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筋肉理論ガチ勢ボディビルダー、異世界で無自覚チート化 〜魔力を“超回復”と誤解した結果、とんでもない事になっていた〜  作者: 出雲ゆずる


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第28章「空のきしみ ― 筋肉は違和感を見逃さない」

第28章「空のきしみ ― 筋肉は違和感を見逃さない」


オーク砦・訓練場。


今日も朝から、地面が揺れていた。


……正確には、地面ではなく――

“訓練場の一角”だけが、だ。


「よし、そこで一回止めろ!」


剛の声が響く。


巨木を担いでスクワットしていたオーク戦士たちが、

一斉に膝を伸ばした。


「うおおおおお……!」

「脚が……脚が燃える……!」

「でも気持ちいい……!」


リオナが呆れ顔でメモを取る。


「“気持ちいい”の内訳が全部筋肉なの、

 ほんとどうかと思う……」


クァルガは腕を組み、

フォームをじっと観察していた。


「剛。

 今の“底”の位置、

 オークたちにしては深くないか?」


「ああ。」


剛は頷く。


「でも、

 可動域ギリギリで支えられる“下限”を

 一度は知っておいたほうがいい。」


「ただし、毎回そこまでやるのは違う。」


オークたちが一斉にこちらを見る。


「じゃあ今日は特別メニューか?」

「地獄の日か?」

「俺はまだ精神の準備が――」


「安心しろ。」


剛は落ち着いた声で言った。


「今日は“地獄の一歩手前”だ。」


リオナ:「それ安心って言わないから。」


そんなやり取りをしている、そのときだった。


――ギ……。


微かに、耳の奥が軋むような感覚が走る。


リオナが眉をひそめる。


「……今、聞こえた?」


「何がだ?」


クァルガが辺りを見回す。


「音はしていない。」


「音じゃないの。」


リオナは胸の前に手を当てて、

魔力の流れを探る。


(……理脈が、ちょっとだけ震えた?)


剛だけは、

別の理由で異変に気づいていた。


(今の一瞬――

 重りの感覚が、変わった。)


スクワットを終えたオークの一人が、

戸惑った顔をしている。


「剛……

 最後の一回だけ、

 急に丸太が“軽くなった”ような気がした。」


「力が抜けたわけじゃないのに、

 ストンって上がったんだ。」


リオナの目が鋭くなる。


「……出た。」


剛が振り向く。


「知ってる現象か?」


「いいえ、知らない。」


「でも、“嫌な種類の変化”だってことは分かる。」


リオナは空を見上げた。


雲は穏やかに流れている。

風も、特別強いわけではない。


ただ――

何かが、世界の“奥”でひっかかっているような感覚。


(昨日あたりから、

 魔力の流れがところどころ“引っかかる”のよね。


 小さな段差を踏んだみたいに。)


剛は深呼吸し、

自分の身体の中を確かめた。


呼吸。

心拍。

筋肉。

そして――魔力。


(……僅かに、“遅れ”がある。)


チャージ系ポーズで魔力を集めようとすると、

いつもよりほんの少し、

“溜まり始め”が遅い。


(でも、溜まり始めたら早い。

 流れ始めの抵抗が増して、

 その後の勢いだけ強くなってる感じか……)


