◆ 第23章 黒理観測局 ― 理に従わぬ挙動を読む者たち
◆ 第23章 黒理観測局 ― 理に従わぬ挙動を読む者たち
黒理本部・観測殿。
淡い紫光が脈打ち、世界の“理脈”だけが静かに流れている。
隊長・クロウは、水晶盤に浮かぶ波形をじっと見つめていた。
「……ここだけ、動き方が違う。」
副隊長・カガミが即座に数値を読み取る。
「揺れ幅は一定ですが、方向が通常と逆です。
本来広がるはずの揺らぎが――中心に寄っています。」
観測官・アヤネが困惑の声を上げた。
「まるで……“押されて戻されている”みたいです。
でも……何に?」
カガミは答えず、剛の位置と波形が重なる部分を指し示す。
「中心点付近の理層強度が、周辺より高い。
脈動が“跳ね返っている”のは――
今は、この一点だけ。」
アヤネの目が揺れる。
「では剛さんが……揺れの原因じゃなく、
“止まっている場所”を作っている……?」
クロウは静かに頷いた。
「観測上の事実としては、その通りだ。」
アヤネはさらに震えた声で続ける。
「でも……これ、そもそも何が“外側から”押して……」
クロウが手を上げ、言葉を遮った。
「アヤネ。
“原因の推測”は黒理の役目ではない。」
アヤネは息を呑み、口を閉じる。
カガミが淡々と言う。
「深層理に時折見られる“圧力の戻り”だと考えれば説明はつきます。
ただ、それが今――急速に増している。」
「自然現象の範囲だと結論づけるには、揺れの質が違う。」
クロウは静かに言葉を継いだ。
「長年の観測でも、ここまでの“逆流現象”は見たことがない。
ただ……確かに言えるのはひとつだけだ。」
アヤネが息を呑む。
クロウは観測盤を指でなぞりながら言った。
「《剛を排除すれば、ここが空く》。
空けば、揺れは一気に通る。」
アヤネはその意味を理解したが、
具体的に何が“通る”のかは想像できなかった。
それが黒理の教義だった。
“深層理に名前を与えないこと”。
カガミは静かに続けた。
「白理は剛を排除しようとしている。
だがもしそれが成功すれば――
揺らぎを止める点が消える。」
「その時に何が起こるか……
我々でも断言はできません。」
クロウは深く目を閉じ、言った。
「黒理は干渉しない。
ただし、“次に起こる揺らぎ”には備えておけ。
白理と剛が再び触れた時――
理層の負荷はさらに上がる。」
アヤネは震える声で質問した。
「では……隊長。
剛さんは、白理にとって“危険”では?」
クロウは首を振った。
「危険というより――
世界の揺れを観測するための“唯一の計測点”に近い。
壊すかどうかは慎重に考えねばならない。」
カガミがまとめる。
「剛が強くなることが問題なのではなく、
剛の周囲で起こっている“理層の逆流”こそが問題です。」
「そして今のところ――
その逆流を止められている場所はひとつしかない。」
アヤネが小さく呟いた。
「……剛さんの、あの位置……。」
観測殿には淡い理光が脈動し、
世界の深いところで何かが“揺れようとしている気配”だけが残った。
クロウは静かに呟く。
「現象はまだ始まりではない。
だが……始まる前兆ではある。」
そして観測殿を後にした。
ただ淡々と世界を読み続けるために。




