12.告白
家に入るなり、治兵衛さんは土間で土下座した。
突然の行動に驚く。
「何の真似や?」
玄斎さんが振り返って冷ややかに問う。
「玄兄ぃ、こいつをここに住まわせてやってくれへんか?」
治兵衛さんのこの一言で私のための土下座だと分かって、困惑する。
「ここは俺の家でお前は居候やってこと、分かってて言うとんのか?」
「分かっとる。せやけど、こいつは絵が上手いねん。それもちょっと上手いってもんやない。まるで魂が吸い込まれてしもたかのような、凄い絵を描くんや」
「お前の師にでもするつもりか? せやから置いてくれって? 冗談やない。俺まで巻き込まんといてや」
「せやかて、今朝も偶然、うちんとこの春蝶が通りで風呂敷包みを盗まれたとこに出くわしてな。こいつがササッとその盗人の顔を描いて、そのお蔭で昼前には包みが戻って来たんや。同心もこいつの絵にえらい吃驚しとってな」
興奮気味に治兵衛さんが言うのを「同心?」と玄斎さんが驚いた声を上げて遮った。
「何のために俺の衣に着替えさせた思うとるんやっ。よりによって同心と会うたやとっ。何考えとるんやっ」
玄斎さんのごもっともな剣幕に治兵衛さんも「それは……反省しとるが」と一瞬、しおらしくなったが。
「せやけどな、無一文で女子一人でどうやって生活せぇ言うねん? このまま放り出しとったら、俺らが見殺しにするんも同じなんとちゃうか?」
「それやったら最初から拾って来んことや。医者にできることは病や怪我の治療だけや。しかもそれにも限界がある。俺らも金が有り余っとる訳でもないやろ。飯食わせてやっただけで充分や思うてもらわなっ」
そんな二人のやり取りに堪らず、「すみませんっ」と頭を下げた。
「ご厚意に甘えて図々しくここまでついて来てしまいました。助けて頂いた上にいろいろと良くして頂いたのに、何の御礼もできず……」
「今朝も言うたが、礼は不要や。俺はあんたが出てってくれさえすれば、それでええ」
玄斎さんはそう言って奥の部屋に行ってしまった。
「すまんな。玄兄ぃはほんまは優しいんやけど、頭固いとこもあってな……」
治兵衛さんが土間に正座したまま項垂れる。
「謝らないでください。私のせいでお二人が喧嘩になってしまって……」
「それは構へんのやけど、これからどないするつもりや? 行くとこないんやろ?」
「そう……なんですけど……なんとかします」
とは言ってみたけど、江戸時代の知識なんて時代劇で得たものしかない。
それもフィクションだらけの知識だし。
例えここが現代だったとしても無一文で生活するのは無理すぎる。
慣れない場所、慣れない環境でどうすればいいのか、全く思いつかない。
「ちょっと待ちぃ」
奥へ行ったはずの玄斎さんがそう言って戻って来た。
差し出された手にある物を見て、私は思わず「あっ」と声を上げてしまった。
「返し忘れとったわ。妙な物ばっかり持っとるなぁ」
渡されたそれはスマホだった。
受け取ってすぐ電源が入るか確かめる。
大きく時間が表示され、背景には美しい庭園の写真が映っている。
画面の右上には『70%』の表示が。
意外とまだ充電はあるけど『圏外』の文字にやっぱりね、と落胆する。
「それ……なんや?」
問いながら一歩後退る玄斎さんに、私は覚悟を決めた。
スマホがあるなら説得力は増すはずだ。
今ならきっと信じて貰えるはずだ。
「これはスマートフォンと言って、写真や動画が撮れます。電波があれば遠くの人とも顔を見ながら会話できるのですが……」
「すま……? 異人の品か?」
「いえ。未来の品です。私は……未来から来ました」
そう言って私はスマホを握り締めた。




