第8章「四腕の孤影 ― 筋肉を選ばれた者」
荒野を進む剛たちの前に、四腕族の戦士クァルガが現れます。
魔力に選ばれなかった種族の誇り、そして“筋肉で通じ合う出会い”の章です。
荒野を抜けた先、岩山に囲まれた峡谷。
剛とリオナ、そしてオーク族のドルガンが慎重に進む。
白理討伐隊との遭遇から数日。
警戒は緩められない。
だが剛は――
「この道……負荷がちょうどいいな。」
と、やたらご機嫌である。
リオナが呆れ顔で言う。
「どうして“逃走中”に楽しそうなのよ。」
「斜面が連続してて歩くだけで脚に効く。
地形が脚トレを促してくる。」
「促してこられたくない!!」
ドルガンは歩きながら空気を嗅ぐ。
「近いぞ……この先に“住人”がいる気配だ。」
リオナが眉をひそめる。
「住人……? 人間の村じゃないわよね?」
ドルガンは短く答えた。
「四腕族だ。」
その名を聞いた瞬間、
リオナが息を呑む。
「四腕族……!?
魔力文明に適応できず、荒野に追いやられた……あの?」
剛は興味深そうに言った。
「四本腕……ってことは……
肩周りの筋肉、どうなってるんだ?」
「そこ!!?」
⸻
■ 四腕族の戦士、現る
峡谷を抜けた瞬間だった。
“ズシンッッ!!”
地面が揺れ、岩壁が震える。
剛の目が輝く。
「……重い足音だな。
体重、いや筋量か。これは鍛えてるやつだ。」
リオナ:「なんで嬉しそうなの!!」
岩陰から、ひとりの巨躯が現れた。
腕が四本。
背丈はオークより少し高い。
肌は鉱石のような灰色。
そして――
肩、胸、背中、腕……
どの部位も“盛り上がりすぎている”。
リオナが呟く。
「うそ……四腕族なのに……
こんなに鍛えてる……?」
巨躯は剛を見つけると、
低く唸った。
「……人間。
その肩幅……ただ者ではない。」
剛は一歩前に出た。
「お前……鍛えてるな。」
ドルガンがツッコむ。
「挨拶が筋肉基準なのやめろ!!」
四腕族の男は胸を叩き名乗った。
「我が名はクァルガ。
四腕族の“負荷歩者ふかほしゃ”。
重圧を歩き、重荷を背負い、重力に抗う者。」
剛は食い気味に聞いた。
「じゃあ肩と背中、めちゃくちゃ強いだろ。」
「うむ。強い。」
「見せてくれ。」
「いいとも。」
リオナ:「なんで即成立するの!?」
⸻
■ クァルガの“筋肉の理由”
クァルガは石をひょいと持ち上げる。
片腕で。
いや、四本腕で。
「俺たちは魔力が薄い。
世界は魔力中心に変わり、
四腕族は“時代遅れ”と呼ばれた。」
「魔力に選ばれなかった種族……だな。」
クァルガは静かに頷く。
「魔力は俺たちを拒んだ。
だから俺たちは鍛えた。
筋肉は――裏切らなかった。」
剛の瞳がギラリと光る。
「……分かる。」
ドルガン:「分かるのか!?」
剛:「“筋肉は裏切らない”。
それを信じ続けてるのか。」
クァルガの四本の拳が震えた。
「そう……だ。
筋肉を知る者がここに……!」
⸻
■ 四腕族式の“負荷歩行”
クァルガは岩山を指し示した。
「人間よ。
お前の脚と背中……どれほど通じるか見たい。
四腕族の修練――“負荷歩行”を共にするか?」
剛の目が完全にトレーニーモードに入った。
「やる。」
リオナ:「いやいやいや!!」
ドルガン:「剛は“やる”と言ったらやる!」
クァルガは巨大な石を背負いあげる。
「この岩、重さは人間の三倍。
だが……歩けるはずだ。
その脚なら。」
剛も同じサイズの石を背負った。
リオナが悲鳴をあげる。
「剛! 倒木デッドリフトより重いわよ!?」
剛は呼吸を整え、
(腹圧……体幹……脚の連動……いける。)
すっと立ち上がる。
クァルガの目が見開かれた。
「……歩いた。
荒野の重圧を、平然と……!」
剛は淡々と歩き出す。
「これは……いいな。
脚と背中に、じんわり効いてくる。」
クァルガは震えた。
「効く……そう、効くのだ……!
人間でこれを“効く”と言ったのは初めてだ!」
リオナ:「なにこの空間!!?」
⸻
■ 勝手に始まる“筋肉文化交流会”
負荷歩行を終えたあと、クァルガは剛の肩をつかむ。
「お前は……
魔力を持たぬ種族の誇りを思い出させてくれた。
魔法のない時代の、“重力の民”の魂を……!」
剛は言った。
「筋肉は俺たちを平等に扱う。
鍛えれば応えてくれる。」
クァルガの四本腕が震え、
大きな声で叫んだ。
「神谷剛ッ!!
お前は……四腕族の筋兄きんけいだ!!」
リオナ:「筋兄……!?」
ドルガン:「なんか……いい響きだな……」
⸻
■ 誓い
クァルガは剛の前にひざまずいた。
「神谷剛。
四腕族は魔力に見放された種族。
だが――」
四本拳を胸に重ねる。
「筋肉に選ばれた種族だ。
その誇り、共に鍛える者にしか分からぬ。」
剛は静かに頷いた。
「なら、これからも一緒に鍛えよう。
俺も、お前から学びたい。」
クァルガは叫ぶ。
「我が筋兄ィィィ!!!!」
リオナ:「やめて!! 言い方!!」
ドルガンは笑っていた。
「これでまた仲間が増えたな!」
剛は笑う。
「筋肉が繋いだ縁だな。」
リオナはため息をつきながらも微笑んだ。
(……すごい。
“魔力を持たない者たち”が、この世界で協力し合う……
剛が来てから、世界が少しずつ変わってる……)
峡谷に夕日が落ち、
四腕族の新たな仲間が加わる。
剛の筋肉は、
種族を超えて“共鳴”を広げ始めていた。
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