第6章「白霧の訪問者 ― 理に触れる筋肉」
ついに、異世界の“理”を司る組織――白理討伐隊が姿を現します。
魔術ではなく、世界のルールそのものを扱う存在。
筋肉 vs 理。
肉体 vs 概念。
その最初の接触を描く章です
第6章「白霧の訪問者 ― 理に触れる筋肉」
荒野の夜明け前、
砦の上に立つ空気がひどく冷えていた。
リオナが壁の上へ駆け上がる。
「剛……! あれを見て!」
彼女の指差す先――
風向きとは逆に進む“白い霧”が、大地を泳ぐように迫ってくる。
剛が息を吸い、ゆっくり吐き出す。
(……嫌な気配だな。)
ドルガンが低く唸った。
「白理……封印派の最強部隊だ。」
霧は砦の前で不自然に止まり、
時間が凍ったような静寂が落ちる。
次の瞬間、
霧が左右に割れ――
六つの白い影が現れた。
歩いてはいない。
ただ“存在している場所が変わった”ような感覚だった。
空気が重く、痛い。
剛の鼻に入る空気が、妙に“平坦”すぎる。
リオナが震える声で呟く。
「……空間が均されてる……理術の前兆よ……!」
◆ ハルヴ=ルミナルの宣告
中央に立つ男――
白理討伐隊の隊長ハルヴが杖を軽く地へ置いた。
「異界の者、神谷剛。
存在の揺らぎを確認。監査を開始します。」
声の抑揚が極端に少ない。
感情の痕跡がまったくない。
剛が眉をひそめる。
「監査ってなんだよ。」
リオナが小声で答える。
「あなたの存在が“理に沿っているか確認する”ってこと。
逸脱してたら――削除される。」
オーク族がざわめく。
ドルガンが剛の前に出た。
「ふざけんな! こいつは俺たちの仲間だぞ!」
しかしハルヴの目は、
ドルガンの存在を“認識すらしていない”ようだった。
「対象外。
問題は“異界の肉体の進化”です。」
剛は前に出る。
「鍛えてるだけだ。」
一瞬――
白衛の数名が、ほんの僅かに目を細めた。
ハルヴが淡々と続ける。
「あなたは魔力を摂取し、
身体に“本来存在しない回復回路”を構築している。」
リオナの顔が青くなる。
(……やっぱり……魔力が、筋肉の修復に使われてる……)
ハルヴの声が静寂を刺す。
「これは“理の循環”の逸脱。
放置すれば、世界の均衡に破綻が生じる。」
剛は息を吐く。
「だから捕まえに来たってわけか。」
「理解が早くて助かる。
では――」
杖が静かに地を叩いた。
◆ 理術の一撃 ―《理層切断》
音も衝撃もない。
砦の外壁の一部が“白い線”を引かれて――
その部分だけ、跡形もなく消えた。
ドルガンが絶叫する。
「なッ……壁がねぇ!?」
リオナは息を呑む。
「……あれが《理層切断》……
“存在条件そのもの”を削除する理術……!」
オーク戦士たちが震え上がる。
剛だけは一歩前へ出た。
(……筋肉じゃどうにもならねぇ類だな。)
しかし退くつもりはない。
◆ ハルヴの第二の宣告 ―《理層圧縮》
ハルヴが再び杖を突いた。
「肉体負荷を標準化します。」
剛の周囲の空気が、一瞬で変質した。
――重い。
肩、胸、足、内臓。
剛の身体全体に、
“正体不明の圧力”がまとわりつく。
膝が沈む。
呼吸が詰まる。
リオナが悲鳴を上げた。
「剛ッ!!」
剛は必死に息を吸う。
(これは……筋肉じゃねぇ……
存在を“標準値”に戻そうとしてる……?)
しかし剛は――
それでも、呼吸を整え始めた。
胸郭を開き、肋骨を固定し、
腹圧で体幹を固める。
筋肉が、理術に抵抗する。
白衛エルデが目を細めた。
「……軌道外れ。
理術への耐性……確認。」
フィアナが音叉を軽く傾けて呟く。
「呼吸が……乱れない……?
どうして……?」
メレディアまでもが声を漏らした。
「肉体の修復速度が……理補正を上回っている……?」
リオナが剛を見つめる。
「剛……あなた……
魔力を、全部“超回復の燃料”にしてる……!」
ハルヴの瞳が、初めてわずかに揺れた。
「……理外の現象。
予言の“理外器”に……該当する可能性。」
剛は息を荒げながら聞き返す。
「理外器……なんだそれ。」
リオナの顔が強張る。
(……理外器……
“理の外側から世界を変えうる存在”……
本当に剛が……?)
ハルヴは淡々と結論を下した。
「危険度、最大。」
杖が持ち上がる。
「確保します。」
◆ 捕縛陣の展開
瞬間。
砦全体の地面に“白い環”が浮かんだ。
リオナが絶叫する。
「剛、動いて!! 捕まる!!」
剛は咄嗟にリオナの腕を掴む。
「ドルガン!! 裏門へ!!」
ドルガンが吠える。
「道は開けてある! 走れェ!!」
剛・リオナ・オーク族が裏門へ走る。
白理討伐隊は追わない。
追う必要がないと思っているからだ。
ハルヴの声が剛の背に突き刺さる。
「異界の者、神谷剛。
次は逃しません。
理の均衡のため――必ず排除します。」
白い霧が砦を包む。
それは爆発でも破壊でもなく、
“存在の塗り替え”だった。
剛たちは辛くも脱出し、
最後に砦を振り返る。
外壁の一部や地面が、
まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
リオナは震える声を出した。
「剛……あなたは……
本当に“理の外側へ踏み出す存在”になりかけてる……」
剛は短く言う。
「まずは……鍛える場所を確保しないとな。」
リオナは半泣きで叫んだ。
「そこじゃない!!」
だが剛は笑った。
「筋肉は裏切らねぇよ。」
その言葉に、リオナは
涙の混じった、しかし愛おしさのある笑みを浮かべた。
こうして――
白理討伐隊との本格的な対立が幕を開けた。
白理討伐隊は、剛を“理外器の兆候”として認識します。
筋肉が魔力を超回復に変換し、理術をわずかに押し返したことは、
世界側から見れば絶対に見逃せない異常。
次章では、白衛の剣士エルデが動き出し、
剛は初めて“技術的な意味での戦闘”を強いられます。
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