14.疑問
いろいろと目まぐるしかったので、気にはなってたけど考えるのを保留にしていたことがある。
この時代も大阪は商人の町らしく活気がある。
江戸程ではないにしろ、大阪も充分都会だと思うけど、清潔感というものが感じられない。
まず、臭いが気になる。
現代に比べれば遥かに空気は良い気がするのだけど、あまり深呼吸したくない。
排気ガスなどによる汚染はないけど、排泄物の臭いが微妙に混じっている。
今朝のトイレを思い出して、トイレに行くのが嫌になる。
ちなみに、作業場のトイレも外にあって、この家のより少し汚かった。
それから草履。
痛い。
履き慣れていないせいか、親指と人差し指の間がとにかく痛い。
治兵衛さんのお古だからとか、そういう問題じゃない。
あれは自分に合う物でも慣れないと痛い。
移動は基本徒歩なので、地獄だ。
それと、身長。
昔の人は背が低かったと聞いてはいたけど、本当に背が低い。
一五五センチの私は女にしてはデカい。
だから、男装すると丁度良い感じに見える。
とはいえ、中には背の高い人もいる。
治兵衛さんも玄斎さんも私より背が高い。
多分二人とも私より十センチ程度高いと思うけど、正確な身長は分からない。
ま、この辺りはまだ些細なことだけど。
問題はお風呂だ。
この家にはお風呂場らしき場所がない。
治兵衛さんの髪も清潔そうな玄斎さんの髪も少し脂ぎって見える。
銭湯に行くのだとしても、この時代、シャンプー的な物はどうしていたのだろう?
毎日入る習慣はないのだろうか。
それから二人の関係。
絵師と町医者が同居してるって、どういうことだろう?
接点なさそうだし、玄斎さんの性格からして、他人を家に住まわせるのを嫌ってそうだし。
実際、私は追い出されたし。
それに二人とも結婚してなさそうだけど。
となると、まさかのBL関係?
女だから追い出されたの、私?
あ、でも治兵衛さんは玄斎さんのことを『玄兄ぃ』って呼んでたから兄弟?
ん? でも転がり込んだって言ってたから本当の兄弟じゃないよね?
だとすれば、玄斎さんの奥さんが治兵衛さんのお姉さんとかで、そのお姉さんは既に亡くなって玄斎さん独りになったところに治兵衛さんが転がり込んだ、とか?
「なんや、この時代の食事は未来のお口には合わへんか?」
玄斎さんに問われて、ハッと我に返る。
「あ、いえ。美味しいです」
夕食は冷たいご飯と漬け物、それと温かい野菜の煮物だけ。
男二人だからなのか、これがスタンダードなのか、食事は質素だ。
それに机の上ではなく、畳の上で食べるスタイルは少し違和感がある。
お盆があるとはいえ、食べにくい。
そして朝も思ったけど、味は少し薄い。
ちなみに食事は近所の方が毎日作って届けてくれるらしい。
この時代、近所付き合いは濃厚そうだ。
米は基本的に昼にまとめて炊くらしいが、今朝はたまたま朝炊いたようだ。
なので、朝も昼も温かいご飯が食べられたが、基本的に温かいお米が食べられるのは昼だけらしい。
炊飯器の保温機能の素晴らしさを噛みしめる。
が、羽釜だっけ? あれで炊いたお米の美味しさは炊飯器に勝ることを知った。
「なんや言いたげな表情しとるで?」
玄斎さんに突っ込まれ、この際だからいろいろ訊いてみることにした。
「お二人はどういうご関係なんですか?」
「なんや? 妙な誤解しとるんちゃうやろな?」
玄斎さんが心底嫌そうな表情になる。
「ただの幼馴染や」
そんな玄斎さんに代わって治兵衛さんが答えてくれる。
「玄兄ぃの家が代々うちのかかりつけ医やってん。俺の家は椹木町の紙商なんやけど、勘当されていろいろあって、ここに居候なったんは十七の時やったから……もう八年になるんか」
ということは治兵衛さんは私と同じ二十五歳?
少し年上かと思ってた。
「そろそろ出て行ってもらいたいもんやわ」
そう言って玄斎さんは治兵衛さんから私に視線を移した。
冷ややかに見つめられ、思わず小さくなる。
「……あんたのことも教えてんか? 今のところ名前と未来から来たことしか知らへんのやけど」
確かに一緒に住むとなると、詳しく話す必要があるかも。
だけど、広告代理店勤務とか事務職とか、そもそも会社勤めってこと自体が伝わらない。
それをこの時代の人に分かる言葉にどう置き換えれば良いのか。
私の語彙力と知識の無さに絶望する。
私のことを江戸時代の人にプレゼンする日が来るなんて。
同じ日本人なのに言葉の壁を感じて、なんだか少し二人が遠く感じた。




