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 人は基本的に善人を好み、称賛する。自分でいうのはなんだが、性格の悪い人間に友達も恋人もいないのは当たり前だ。しかし金はどうだ、金は善人を好むか。いや、違う。だって俺はもう富豪に等しい。

 だがしかし人はそれでも善人を好む。集団となった社会においてはなおさらだ。例えば世界一の戦士、学者、あるいは国王、教皇において、その地位相応の人間道徳を期待する。いや、要求する。社会には強大な存在は美しくなければならないという暗黙の了解がある。そうではない、ただ強く醜い存在を彼らを、社会は排除しようとする。

 俺が今、悩まされているのはそういったところだ。善人を要求され、しかしそうは決してなれず、なれないならば残酷に抹消される。その恐怖に、俺はただ震え、そうしてまたアイツを恨むのだ。

 その恨みも、行動が伴っても、失敗し、俺はまた紙の屋敷に挟まれてやけ酒をするのだが。


 「手紙が届きました」

 「読め」

 「『ベン一行。あなた方のご活躍をいつも拝見しております。私の名は魔王。恐らくお前らが次の勇者一行となろう。魔王城にてお前らが来るのを待っている。せいぜい首を綺麗にしてやってくるように。私たちは決して同胞の恨みを忘れない』だそうです」

 「へっ! いたずらか?」

 「まだ続きがありました。『追伸。お前のところの少女は俺が殺した。土産は確認したか』だそうです。小箱が届いてました。どうぞ」

 「むぅ? どれどれ」


 俺は小箱を開けた。警戒はしたが、なんといっても俺は時のベン一行のリーダーだ。爆弾ぐらいじゃ死にやしない。と開けてみたものの、爆発はしない、それどころか、小さい、とても硬い、しかし軽い貝殻みたいなものが入っていた――俺の仲間、少女の耳だった。

 それから間もなくギルド連合は俺とロウリー、他数名を勇者一行に指名した。魔王から手紙が届いたのは俺だけらしい。なんで俺が一番恨まれてるの。


 さて、俺はもちろん勇者になるのを拒否した。あの手紙が来てから俺は奥歯がドリルのごとくガタガタして止まない。そもそも俺には何の力もない。誰か、俺をパーティーから追放してくれとさえ思った。しかしこの期に及んで逃げれば世間は俺を腰抜けと言いふらす。新聞社は間違いなくそうするだろう。俺はそれが気に入らなかった。人の不幸で金稼ぎやがって。

 そんな意地から俺は五人の勇者の一人になった。あまり関係ないが、勇者は各地のギルドの中から優秀な冒険者が任命される。同じギルドから二人出るのは前代未聞らしい。ただでさえ、うちのギルドから勇者が出たことが無かったのにこの有様なので、どちらにせよ世間は賑わった。魔王を可哀そうがる人さえいた。俺を可愛そうがれ。


 そうして魔界に行った。数々の冒険があった。さすがの俺も勇者の面々がいる中でロウリーを追放しようなどとは思わなかった。しかし魔王を倒した後のことを考えるとぞっとした。もう一生、悪いことができなくなる。虚無。

 そんなときである。魔界でも勇者一行の名が轟いて、魔族にも歓迎されてしまった酒場のことである。俺はある男に密室へ案内された。


 「やぁ。好きなもの飲んで。奢るよ」

 「金なら腐るほどある。俺は善人だからね」

 「そうなのか。だから手加減してくれてるのか。戦闘が終わるまで一行の後ろで仁王立ちして、いっつも『俺が出るまでもなかったな』って」

 「つまらない冗談だな。何の用だ」

 「冗談じゃない。真実だろう。いやね、僕が言いたいのはさ――ちょっと勇者一行強すぎない? って話」

 「当たり前だろ。勇者だぞ」

 「正直、今のままだと魔王軍がすぐやられちゃう。こっちは結構切迫してるの」

 「こっち?」

 「申し遅れたね。僕は魔王軍幹部のリザードだよ。君に話があってきたんだ、ベン」

 「様な」

 「……ベン様! お願いです! 協力してください! 一緒に勇者を倒しましょう! お願いですぅうううう!!」


 俺は悪魔ではない。もちろん魔族でもない。人間だ。だからどうお願いされても魔族などの話に乗るわけがなかった。そもそも今のまま魔王を倒した方が富も名声も手に入る。俺の人生は豊かになる――でもそれじゃ困る。俺は悪であり、悪魔より人間だ。アイツと初めて会った日からある追放欲は解消されていない。俺は今までどんな新人も奈落の底へ叩き落してきた。そこに一片の陰りも許されないのだ。

 俺はこの話を受けるに至った。


 「え。なんで?」


 と自分で話していても何の旨味もない取引だと自覚していたらしい。しかし俺のアイツへの憎悪は何よりも重要だった。魔王の手を借りれば必ず、追放できる。そうだ、この大舞台、最大の失態。そのための今までだったのだ。


 俺は僕っ子幹部の言うとおり、ロウリーを誘導した。魔界に美しい森があると誘った。ロウリーは馬鹿なので信じた。

 魔王は一番恐れているのはロウリーだ。ロウリーは結局、勇者一行の中で飛び抜けて強かった。こいつさえいなければ魔王に勝機はある。頑張れ魔王。

 最大の裏切り。作戦はこうである。この美しい森にはマツケタというキノコがある。大層美味しいそうだ。ちょうどそれがあそこの木にあるので、食いしん坊のロウリーはイノシシのごとくそこへ走る、落とし穴がある、落ちる、魔界の落とし穴は奈落、死ぬ。終わり。