リオナが近づいてくる。


「剛、今日は“軽め”に切り上げるわよ。」


「体調を気にしてるわけじゃない。

 世界の方の調子が悪い。」


オークA:「世界の調子ってなんだ?」

オークB:「筋トレメニューみたいに言うな。」


クァルガは静かに頷いた。


「俺も感じた。

 剛の動きが鈍ったとかではない。


 地面の“下”がうっすら揺れているような――

 そんな気配だ。」


剛は腕を組んで考える。


「……トレーニング内容は、そのまま維持する。」


「ただし、

 “調子がおかしい一瞬”を見逃さないこと。」


「皆、自分の体と、

 使っている道具の“感覚のズレ”があったらすぐ言え。」


オークたちが一斉に頷いた。


リオナが苦笑する。


「まぁ、確かに。

 こういう時いちばん細かく変化に気づくの、

 筋肉バカたちだしね。」


剛:「バカは余計だ。」


昼過ぎ。


砦の会議室。

丸太テーブルの上には、

簡単な地図と、いくつかの報告書が並んでいた。


クァルガが報告する。


「北方の峡谷で、

 小規模な“魔力逆流”が起きたらしい。」


「小さな魔法陣が、

 詠唱者の意図と逆方向に展開したそうだ。」


リオナが顔をしかめた。


「それ、魔術師側からしたら悪夢なんだけど。」


「幸い、出力は弱かった。

 軽い吹き飛ばしで済んだらしい。」


別のオーク偵察兵が付け加える。


「それと、

 森の魔獣の“縄張り”が妙に偏ってるそうです。」


「いつもなら散らばってる群れが、

 狭い範囲に密集しているとか。」


剛はその言葉に反応した。


「“揺れ”が起きている場所から、

 離れるようにしている……とかか。」


リオナは険しい顔でうなずく。


「生き物の勘、ってやつね。」


「魔獣でも、

 理脈の調子が悪いところは本能的に避ける。」


クァルガが地図の一点を指差す。


「報告の“偏り”を見てみろ。」


複数の印が、

一点を囲むように分布していた。


中心付近――

何も印がない“空白の円”。


「ここが“異常値”の中心……か。」

クァルガが呟く。


オーク偵察兵が付け足す。


「その辺り、

 空を飛ぶ鳥もあまり見かけないそうです。」


剛は地図を見つめた。


(この感じ――

 “重いバーの真下”だけ、床の軋み方が違う時に似てるな。)


(まだ抜けてはない。

 でも、そこだけ“耐えている”。)


リオナが剛を見る。


「……何か、心当たりは?」


「ああ。」


剛は素直に答えた。


「世界のどこかで、“とんでもない重量”を

 理層にかけている奴がいる。」


リオナ:「比喩が筋トレなんだよなぁ。」


クァルガは真面目な顔で言う。


「だが分かりやすい。」


「重さに耐えている杭が抜ければ、

 その周りごと崩れる。」


剛は地図の“中心”に指を置いた。


「今は、まだ“ギリギリ耐えている”状態だ。」


「そこにさらに無茶な負荷をかけたら――」


リオナ:「世界がラックアウトするってことね。」


剛:「……俺の世界のジム用語を、

 そこに持ってくるな。」


それでも、ニュアンスは近かった。


その夜。


剛はひとり、砦の塔の上に立っていた。


空は、星がよく見える。


オークたちは宴、

リオナは資料の整理、

クァルガは巡回。


誰もいない静かな時間。


剛は、

朝から感じていた“違和感”を

もう一度確かめたかった。


ゆっくりと息を吸う。


チャージ系のポーズを取るでもなく、

フロー系に完全に入るでもなく――

ごく自然な立ち姿で、

筋肉と魔力の流れを意識する。


(……やっぱり、

 “最初の一歩”が重い。)


いつもなら、

姿勢を整えるだけで自然に巡り始める魔力が、

今日はほんの少しだけ、

“湧き出すまでの時間”がかかる。


(抜けが悪い、っていう感じじゃない。


 どこかで“堰き止められてる”……。

 もしくは“集められている”。)


空を見上げる。


雲の流れは穏やか。

風の調子も悪くない。


ただ――


視線を少し北にずらしたとき、

一瞬だけ、星の並びが“歪んだ”ように見えた。


(……今のは――)


目の錯覚かもしれない。

だが、筋肉で鍛えた感覚は告げている。


(“誰かが世界の上から押している”感じだ。)


(そしてその押し方を――

 どこかで“知っている”気がする。)


ハルヴ。


白い外套。

理層圧縮。


(……また、来るな。)


