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筋肉理論ガチ勢ボディビルダー、異世界で無自覚チート化 〜魔力を“超回復”と誤解した結果、とんでもない事になっていた〜  作者: 出雲ゆずる


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第7章「白刃の律者、動く ― 剛 vs エルデ」

白理討伐隊の第2撃を退けた剛たち。

砦を離れ、次に進むための準備が始まります。

荒野での逃走と、新たな出会いの気配――そんな章です。

◆ 第7章「白刃の律者、動く ― 剛 vs エルデ」


荒野に静寂が落ちたその瞬間。

白刃の律者エルデの頭上には、

薄い光膜がふわりと展開した。


それは魔法ではない。


世界の観測機構にアクセスするための“理界視(りかいし)”。


エルデの視界には、

剛の姿が通常とまったく違う“輪郭”で映し出されていた。


――人間の枠から、はみ出している。


エルデは無表情のまま、

淡々と“情報の読み上げ”を行う。


『対象:神谷剛

 筋繊維密度:既存比 412%

 可動域:人間平均値を超過(魔獣級)

 魔力利用傾向:循環 → 修復 → 増殖

 ※魔術的意図なし

 ※理との接触で“成長反応”が加速』


淡い青字が、次々とエルデの視界に流れる。


副官が静かに口を開いた。


「……成長反応、加速……?

 剣士長、これは“魔力依存体”の数値ではありません。」


エルデは短く答えた。


「依存ではない。“変換”だ。」


「変換……?

 魔力を……筋肉に……?」


「そう。

 本来“等価交換”が成立しない領域で、

 対象は――勝手に最適化を行っている。」


副官は息を呑む。


「……それは、“理律逸脱個体”の定義に該当します……!」


エルデの瞳が冷たく光る。


「否。

 まだ“逸脱”とは断じない。」


「え……?」


エルデは淡々と続けた。


「対象は“世界を傷つけていない”。

 ただ――世界が対象を理解できていないだけ。」


副官の顔が引きつる。


「それは……逆では?

 理解できないものは、削除対象……!」


エルデは一歩、剛へ近づく。


そして、静かに言った。


「……“理解できない存在”が悪とは限らない。

 しかし――」


刃に指がかかる。


「“理解できないまま強くなる存在”は、理が嫌う。」


光膜が消え、

エルデは完全に戦闘姿勢へと移行した。


「だから、監査をする。

 ――存在理由を、問うために。」


その瞬間。

剛が前へと一歩進み、

筋肉がわずかに唸った。


エルデの表情がほんの少しだけ動いた。

驚きではない。


理解不能なものを理解しようとする、

無機質な好奇心だった。


荒野の冷えた空気を裂くように、

白い霧がゆっくりと後退していった。


夜明け前の光に染まりながら、

白理討伐隊の影は、砦の外ではなく――

剛たちの逃走方向へ“別経路”で回り込んでいた。


リオナが走りながら息を荒げる。


「……おかしい……!

 白理は追跡なんてしないはずなのに……!」


剛はわずかに眉を寄せた。


「追ってるんじゃねぇ。

 ――“行き先を計算して先回りしてる”。」


リオナの背筋が震えた。


「それ……まさか……

 理術であなたたちの動線を“計算”して……?」


剛は肯定も否定もせず、前だけを見る。


(筋肉の動きまで予測するってのか……

 嫌な相手だ。)


その時だった。


風が止んだ。


鳥の声も、オークたちの足音も、

自分の呼吸すら、遠くに行ってしまったような――

不自然な“静寂”が、荒野全体に降りた。


ドルガンが剣を構えた瞬間。


「剛ッ!! 左前だ!!」


剛が反射でリオナを抱えて止まる。


直後――

空間が、まるで“紙を裂かれた”ように歪み、


白い外套がそこから滑り出てきた。


歩く音も、着地の重みもない。


ただ、

存在が移動しただけ

という気味の悪い感覚。


剛の前に立ったのは――


白衛四番、

白刃の律者はくじんのりっしゃ・エルデ


淡い青光を帯びた刃を腰に下げ、

まっすぐに剛だけを見つめていた。


一言だけ、呟く。


「……対象、発見。」


剛が身構えるより早く、

リオナが叫ぶ。


「剛ッ!! その人は……

 白理の中でも、“剣技の理”を扱う危険人物よ!!」


剛はゆっくり深呼吸した。


(……剣の達人か。

 でもこいつのは“技”じゃねぇ……

 もっと、根っこの部分――)


