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9.作業場

「ほんまに男か? 女子(おなご)みたいやなぁ」

「けったいな頭しとるしなぁ。絵師っちゅうより、役者みたいやな」


 岡っ引きの二人が冗談めかして笑い合っている。

 同心の表情も明らかに疑っているように見えた。

 思わず風呂敷包みを抱きしめる手に力が入る。

 中にはスーツとパンプス、それにボールペンがある。

 鉛筆は珍しくともまだこの時代に馴染む物だ。

 けれど、ボールペンは南蛮渡来と言って誤魔化せる気がしない。

 見られたら終わりだ。


「梅吉とやら。住まいはどこや?」

 解放されたと思ったのに、同心の尋問は続く。

「家は無いんで、私の家に」

 治兵衛さんが答える。

「ほな、お前の家は何処や?」

「なんや、褒美でも出るんかいな?」

 治兵衛さんがおどけて笑うと同心は真面目な顔つきになり、「そやな」と頷いた。

「こんなに(はよ)う解決したんは初めてや。なんぞ礼もせなあかん思うんやけど、またなんかあった時に絵を頼みたい思うてな。その鉛筆とやらも貴重な(もん)なんやろ? 何本か持っとるんか?」

「いえ。この一本だけです」

「ほな、益々礼をせなあかんな」

「い、いえ。そんな……私なんかの絵がお役に立てて……何よりです」

「謙虚やなぁ。ほな、一つ借りっちゅうことで。引き留めて悪かったな」

 同心はそう言って僅かに笑みを見せた。

 その笑みにやっと安堵する。


 漸く番所を出た私達は岡っ引きの八さんと一緒に治兵衛さんらの絵師の作業場へ向かった。

 辿り着いたその場所は、通りに面した一階は書店らしきお店で、その店の奥の階段から二階に上がったところにあった。

 数部屋あるのを襖を全て取り払って、一つの広い大きな部屋として使用しているようだ。

 二階に上がる途中から話し声がしていたが、私達が辿り着いた瞬間、全員の視線がこちらに向き、そのうちの一人が「あっ、この御方や。今話してたんは、この御方やっ」と興奮した声を上げた。

 さっきのひったくりの被害者、春蝶さんだった。

 その声に全員が「おお」と改めて私の方を見る。


「なんや、全員手が止まっとるやないか。今日中に仕上げなならんの、忘れたんか?」

 治兵衛さんが声を掛けると、春蝶さんが「せやかて下絵が……」と顔を曇らせる。

「それならもう解決したわ。お前の盗られた荷、見事取り返してくれはったで」

 そこで治兵衛さんが八さんを紹介すると、春蝶さんが駆け寄って来て、「かたじけない。えらいすんまへん」と頭を下げながら風呂敷包みを受け取った。

「すまんが、中身が全部揃うとるか確認してもろてもええか?」

 八さんに言われて、春蝶さんはその場でしゃがみ込み、風呂敷包みを解いて広げた。

 筆と紙の束などがあり、それを一つ一つ確かめてから顔を上げ、「全部あります」と顔を綻ばせた。

 再度「おおきに」と何度も八さんに礼を言うので、八さんも「礼ならこん人に言い」と私を視線で示す。

「あの絵のお蔭ですぐに捕まえられたんや」

 八さんがそう言うと、春蝶さんはすっくと立ち上がって私の手を取り、「ほんま、おおきに」と大袈裟に礼を言った。


「い、いえ。私はただ……」

 困惑する私に春蝶さんは笑顔で私の手を握り締めたまま、「一緒にここへ来はったっちゅうことは……」と治兵衛さんへ顔を向ける。

 気付けばその場の全員が治兵衛さんに期待の眼差しを向けている。

 その無言の圧に治兵衛さんも「……ええい。分かったわ」と半ばやけくそな返事をした。


 ん? これはどういう……空気?


 困惑する私に治兵衛さんは、


「すまんが、俺の絵を描いてくれへんか?」


 そう言った。


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