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筋肉理論ガチ勢ボディビルダー、異世界で無自覚チート化 〜魔力を“超回復”と誤解した結果、とんでもない事になっていた〜  作者: 出雲ゆずる


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第29章 黒の来訪者 ― 筋肉は数字を聞かされる

第29章 黒の来訪者 ― 筋肉は数字を聞かされる


砦の朝、

空はいつも通り青かった。


……はずなのに、

剛の眉間には、うっすらと皺が寄っている。


「またか。」


軽くストレッチをしながら、

剛は肩越しに空を見上げた。


筋肉には分かる。

“風の流れ”と違う、

ごく浅い、でも確かなきしみ。


昨日のそれよりは弱い。

けれど――消えてはいない。

リオナが後ろから近づいてくる。


「表情が“筋肉の悩み”じゃないわね、それ。」


「筋肉の悩みってなんだよ。」


「増やすか削るかで悩んでる顔。」


「それは一生悩んでる。」


「でしょうね。」


軽口を叩き合ったところで、

砦の門の方から騒ぎ声が上がった。


「人影だ!」「白い外套じゃないぞ!」


剛とリオナ、クァルガが顔を見合わせる。


「行くか。」


「行きましょう。」


「当然だ。」


三人はほぼ同時に門へ向かった。


砦の前。


荒野の砂塵を背に、

黒い外套の一団が立っていた。


白理のような、

“裁くための白”ではない。


光を吸うような、

深い黒。


だが、その瞳は静かだった。


「……黒理。」


リオナが小さく呟いた。


先頭の男が一歩前に出る。

癖のある黒髪を後ろに束ね、

片目を前髪で隠した細身の男。


黒理観測局・隊長――クロウ。


「オーク砦の戦士たち。

 そして――異界の者、神谷剛。」


彼は淡々と名を呼んだ。


「初めまして。黒理観測局隊長、クロウだ。」


剛は相手の視線を真正面から受け止める。


「黒理、ね。

 噂は聞いてる。」


クロウは口元だけで薄く笑った。


「“数字で世界を見ている変人たち”、だったか?」


「そんなこと言ったか?」


「赤理経由の伝言だ。」


リオナ:「あの人たち、情報共有の仕方がざっくりすぎるのよ……」


クロウの後ろには、

副官のカガミをはじめ、

無表情な黒外套たちが控えていた。


カガミは黙って剛を見つめている。

その眼差しは、

獲物を狙うというより――“現象”を観測する目だ。


オークたちが警戒して武器に手を伸ばしかけた瞬間、

クロウは手を軽く上げた。


「我々は戦いに来たわけではない。」


「今日は――“数字を取りに来た”だけだ。」


リオナが眉をひそめる。


「数字?」


クロウは短く頷いた。


「昨日の“空のきしみ”以降、

 この砦の周辺で、

 理層の波形が妙な動きをしている。」


カガミが補足するように口を開いた。


「本来なら、

 空側の揺らぎは徐々に散っていくはずでした。」


「ですが――」


視線が、自然と剛に向く。


「この砦を中心に、

 揺らぎの一部が“寄っている”。」


剛は首を傾げた。


「寄ってる?」


リオナが息を呑む。


「つまり……

 ここが“揺れの終着点”になりつつあるってこと?」


クロウは首を横に振った。


「まだ“終着点”とまでは言えない。」


「だが、“足を止めている場所”の一つではある。」


彼は言葉を選ぶように続けた。


「もっと簡単に言うなら――」


クロウの視線が、剛の全身をなぞる。


「あなたの筋肉が、

 揺らぎを“つかんでしまっている”。」


剛:「……筋肉のせいか。」


リオナ:「納得するの早くない!?」


オークA:「さすが剛……世界の揺れまで筋肉で受け止めるとは……」

オークB:「誇らしい……のか?」


クァルガは腕を組んで問う。


「それは、悪いことなのか。」


クロウはすぐには答えなかった。


カガミが静かに言葉を継ぐ。


「“今の段階では”――分かりません。」


「ただひとつ言えるのは、

 白理にこの数字をそのまま渡したら、

 間違いなく“排除対象”として処理されるでしょう。」


空気が少しだけ重くなる。


リオナが目を細めた。


「じゃあ、あなたたちは?」


クロウの笑みは、今度は少しだけ悪戯っぽかった。


「我々黒理は、“見たい”だけだ。」


「世界がどう揺らぎ、

 その中で“何が起こるのか”。」


「そして――

 その中心にいる“異界の筋肉”が、

 どう動くのか。」


剛:「そんなに見る価値があるか?」


カガミが真顔で頷く。


「先日の戦闘データと、

 あなたのポージング時の波形。」


「理層が、“筋肉の動きに合わせて揺れた”のは、

 記録上初めてです。」


リオナ:「記録上って言い方やめてあげて。

 人間一人しかいないのよ、そこ。」


クロウは外套の内側から、

薄い晶盤を取り出した。


「そこで、お願いがある。」


晶盤には、

複数の波形と数字が浮かんでいる。


「もう一度、

 この場で――ポージングを見せてくれないか。」


オークたち:「出たあああああ!!!」


リオナ:「あんたたち観測の理由、

 半分くらい“見たいだけ”でしょ!!」


クロウは否定しなかった。


「見ることからしか、

 我々の仕事は始まらない。」


カガミも静かに頷く。


「筋肉の動きと理層の波形――

 両方を同時に測れる機会など、そう多くはありません。」


剛は少しだけ考え――

あっさり頷いた。


「いいぞ。」


リオナ:「即答!?」


クァルガは口元を緩める。


