして、この二人、ご近所のアイドル?
これは推しへの貢ぎ物?
ってことは、炊事、しなくてもいい感じ?
私は内心安堵し、小さくガッツポーズをした。




