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筋肉理論ガチ勢ボディビルダー、異世界で無自覚チート化 〜魔力を“超回復”と誤解した結果、とんでもない事になっていた〜  作者: 出雲ゆずる


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第32章 王都のきしみ ― 理と日常のすきま

第32章 王都のきしみ ― 理と日常のすきま


――王都イシュ・ラグナ。


高い城壁と白い塔。

石畳を走る馬車の車輪。

焼きたてのパンの匂いと露店の喧騒。


どこからどう見ても、

“いつも通りの王都”だった。


「……の、はずなんだけど。」


ライラは足を止めた。


水路に面した小さな広場。

そこに立つ噴水の水が、

ほんの一瞬だけ“空中で止まった”のだ。


しゃらり、と音を立ててまた流れ出す。

周りの大人たちは、誰も気づいた様子がない。


「ねえ、今の見た?」


隣を歩いていた友人の少年が首を傾げる。


「何を?」


「……ううん。

 気のせい、かな。」


自分で言いながら、

ライラは胸のあたりを押さえた。


(理式の引っかかり……?

 そんなの、教科書の中の話だったはずなのに。)


胸元の小さな晶片を握る。

見習い魔導士向けの簡易測定石。


数値は――いつも通り。

“許容範囲内”。


「だったら、

 やっぱり気のせいってことにしておこう。」


そう呟いて、

ライラは足を速めた。


今日は魔導院で、

“王都で起きた事件”について

少し踏み込んだ話がある――

と噂になっていたからだ。


---


王都魔導院・小講堂。


白いローブを纏った講師が、

魔導板を背に立つ。


「――先日の“研究棟騒乱”については、

 すでに噂程度には耳に入っているだろう。」


ざわ……と教室が揺れる。


異界の男。

理を揺らした存在。

封印派を裏切った才媛の研究者。


どこまでが真実で、

どこからが誇張なのか、

誰にも分からない。


ただ一つ、

ほとんどの学生が共有しているのは――


「なにか、すごく怖いことが起きてるらしい」


という、形のない不安だけだった。


「だが、学生として肝に銘じるべきことは一つだ。」


講師は指を一本立てる。


「**理は揺れたが、崩れてはいない。**」


前列の生徒が恐る恐る手を挙げた。


「……“揺れる”って、

 具体的にはどういう……?」


「空が真っ二つになるわけでも、

 大地が裂けて飲み込まれるわけでもない。」


講師は言葉を選びながら続けた。


「今の段階で起きているのは、

 “わずかなきしみ”だ。


 魔力の流れが少し乱れ、

 水が一瞬止まり、

 踏んだ地面が妙に軽く感じる――


 そういう『気のせいかもしれない』レベルの違和感だ。」


(……気のせいじゃなかったんだ、あれ。)


ライラはさっきの噴水を思い出し、

背筋がひやりとする。


「白理は“異常な揺れ”を警戒し、

 赤理は“崩れ方”を見ている。

 黒理は、数字でその両方を追っている。」


「では我々――王都にいる術者と学生の役目は何か。」


別の生徒が答える。


「……いつも通り、

 魔術と生活を回し続けること……でしょうか。」


「その通りだ。」


講師はうなずいた。


「**理がきしみ始めた時、

 真っ先に壊れかけるのは“日常”だ。**


 だからこそ、

 我々は“普段通り”を続ける。


 授業に出て、

 術式を学び、

街を動かす魔導陣を止めない。」


(普段通り、か……)


ライラはノートにペンを走らせながらも、

胸のざわつきは消えなかった。


“普段通りでいろ”と言われれば言われるほど、

普段通りでいられなくなる。


講師は、声を少しだけ落とした。


「とはいえ、“見ないふりをしろ”とは言わない。


 空の違和感。

 水の乱れ。

 足元の妙な軽さ。


 そういうものに気づいたら、

 必ず上に報告しろ。」


そこで、一拍。


「ただし――」


教室の空気が、

きゅっと引き締まる。


「**ある言葉だけは、

 決して口にするな。**」


ざわ、とさざ波のようなざわめき。


その“言葉”が何か、

ここにいる誰も知らない。


知ろうとする者も、ほとんどいない。


ただ、


「それを口にしたら“もう戻れない”らしい」


という不気味な噂だけが、

王都のあちこちで膨らみながら漂っている。


(なにそれ……)