エルデは無表情のまま、一歩前へ。


その動きは“踏み出した”ように見えるが、

衝撃も砂煙もない。


ただ“位置が変わった”。


剛の喉がわずかに鳴る。


(……速いとかいう問題じゃねぇ。

 動きが、世界の方で補正されてる……)


エルデは淡々と言う。


「あなたの動きは観測済み。

 筋力も、反応速度も、耐久も……

 “理の範囲内”に押し戻せば抑制可能。」


剛は苦笑した。


「押し戻せるもんならやってみろよ。」


エルデのまつ毛が、わずかに揺れた。


「挑発ではないと理解。

 これは“自信の宣言”と判定。」


そして――

腰の刃へ指が触れたその瞬間。


空気が音をなくした。


剛の全身の筋肉が、

本能的に“危険信号”を出す。


ドルガンが震える声で叫ぶ。


「剛……!

 あいつは……剣を抜いた瞬間に……

 “結果が決まる”タイプの戦士だ!!」


リオナも喉を震わせる。


「剛、後ろに下がって……!

 エルデの剣は、魔力じゃなく“法則”で斬るの!!

 当たるとか当たらないじゃない……!」


剛は答えなかった。


ただ、

一歩だけ前に出た。


エルデの瞳が細められる。


沈黙の中、


「…戦う、のですか。」


剛は言った。


「逃げても追って来るんだろ?

 なら……」


軽く、肩を回し、

足を肩幅に開き、

重心を真下に落とす。


「――まずは、筋肉で挨拶だ。」


エルデの指が、静かに刃を抜いた。


次の瞬間――

世界が、わずかに“ずれた”。


「理律剣 vs 筋肉理」


風が止み、荒野の空気が張りつめた。


剛が一歩前へ出たのと、

エルデの指が刃に触れたのはほぼ同時だった。


どちらが早いのか、

“どちらが先に動いたのか”

観測した者はいない。


ただ――


世界だけが、その瞬間を知っていた。



エルデが刃を引き抜いた。


音はない。

抜刀の軌跡も見えない。


剛の視界には「動き」が存在しなかった。


ただ、

エルデの位置が変わっていた。


右後方。

一呼吸分だけズレた場所に。


ドルガンが叫ぶ。


「剛!! 後ろ――!」


が、その叫びは遅れて響く。


剛は反射で振り返り、

姿勢を固めて両腕をクロスさせた。


エルデの刃は、

すでに剛の胸元へと到達していた。


だが――


そこで、

世界が微かに“跳ねた”。


キィィィィィン……


金属音に似た、

しかし金属ではありえない“理の軋み”。


剛の全身を取り巻く魔力が反応し、

胸の皮膚がわずかに光った。


それは防御ではない。


反応でも、抵抗でもない。


ただ――

剛の身体がエルデの剣を“理解しなかった”だけ。


エルデの剣は“当たっている”。

だがその結果が身体に適用されなかった。


エルデが初めて、目を見開く。


「……不適用……?

 理の結果が……身体に反映されていない……?」


剛はゆっくり息を吐き、

両腕をほどいた。


胸には傷ひとつない。


触れた痕跡すらない。


剛は静かに呟く。


「……悪い。

 何されたか、まったくわからなかった。」


その言葉に、

白衛副官が喉を鳴らす。


「“斬撃を見ていないのに防いだ”……?

 いや……防いでいない……?」


リオナが青ざめる。


「剛……今の、

 “当たっても結果が起きなかった”……!」


エルデは刃先をわずかに持ち上げた。


「対象。

 あなたは……“斬られたという事実”を認識しない……?」


剛は素朴に首をかしげる。


「お前の動きは速くて見えねぇ。

 でも……」


胸に手を当て、言う。


「筋肉は“壊れた”感じがしなかった。」


沈黙。


その言葉は、白理の六名を凍らせた。


エルデは非常に静かに結論を出す。


「……つまり。

 “理術”が……筋肉にすら勝てていない……。」


白理の副官は震えた。


「そんな……!