ただ、そのとき剛はまだ知らなかった。


“押している重さ”が、

白理だけのものではないことを。


同じ頃――


黒理・観測局。


薄暗い室内に、

理脈の波形が幾重にも浮かんでいた。


クロウが椅子にもたれ、

静かにそれを眺める。


「……やりやがったな、白理。」


彼の隣で、

副隊長のカガミが別の層を見ていた。


「深理への“同調の準備波形”ですね。」


「本発動ではありませんが――

 **深層へ“手を伸ばしている”**のは間違いない。」


クロウは肩をすくめる。


「数字上は、まだ“ギリギリセーフ”だ。」


「だが、この揺れ方は――

 “誰かに全部押しつける前提”の動きだな。」


カガミは沈黙を挟んでから言う。


「観測上、

 一番負荷が集中する位置があります。」


クロウが片目を細める。


「言ってみろ。」


カガミは淡々と告げた。


「――神谷剛の現在位置付近です。」


室内の空気が、静かに冷えた。


クロウは少しだけ笑った。


「やっぱりそこに寄るか。」


「理を守るために、

 理そのものを押し潰しかねない真似をして――」


「その“衝撃吸収材”に、

 異界のボディービルダーを使うわけだ。」


カガミは小さく頷く。


「数字だけ見れば――

 **最も“もってしまう器”**ですから。」


「ですが、“もたなかった場合”のシミュレーションは――」


「やめろ。」


クロウが手を上げて制した。


「その先は、

 今ここで出す数字じゃない。」


「どうしますか。」


「どうもしない。」


クロウはあっさりと言う。


「黒理は、

 “世界がどう動くか”を読む側だ。」


「まだ、

 “止める側”に回る時じゃない。」


カガミが静かに問いかける。


「では――

 いつが、その時だと思いますか。」


クロウは波形を眺めながら答えた。


「簡単だ。」


「数字で見て、

 “あと一歩で取り返しがつかなくなる”ってライン。」


「そのギリギリのところで、

 俺たちは“予測”を捨てて“介入”に回る。」


「それまでは――ただ、見る。」


カガミは頷きつつも、

ふと別の層を表示させる。


そこには、

剛のいた砦付近の理脈波形が浮かんでいた。


「それにしても。」


「剛さんの周囲だけ、

 揺れ方が“筋肉痛後の回復カーブ”に近いのは

 どういう理屈なんでしょうね。」


クロウは吹き出しそうになった。


「お前、

 最近比喩まで剛に引っ張られてないか。」


「影響を受けやすいタイプですので。」


淡々と返すカガミ。


クロウは、

その波形をじっと見つめる。


(……もしかしたら、本当に。


 この世界が“壊れる”前に――

 一度だけ、筋肉の味方をする日が来るのかもしれないな。)


そう思ったが、

口には出さなかった。


黒理はまだ、観測者でいる。


世界のひびが、

“音を立てて”割れ始めるその瞬間までは。


その頃、オーク砦では。


塔の上で空を見上げる剛の隣に、

足音もなく一人の影が上ってきた。


リオナだ。


「ここにいると思った。」


「筋肉のこと考えると、

 高い所に行きたくなるの?」


「それは関係ない。」


剛は空から目を離さずに言う。


「ただ――

 落ちそうになった世界を受け止める時、

 どこを支点にするべきかを考えてただけだ。」


リオナは一瞬、言葉を失う。


(……やっぱりこの人、

 発想が全部“スクワット”なんだよなぁ。)


でも、

その発想に、

少しだけ救われる自分もいる。


「受け止める気なんだ。」


「落ちてくるならな。」


剛は、

まるで当然のように言う。


「自分の頭上に落ちるもんを、

 見てるだけってのは性に合わねぇ。」


「それに――」


少しだけ笑った。


「筋肉は、

 “持てる重さ”を試されると燃える。」


リオナは頭を抱えながらも、

笑ってしまう。


「……ほんと、

 いい意味でも悪い意味でも、

 世界がいちばん試したくなる相手よね、あなた。」


空のどこかで、

ひびはまたひとつ増えた。


まだ誰も、

その“音”をはっきりとは聞いていない。


ただ――


筋肉と理、

どちらも少しずつ、

“本番”に向けて準備を始めていた。

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