第20話 寝起きの最終兵器
眠っていたことに気がついたのは、目が覚めてからだった。
コンクリートだろうか、硬くて冷たい床が頬に触れている。
起き上がろうとして、引っ張られるように肩が痛む。
なんだ……? 体が動かない。
何度か同じ動きを繰り返して、ようやく体の後ろで手首を縛られていることに気づいた。
「あ、起きた?」
親しげな声に振り返ろうとして首にズキっと痛みが走る。
長い時間不自然な体勢でいたせいか寝違えてしまったみたいだ。
ゆっくりと体ごと声がした方に向けると、ヒカルさんの笑顔があった。
「革命、できなかったな」
◇
「魔女は考えることがえげつないよな」
あたしが転がされてる横でヒカルさんはしゃがみ込んだ。
ここは倉庫だろうか、がらんとした空間で、壁は波板がむき出しになっている。
出入り口らしきものは奥に見えるシャッターだけだ。
「世間知らずの女の子拾ってきて、栄養あるもん食わせて毛ヅヤよくして、いい感じに美味そうになったところで出荷だもんな」
魔女って誰のこと?
みゆきさん? それとも、ももちゃん?
「うちんとこの牛乳はうまかっただろ」
ヒカルさんの手が横たわったままのあたしの肩に置かれる。
むき出しの肌に温かい手のひらが触れて、そのときはじめてあたしが何も身につけていないことに気がついた。
「言ったろ? あのジジイには気をつけろって」
静かな低い声とともに指先があたしの肌の上をすべっていく。
「なんでか知らないけど……女はみんなあいつにハマるんだよな」
ヒカルさんの声に、どこか苛ついたような、欲望の気配が混じる。
「俺からしたらただのクソジジイなんだけど」
少しずつ、ヒカルさんの息が荒くなっていくのがわかる。
「結衣はさ、いつも一生懸命だったからちょっと悪い気もするけど……まあ、これが俺の仕事なんだわ」
ヒカルさんの目に、愉悦にも似た欲望が光る。
指の動きは次第に大胆になってきて、感触を確かめるかのようにじっくりとあたしの体を這いまわる。
「んっ……ふうっ……」
やわらかい手つきで肌をなぞられて、こらえきれずにくぐもった声が漏れる。
体がいうことをきかないといったふうに、上体をわずかにくねらせて、ほんの少しだけ脚を開く。
よだれでも垂らしたらそれっぽいかな……いや、それはやりすぎかもしれない。
誘っていることを絶対に勘づかれてはいけない。
今からここで行われることは予測できる。
あたしが助かる道はきっとそこにしかない。
おとなしく『獲物』になるなんて絶対に嫌だ。
「……やっ……ん」
なめらかな指の動きに我知らず高ぶっていく身体とはうらはらに、頭は不気味なほど冷静に、この場から抜け出す手だてを探っていた。
この状況とヒカルさんの『出荷』という言葉から、あたしがこれからどんな目に遭わされるのかはなんとなく想像がつく。
「結衣、可愛い……マジで可愛い」
すっかり遠慮のなくなった指があたしの奥深くに沈んでいく。
夢うつつのように切れ切れに吐息を漏らしながら、あたしはヒカルさんの様子を窺う。
絶対に、どこかで無防備になる瞬間がくる。
「……うっ……ぁ……」
表情をゆがめて身をよじりながら、気付かれないように口の中でカチリと犬歯を合わせる。
そして……あたしは知っている。
人間、裸になってからが本当の勝負だ。