「剛のポージングは、

 普通に見ていて楽しい。」


オークたち:「分かる。」


リオナ:「男子小学生かあんたらは……」


砦の中央が、簡易観測場になった。


黒理の隊員たちが、

地面や空中に小さな魔導器を設置していく。


クロウが説明する。


「心配しなくていい。

 これは記録用だ。

 攻撃にも封印にも使わない。」


リオナはじろりと睨む。


「“今は”ね。」


クロウは肩をすくめた。


「信用されていないことは理解している。」


「だが、数字だけは嘘をつかない。」


彼は剛の前に立ち、

軽く顎をしゃくった。


「では、異界の者――


 あなたの“全力ではないポージング”を、見せてくれ。」


リオナ:「注文が細かい。」


剛は小さく笑って、

ゆっくりと息を吐いた。


「じゃあ――

 チャージ、ガード、フロー。

 全部“七割”でいく。」


リオナ:「七割って何基準なのよ。」


クァルガ:「剛基準だ。」


オークたち:「分かる。」


リオナ:「分からない。」


剛が一歩前に出て、

足を固める。


フロント・ダブルバイセップス。

サイドチェスト。

リラックスポーズからの、

ゆるいラットスプレッド。


さっきまで感じていた

空の浅いきしみが、

ポージングに呼応して微妙に変化する。


リオナには、それが見えた。


(……本当に、“筋肉に寄ってる”。)


(筋肉の収縮と弛緩に合わせて、

 魔力の流れが“くっついたり離れたり”してる。)


黒理の魔導器が、

淡い光を点滅させる。


クロウはじっと波形を見つめ――

やがて、小さく息を飲んだ。


「これは……」


カガミも目を見開く。


「揺らぎが――

 拡散していない。」


「“揺らぎそのもの”は消えていないのに、

 あなたが動いている間だけ、

 形を保ったまま“まとまっている”。」


クロウが剛を見る。


「神谷剛。」


「あなたは――

 “揺れを止める”ことはできていない。」


リオナの顔が強ばる。


(やっぱり――)


「だが。」


クロウは続けた。


「揺れを“散らかさない”ようにまとめることは、

 すでにやってのけている。」


リオナ:「どう違うの?」


カガミが静かに答える。


「揺らぎが世界中に散り散りになると、

 “どこで割れるか分からない”状態になります。」


「でも、

 特定の器に“集まっている”なら――」


クロウが言葉を引き取る。


「割れる場所を“選べる”可能性が出る。」


沈黙。


砦の空気が、

ほんの少しだけ重くなる。


剛は腕を下ろし、

真っ直ぐクロウを見た。


「それは――

 俺が、“割れる場所になる”ってことか?」


リオナが思わず剛の袖を掴む。


「ちょっと、剛……」


クロウは、

珍しく表情を曇らせた。


「……それを決めるのは、我々ではない。」


「白理かもしれない。

 王かもしれない。

 あるいは――」


彼は言葉を飲み込んだ。

言ってはいけない“何か”を、

喉の奥に押し戻すように。


カガミが代わりに言う。


「だからこそ、

 我々は今日、あなたを“観測対象”から外すわけにはいかない。」


「同時に――

 数字を白理にそのまま渡すつもりもありません。」


リオナ:「……どういう意味?」


クロウははっきりと言った。


「我々は、あなたが“どう選ぶか”を見たい。」


「理に従うか、

 理を壊すか――ではない。」


「“揺れの中で、

 どこに踏み出すか。”」


剛は少しだけ笑った。


「難しいことを言うな。」


「俺は筋肉でしか考えられないぞ。」


クロウもまた、わずかに口角を上げた。


「だから、見たいのだ。」


「“筋肉だけで考えた答え”が、

 この世界にとってどんな数字を叩き出すのか。」


彼は外套を翻し、

部下たちに撤収を指示する。


カガミが最後に一歩近づき、

小さな黒い石片を剛に差し出した。


「これは、“局所揺らぎ計”の簡易版です。」


「あなたの周囲で、

 揺らぎがある値を超えたとき――

 これが割れます。」


リオナ:「怖い説明の仕方やめて。」


カガミは淡々と続ける。


「それが割れた時、

 黒理は自動的に場所を把握します。」


「その時、

 我々が“介入するかどうか”は――

 その場で決めましょう。」


剛は石片を受け取り、

軽く握って感触を確かめた。


「分かった。」


クロウが最後に言葉を残す。


「空はまだ、きしむ程度だ。」


「だが――

 次の段階に入るのは、そう遠くない。」


「その時、

 あなたの筋肉がどちらを向くのか。」


「楽しみにしているよ。」


黒い外套の一団は、

音もなく荒野へと消えていった。


砦に静けさが戻る。


リオナは、大きく息を吐いた。


「……疲れた。」


「戦いもしないで、この緊張感。」


クァルガが腕を組んだまま問う。


「剛。

 お前はどうする。」


剛は手の中の黒い石片を見つめ、

ゆっくりと握りしめた。


「決まってる。」


「揺れようが、

 きしもうが、

 割れようが――」


「俺は、“鍛えた仲間”から足をどかさない。」


リオナは一瞬きょとんとして――

ふっと笑った。


「……そういう答えしか出てこないのね、あなたは。」


「他に何かいるか?」


「いらないわ。」


空のきしみは、

まだ「音」にはなっていない。


だが、

次の段階に入る準備だけは、

静かに整いつつあった。


剛の掌の中で、黒い石片が冷たく光っていた。

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