ライラの胸の奥が、

冷たい水を流し込まれたように冷たくなる。


何が動いているのかも、

何が来るのかも、

まったく想像がつかない。


ただ――


**よく分からないものは、怖い。**


その感情だけがはっきりしていた。


---


封印省・絶理楼 上階会議室。


白大理石の壁。

理式で支えられた透明な天井。


その下で、

ごく少人数の会議が静かに行われていた。


封印官長ハルヴは、

黒理から送られた観測盤を見つめていた。


「南街道――局所崩れ。」


封印官が報告する。


「ラーニ宿場と街道カーブ。

 いずれも地表の割れが観測されましたが、


 神谷剛およびその周辺戦力の介入により、

 **被害は最小限に抑えられた**とのことです。」


ハルヴは無表情のまま、

波形を眺める。


街道を走る揺らぎの線。

その手前で、

鋭く“押し返されている”跡。


「理は――割れなかった。」


誰にともなく、

ぽつりと言う。


封印官が恐る恐る口を開いた。


「……官長。

 それは、

 “良いこと”と見てよろしいのでしょうか。」


ハルヴは、

ゆっくりと視線を上げた。


「“今は”そうだ。」


静かな声。


「だが、忘れるな。


 **割れるはずだった場所に、

 外から加わった力で“足場”が作られた。**


 それは、

 “どこで割れるか決められる”可能性を孕む。」


封印官の背筋に、

冷たいものが走る。


「では……

 神谷剛に対して、

 再度、白理の――」


「もう動いている。」


ハルヴは端的に言った。


「研究棟での初動。

 オーク砦での接触。


 あれらは“調査を兼ねた攻撃”だ。」


封印官は小さく息を飲む。


「では、次は……?」


「次に白理が“大きく動く”のは――」


ハルヴは観測盤に視線を戻した。


「**理そのものが折れかけた時か、

 あるいは“別の線”が現れた時だ。**


 そのどちらかまでは、

 “監査と牽制”に留める。」


封印官は、

喉の奥の恐怖を飲み込むように黙り込んだ。


この場にいる者以外、

何が“折れかけ”で、

どこからが“終わり”なのか、

誰も知らない。


ただ――

線を越えた瞬間、

この男は躊躇なく“切り捨てる”だろうということだけは、

痛いほど分かった。


ハルヴは、

観測盤の数字を一つひとつ追いながら、

心の中でだけ古い文句を思い出す。


(理が割れ、外側が覗く、か。)


そこから先を、

あえて思考の外に押し出す。


具体的な像を結ばせない。

形を与えない。


そうしなければ、

恐怖に足をすくわれるのは

自分たちの側だからだ。


---


王都・下町。


露店の灯り。

安い酒場の笑い声。

子どもたちの走る足音。


「ねえ聞いた?

 南の街道が“口を開けた”って話。」


「またそれ?

 この前は“塔が消えた”とか言ってたじゃない。」


「でも今回は本当らしいわよ?

 荷馬車がひっくり返りかけたって。」


「それを、“筋肉の変人”が支えたとかいう話でしょ。

 異界から来た、頭おかしいくらいムキムキの。」


「そうそう。

 怖いのか凄いのか、よく分かんないわ。」


よく分からないものは、怖い。

だから、笑い話にして飲み込む。


真に受けて震えていては、

明日のパンも焼けない。


近くの家の中庭で、

年老いた木工職人が腰をさすって立ち上がった。


「……やっぱり、

 スクワットを再開するか。」


隣家の女将が顔を出す。


「なに言ってるの、おじいさん。」


「足腰が弱いと、

 いざという時に立っていられん。」


「いざって、いつよ。」


「さあな。」


老人は笑った。


「“よく分からん時”ってのは、

 たいてい、いざという時だ。」


女将は呆れながらも、

どこか安心したように笑う。


「はいはい。

 でも無理だけはしないでよ。」


老人は狭い中庭で、

ゆっくりと膝を曲げ始めた。


何が起きているのか分からない。

何が来るのかも分からない。


だからせめて――


「立っていられる脚くらいは、

 自分で用意しておきたい。」


それは、

理も魔力も知らない人間なりの、

小さな抵抗だった。


---


黒理観測局・塔の屋上。


夜の王都を見下ろす高みで、

クロウとカガミが空を仰いでいた。


星がかすかに瞬き、

その奥――

ごく薄い“線”が走る。


音として聞こえる者は、

ここにいる二人だけだ。


「……今のは、

 ただの揺れじゃないな。」


クロウが呟く。


カガミが数字を読み上げる。


「境界面に、

 **ごく浅い『傷』に近い反応。**


 内側からではなく、

 外側から押された形です。」


王都の誰も知らない“外側”。


それが何なのか、

この世界のほとんどは想像すらしていない。


想像しようとすること自体が、

本能的な恐怖を呼ぶからだ。


クロウは、

その恐怖を余計に増やさないよう、

言葉を慎重に選ぶ。


「……あの件については、

 今日も口にしない。」


「話すべき相手が増えれば増えるほど、

 余計な不安も増える。」


カガミは静かに頷く。


「ここで数字にしておくだけで十分です。

 今のところは。」


クロウは、

遠く荒野の方角に視線を向ける。


「筋肉には、まだ知らせない。」


「今は――


 **日常の崩れ目をスクワットで支えてもらう方が、

 世界にとって得だ。**」


カガミが記録盤に数字を書き込む。


「王都上空の揺らぎ値、

 基準値+α。


 “日常の維持”は、

 まだ可能です。」


「そうか。」


クロウは小さく息を吐いた。


「じゃあ、

 もう少し“何も知らない顔”を

 続けてもらおう。」


焼きたてのパンの匂い。

酒場の笑い声。

子どもの寝息。


王都の夜は、

何事もなかったかのように更けていく。


ただ、高い空の理層だけが、

誰にも知られない薄い傷を

ひとつ、増やしていた。


それを“筋肉”が知るのは、

もう少し先。


――世界が、本当に割れ始める

  少し手前の話になる。


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