第19話 物語の続き
暗い。
あたりを見まわすと、ぼうっと本棚が並んでいるのが見えてきた。
そうだ……確か本を探していた。
雑然と並んでいる背表紙の中から、あたしは『銀河鉄道の夜』と書かれた分厚い本を抜きとる。
本の表紙を見てあたしは首をかしげる。
確かに『銀河鉄道の夜』をとったはずなのに、手に持っているのは数学の参考書だった。
あ、隣のやつと間違えたのか。
今度こそ『銀河鉄道の夜』だと思ったのに、つかんだのは改修工事の見積り書だ。
なんで……? 続き、物語の続きはどこにあるの?
焦って棚の間を走り抜けると、貸出カウンターが見えてきた。
ああ、そうか……ここは図書館だった。
カウンターで本の場所を聞こうと思ったけど、カウンターの向こうは深い闇が広がっているばかりで、こちらからは見えない。
そうこうしているうちに辺りはどんどん暗くなる。
とりあえずここから出よう。
光を目指して歩いて、図書館の出口のガラス戸まで来たところで、あたしは立ち止まる。
ガラス戸の向こう側……市民ホールのロビーに誰かが立っている。
Tシャツにカーゴパンツ、ブラシをかけただけでセットもしてない髪……こちらを見て、ガラス戸に姿を映しているのは……
間違いない、かつてのあたしだった。
あたしは、ガラス戸を挟んであたしが所在なさげにロビーをうろうろするのをぼう然と見ていた。
「引き受けてくれてありがとう」
しばらくして、ロビーにみゆきさんが入ってきた。
あ、これは……『あの日』だ。
あたしが、初めて新井さんの家に行った日。
だめ! その人について行っちゃだめ!
急いでドアを開けようとしても、カギがかかっているのかびくともしない。
声を出そうと、口を開きかけて止まる。
あの日、あたしが新井さんの家に行かなければ……銀河鉄道に出会うこともなく、理想社会の夢に酔うこともなく、ももちゃんと知り合うこともなくて……あたしは、今も『透明人間』のまま、図書館をさまよっているんじゃないのか。
その先に待っているのは……
声が出せないまま、あたしはあたしがロビーから出ていくのを見ていた。
そのとき、ドアの内側に鍵がついてることに気づいてあたしは鍵を外す。
ドアを開けると、さっきまで明るかったはずのロビーは妙に暗くて、もう出入口の自動ドアも見えない。
迷子のようにロビーを歩いて、いつしかあたしは掲示板の前に立っていた。
ああ……そうか……そうだったのか。
あの日、ももちゃんが見ていたのは、花火大会のポスターではなかった。
見ていたのは、残された者の悲痛な叫び。
『探しています』
ポスターを見て、ぞっとした。
写真の中、まるで遺影のように笑顔でこちらを見ているのは……あたしだった。




