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第16話 プロレタリアの贈り物

「君が、ここにいるのはお金のためなんだろう」


 妙に赤いプレイルームの中、彼はじっとりとした目であたしを見た。


「お、俺みたいな男なんて本当は相手したくないけど、金のために仕方なくとか……思ってるんだろ」


 目線を合わせずにモゴモゴ話す様子を見てすぐにわかった。

きっとこの人も『透明人間』として生きてきたんだ。


 他者の視線にさらされて、振りまわされて、弾かれて……傷つけられて。

あいまいで不確かなわけのわからない物差しで勝手にはかられて、自分には価値がないと思いこまされてきたんだ。


「確かに、あたしがここにいるのはお金のためだよ」


 だってこれが仕事だもん。

あたしはジャケットのボタンを外しながら一歩前に出る。


「でもさ、いまあなたの目の前にいるのは、なにも隠してない、正真正銘、裸のあたしだよ」


 ジャケットも下着もすべて脱いでしまったら、あたしは両手を広げる。


「こころの中まで見せることはできないけど、あたしの体全部で、今日はいっぱい抱きしめて、あっためてあげる。それじゃ、ダメかな?」


 おずおずとあたしの胸に体を寄せる彼を力いっぱい抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でる。


「大丈夫、怖くない、怖くないよ」


 かたくなだった体があたしの腕の中でだんだんとゆるんでいく。

もう、このくらいでいいかな。


「じゃあ、一緒にシャワー浴びよう」





「実はすごく、緊張してたんだ」


 パンダのクッションを枕にして、あたしの顔を見ながら彼は言った。


「こういうところに来るの、初めてで、表面上は笑ってても、裏では馬鹿にされてるんじゃないかって怖くて……でも、来てくれたのが君でよかった」


「そう言ってもらえると嬉しいな、ありがとう」


 あたしは彼の首に腕をまわして、唇に軽くキスをした。


「また、会いに来てもいいかな」


 帰りぎわ、彼は少し照れながら言った。


「うん、いつでも待ってる」


 笑顔で彼を見送ったあと、ふうとため息をつく。


 あたしがディセンバーで仕事をするのは、これが最後だ。





「今までお世話になりました」


「こちらこそ、頑張ってくれてありがとうね」


 あたしが頭を下げると、支配人はにこにこ笑いながら言った。


「はい、今日の分と、それからこれ」


 支配人はお給料の封筒のほかに、緑色の包装紙にくるまれた長方形の小さな箱を差し出した。


「餞別っていうか、本当にささやかだけど、僕からのプレゼント」


 思いがけない心づかいに頬が温かくなる。


「開けていいですか?」


 支配人は笑顔でゆっくり頷いた。


 中身はボールペンだった。

真っ赤なボディに筆記体で『Ai』と入っている。


「アイちゃんは大学に行くって言ってたから、なにか勉強に使えるものがいいと思って」


 こんなふうに送り出してもらえるなんて思ってなかった。

嬉しくて頬がゆるむ。


「ありがとうございます!」


 ボールペンに掘られた文字を見ていたら、だんだん面白くなってあたしは笑った。


「ふふっ、でもアイって……これじゃあ家で使えないよ」


「しょうがないでしょ、僕のなかじゃアイちゃんはアイちゃんなんだから」


 支配人も楽しそうに笑った。


「じゃあこれからも元気でね。なにか困ったことがあったらいつでも戻って来ていいからね」


「若くなくなっても、雇ってもらえます?」


 あたしがイタズラっぽく笑うと、支配人は真剣な目で「もちろん」と頷いた。


「アイちゃんみたいな一生懸命な子は、お姉さんになっても、いつだって大歓迎だよ」


 最初は怖くて仕方なかった仕事も、真面目に頑張れば認めてもらえることを知った。

この店での経験も、きっと無駄にはならないんだろう。


「今まで本当にありがとうございました」


 あたしはもう一度深々と頭を下げた。





「大学に行きたいので、学費を出してもらえませんか」


 あたしが頭を下げたとき、お母さんとお父さんは驚いていたけど本当に嬉しそうだった。


「そう……ちゃんと決めたのね。いいわよ、どこでも好きなところを受けなさい」


 お母さんは泣きそうなほど喜んでいた。

あたしはそんなに心配をかけていたんだろうか。

大学に行く本当の目的は言えそうもない。


「一年くらい足踏みする時期があってもいいもんだ。お前はお前のペースで進んだらいい」


 お父さんは大学受験に失敗して浪人していた時のことを話してくれた。

そんな話は初めて聞いたので少しびっくりした。


 友達と旅行に行きたいと言ったら、2人とも快く認めてくれた。

フラフラしていたあたしが大学に行く気になって、よっぽど安心したのかもしれない。


 お姉ちゃんはひと言も喋らずにお茶を飲んでいた。

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