 理の上書きに、人間の肉体が抵抗……!?」


剛は一歩前に出る。


息を整え、肩を回し、足を落とす。


“それだけ”の動作で、

荒野の空気がわずかに波打った。


剛は低く言った。


「……もう一度いくぞ。

 今度は、“ちゃんと見たい”。」


エルデの瞳が細く揺れた。


「理解不能。

 しかし……監査は続行。」


エルデが再度、刃を構えた。


だがその構えは

先ほどより、わずかに“慎重”だった。


――白理の最速の剣ですら通らない。


その現実が、

“理”側の戦士に初めて揺らぎを与えた。


緊張が高まり、

次の瞬間――


空気が裂けた。


:第二撃直後 ─「白理本隊、介入」


六連の斬撃が剛の身体へ“結果として発生”し、

しかし適用されなかった。


エルデは静かに刃を下げ、結論を呟く。


「……第二監査、失敗。

 “結論の適用拒否”を確認。」


剛は肩で息をしながら言う。


「……何がなんだか分からんが、

 お前の攻撃は“入らない”らしいな。」


リオナの顔は蒼白だった。


「剛……今のは、本当に……

 “斬られた未来”を筋肉が拒んだのよ……!」


エルデはさらに踏み出そうとした。


「第三監査を――」


その瞬間。


空気の密度が一気に沈んだ。


エルデの背後に、

白い霧を裂いて“四つの影”が現れた。


白衛四名――

白理の専門執行官たちだ。



◆ 白壊の律者・バルグ(破壊担当)


巨漢の白衛が、エルデの肩へ軽く手を置いた。


「……剣士長。

 第三監査は禁止だ。」


「理由。」


「“理層震動”。

 対象周辺の理界が揺れた。

 この場で監査続行は危険。」



◆ 白環の律者・メレディア(時空循環担当)


少女のような外見の白衛が、淡い声で告げる。


「時空観測にズレが発生しました。

 剣士長、これ以上の干渉は――

 “理界を乱します”。」



◆ 白律の観測官・フィアナ(因果調整担当)


冷静な眼差しを向けながら、短く言う。


「対象・神谷剛の因果線……

 理の外側に“跳ねる”傾向が確認されました。

 現在は予測不能。」



◆ 白理隊長・ハルヴ(中央管理)


最後に現れたのは、

白理討伐隊の中心人物――ハルヴ。


彼は杖を軽く地面へ突き、

一言だけ命じた。


「全隊――撤退する。」


エルデがわずかに反論する。


「剣士長として申し上げます。

 対象の第三監査を完了していません。」


ハルヴの声は冷静だった。


「“理界”が揺れた。

 それが答えだ。」


エルデの刃先がわずかに震えた。


「……対象の存在が……

 理界を直接揺らしたというのですか。」


ハルヴは剛を見据える。


「神谷剛。

 あなたは――“理外器の兆候”を示した。」


剛は眉をひそめる。


「またその話か。

 なんなんだ、理外器って。」


ハルヴは答えない。


ただ静かに命じる。


「白理討伐隊、退去。」


四名が霧の中へ後退し、

エルデも刃を収めた。


「……監査は中断。

 次の“設定”が完了次第、再開する。」


剛は胸を張った。


「なら、次は俺も鍛えて待ってる。」


白衛たちの動きが、一瞬だけ止まった。


その言葉が、

“脅し”でも“挑発”でもなく、

本気の宣言だと理解したからだ。


ハルヴが静かに告げる。


「――世界が、あなたを計算できるうちに終わらせる。」


白い霧が弾けた。


白理討伐隊は姿を消した。



◆ 戦闘終了後(余韻)


リオナは膝に手をつき、震える声を出す。


「剛……

 あなた、本当に……とんでもない存在になってる……」


剛は首をかしげる。


「そうか?

 俺はただ……鍛えてるだけだ。」


ドルガンは叫んだ。


「どう考えても鍛えるレベルじゃねぇだろ!!」


だが剛の腹が鳴り、

いつもの調子で呟く。


「……腹減ったな。

 なんか食わないと、筋肉が泣く。」


リオナは半ば呆れ、半ば感心しながら笑った。


「……もう……

 あなた、本当に筋肉の人ね……」


白理の撤退は敗北ではない。

**“次の監査のための準備期間”**だった。


剛が世界の理と本格的に向き合う時は、

もうすぐそこに迫っている。


読んでいただきありがとうございます。

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