序 春色無高下 花枝自短長
花弁が一枚、儚く夜の闇を舞っている。
風に翻弄され、降下と上昇を繰り返しながら、やがてとある人物の元へ。
その人物は花弁に気づくと、片手でそれを受け止めた。
「春は梅、桜、桃、レンギョウ、雪柳……どの花の色にもそれぞれの美しさがあって、そこに優劣は存在しません。春の光は万物に平等に降り注ぐのに、花枝の長さは異なります」
呟く声に傍らの人物が「なんだ、禅か?」と笑うと、「ええ」と頷いた。
月が大きく美しい夜。
二人は都内のとあるビルの屋上にいた。
花弁を握り締めるのは白い着物姿の女性で、長く伸びた髪も真っ白だった。
その傍らのもう一人は黒い着物姿の男性で、短い髪も真っ黒だった。
「……どうしても終わらせるおつもりですか?」
女性が問うと男性は「それが『運命』だ」と冷たく言い放つ。
「でもあなたも私もそれが間違ってると知っているでしょう? それでも『運命』と呼べるのでしょうか?」
「既に決められていたことだ。俺は俺の役目を果たす。今宵はお前はただの傍観者でいろ」
「ならば、私も私の役目を果たします」
「何をするつもりだ?」
「縺れた糸を解けば、今の運命は変わるかもしれない。そう思いませんか?」
「何を……するつもりだ?」
ガタンッと下の方で窓が開く音がした。
女性は急いで片手を握り締め、拳にそっと息を吹きかけた。
それから手を開くと、花弁は再び舞い上がり、下の方へと急速に落ちて行った。
「何をしたっ」
男は柵から身を乗り出して下を覗き込んだ。
そこには落下していく女性の姿があったが、花弁がその体に触れた瞬間、その姿が突如消えた。
「私はただ縺れた糸の結び目に彼女を送っただけ。本当にこれが『運命』なら終わりを迎えるでしょう。でも、間違っているとしたら、別の『運命』を歩むことになるでしょう」
女は男の背にそう言うと、男は振り返って両手で頭を抱えた。
「お前はいっつもっ! なんで物事をややこしくしたがるんだよっ」
「機会を与えただけです。間違った『運命』を押し付けるのは不平等でしょう? 彼女に正す力があれば自力で本来の『運命』を取り戻せるはずです。私はただ『春色無高下 花枝自短長』を実践したまで」
「小難しい話も嫌いだっ」
男が吠えると女は笑みを浮かべた。
「さて、結果が出るまでどうしましょうか?」
女の言葉に男は女を睨みつけた。




