◆ 第22章 白理会議 ― 理脈の揺れが始まる
◆ 第22章 白理会議 ― 理脈の揺れが始まる
白い塔“絶理楼ぜつりろう”の最深部。
灯りは淡い青に揺れ、空気は気配すら凍らせるほど静かだった。
白理討伐隊を統べる最高会議――
**「白中枢・理会議」**が始まろうとしていた。
ハルヴが一歩前へ進む。
その手には前回の剛との戦闘記録が握られている。
「報告する。
異界の男・神谷剛。
先の交戦にて……我々の想定値を逸脱した。」
淡々とした声の奥には、わずかな“ざらつき”があった。
彼は続ける。
「筋力による抵抗……ではない。
彼の肉体は“魔力の回収・代謝”を自然に行っている。
意図ではなく、生理現象として。」
室内にざわめきが走った。
白衛の一人、リュードが首をかしげる。
「つまり……魔法も理術も使わないのに、
魔力の循環過程だけは“世界基準”に適応している、と?」
「適応ではない。
“上書き”だ。」
ハルヴの答えに、空気が重く沈む。
「魔力循環は世界の基盤――その根幹だ。
それを肉体が自然に取り込む例は……理論上、存在しない。」
白衛の面々が息をのむ。
すると、年長の白衛ゲルテが口を開いた。
「……その現象。
剛への影響だけでは終わらぬのでは?」
ハルヴはわずかに目を伏せる。
沈黙。
やがて、別の白衛が指を伸ばし、机上の水晶を操作した。
水晶に映った地図には――
“白いひずみ”がゆっくりと広がる様子が記録されていた。
「理脈の揺れが……前回の戦闘以降、増えている。」
「剛と関係があるのか?」
「……断定はできない。」
「だが“揺れたタイミング”は一致している。」
場の空気が一気に冷える。
ハルヴは静かに息を吐いた。
「誤解するな。
剛が原因とは限らない。
むしろ私は……“別の要因”を疑っている。」
「別の?」
「理脈は内部からではなく……
外側から“圧されて”いるように見える。」
白衛たちの背筋に、冷気とは違う寒気が走った。
「では、剛はその揺れを“増幅させた”だけ……?」
「否。
揺れの中で唯一“平衡点を示した存在”でもある。」
「平衡……?」
「剛と戦った周囲だけ、
一時的に理脈の乱れが収まりを見せた。」
白衛たちがざわつく。
「つまり彼は――“揺れの起点”であると同時に、
“揺れを押し返せる存在”でもある……?」
ハルヴは目を閉じたまま答えなかった。
だがその沈黙こそが、肯定だった。
会議の空気が変わる。
討伐すべき存在なのか――
保護すべき存在なのか――
白理としての評価が揺らぎ始めていた。
すると、白理長官が重い声を発した。
「――それでも。
剛は理に従わぬ“理外の器”。」
「放置すれば世界の秩序は壊れる。
だが排除すれば、逆に“均衡点”を失うかもしれぬ。」
沈黙。
ハルヴは口を開いた。
「……次の接触は、
世界にとって“決定的な転換点”になるだろう。」
白衛の中で、誰かが息を呑む。
(――次は、戦えば終わる。
戦わなくても、何かが終わる。)
白理長官は結論を下した。
「当面……白理は異界の男に“接触しない”。
監視のみにとどめよ。」
「次の接触は――世界の準備が整った時とする。」
ハルヴはわずかに眉を寄せたが、従った。
その瞬間。
絶理楼ぜつりろうの底部が――
微かに軋んだ。
理脈が、地下でひとつ波打った。
白理全員が同時に天井を見上げる。
「……まさか。既にここまで……?」
ハルヴは呟く。
「世界が……何かを押し返している。」
言葉の意味は誰にも分からなかった。
ただひとつだけ、はっきりしている事実があった。
――次に剛と白理が触れた時。
世界の“どこか”が壊れる。
絶理楼の静寂は、
嵐の前に張りつめた空気そのものだった。