 ロウリーはマツケタに気づいたようだ。しかしこいつは歩いた。


 「マツケタ。懐かしいですね。僕の故郷の友人が食べたがってました」

 「死んだのか?」俺は嬉しそうに言った。

 「残念ながら。友人も冒険者で、一緒のパーティーにいたんですよ。ちょうど先輩に会う前、ギルドに入る前でした。ナレで楽しく冒険してましたよ」

 「そのままずっと楽しくしておいたほうが良かっただろうな」俺は天使のような笑みを見せた。

 「そうですね。でも勇者になってしまいました」コイツは黄昏ていた。


 俺は微塵もこいつの過去に興味がない。だのに勝手に話し始めるのはコイツの悪い癖にほかならず、止めても無駄なのはもはやわかりきっていた。長い付き合いゆえ、一番嫌いなやつとのだ。それも今すぐに終わるだろうが。


 「僕は最初、ギルドに入るつもりは無かったんです。あっちで皆と町の人を助けてるだけで楽しかったですから。そんなときのギルド長がやってきたんです。それで僕の才能を見抜いて、どうしてもといって引き抜いたんです。僕は嫌がりましたよ。才能があろうとなかろうと、僕は友人たちとずっと町を守っていたい。決意してました。でもギルド長は『才能を世界に生かすことが正しいことだ。そうすれば世界は平和になる』と説得してきました。僕は勇気や力があったわけではないのです。僕がここに至るまでのきっかけは、ギルド長迫真の脅しでした。僕はずっと臆病で、その話に乗っからないとこの世の全てを裏切ってしまう気がして怖くてたまらなかったんです」


 贅沢な悩みだ。つまらない話に飽きてしまったから、俺は足元にあった丸石を泉へ投げた。


 「でもそれももうすぐ終わりです。魔王を倒したら僕はナレに帰ります。そしてまた町を守るんです。今度は野良ギルドじゃない。正真正銘の新しいギルドです」

 「そりゃあ、おめでたい。きっと実現するさ」

 「ええ」

 「ならマツケタは土産に必要だろう。ほら、あそこにあるぞ」

 「そうですね」


 二つの希望。マツケタ、その前にある落とし穴。アイツは何も知らずマツケタのほうへ歩き、そしてついに――真っ逆さま、落ちた。落ちた? 落ちた!! 

 だらしない悲鳴が辺りに響く。俺は絶頂に達した。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! やった! ついにやったぞ!!」

 「やりましたね!」

 「ああ、やった!」

 「ちょっと確認してきますね」

 「ああ、どうぞどうぞ!」


 いつの間にかやってきていたマントと王冠の知らん男が穴を確認した。俺はその間も叫び、踊ったが、男の様子がおかしい。何とも言えない顔をしていた。そして捻じれた剣を取り出した。

 見に行ってみると――クソが。無様にも、アイツは木の根に掴まって耐えていた。


 「しぶといやつだ」

 「しぶといやつだな!」

 「いいだろう。私が直々にトドメを刺してやる」

 「よ! やっちゃってください!」

 「よ、よし。やるぞ」

 「はい、どうぞ」

 「やるからな?」

 「何を怖がって?」

 「そうだな。やるぞ」


 男は笑っていた。俺に負けず劣らず悪しきを極めた形相で深淵を覗いていた。夢の終わり、ついにその時が来るという期待、高揚。男はそれを噛みしめていたのだ。人生でもっとも最高であろう瞬間だ。並々ならぬ思いが感じ取れる。俺はこの男の人生をよく知らないから、それ以上に何も言えないが、感覚的に自分と近い気持ちがあるような気がした。この男もコイツを殺したくて仕方が無かったのだ――気に食わない。俺と同等の感情を持つ悪人がそこにいる? 俺はそんな安い悪ではない――高揚した。俺はさらに好奇心旺盛だった。絶頂の瞬間、この男のそれが一転、最悪になったらどんな顔をするだろうか。俺はこの期に及んで最高の悪に震えていた。最大の欲を抱いてしまった。


 「お前もだろ」


 簡単だった。俺は男のケツを蹴って、落とした。男はおよそこの世のものとは思えない下品な声をあげて落ちていった。奈落に。まるで産声をあげるのとは真逆の死の底に。ああそうだ、あれは魔王だ――そしてそこに勇者がいた。

 俺はあと、貧弱な男が力を使い果たし、根を離し、落ちていくのを見ればいい。その一連、死の淵にしがみつく長い時間、俺は堪能するだけでいい。


 「た、たすけてください」

 「なぜ?」

 「仲間でしょう?」

 「仲間? 今、仲間って言ったのか? 馬鹿も休み休みに言うものだ。俺とお前が仲間だったことなど一度もない」俺はマツケタを取って奈落へ放った。


 コイツはそろそろ落ちる。俺はその間にいくつか、別れの挨拶を、最高の言葉を考えた。あの取引が成立してから毎晩、ノート三冊くらいにメモして選んだ。

 そしてその時が来た。


 「じゃあな、新人――」


 その瞬間、泉から水流が現れた。頭にたんこぶがあった。俺がそうだとわかった水竜は口から水のビームを俺にぶつけてきた。俺は避けた、つもりだったが、水飛沫が足に掛かった。


 「冷たっ!」


 俺は奈落へ落ちた。

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