第20章 「制限を自覚したトレーニング再設計」
制限を自覚したトレーニング再設計
夜明け前。
砦の外れ、崩れた石壁の影で、剛は一人立っていた。
深く息を吸い、
ゆっくりと吐く。
(――上がらねぇ)
力を込めても、
以前のような“押し上がる感覚”が来ない。
筋肉は動いている。
神経も生きている。
だが、伸び代だけが、はっきりと止まっている。
「……なるほどな」
剛は、静かに納得していた。
無限じゃない。
この世界の理は、成長に蓋をする。
(それで終わり、ってわけじゃない)
剛は膝をつき、
自分の両手を見る。
震えていない。
折れてもいない。
「筋肉は、まだ応えてる」
問題は“量”じゃない。
上積みが止められたなら――
“使い方”を変えるだけだ。
①【増やす】から【揃える】へ
剛は軽く肩を回した。
(これまでは……
負荷 → 損傷 → 超回復 → 増量)
だが今は違う。
成長は“平均値”に戻される。
なら――
「ズレを潰す」
左右差。
可動域のムラ。
連動の遅れ。
ほんの一瞬の誤差が、
今までは“量”で誤魔化せた。
だが今は許されない。
剛はゆっくり歩き、
一歩ごとに体の反応を確認する。
(右脚、立ち上がりが早い)
(左広背、最後まで入ってない)
「……精度勝負か」
剛の口元が、わずかに上がった。
②【力を出す】から【力を通す】へ
地面に置かれた倒木。
以前なら軽く持ち上げられた重さ。
剛は、敢えて持ち上げない。
代わりに、
姿勢を取った。
背筋を伸ばし、
肩甲骨を寄せ、
骨盤を噛ませる。
◆フロント・ダブルバイセップス
動かない。
だが――
筋肉が、
中で一直線に揃っていく感覚。
(……これだ)
力は出ていない。
それなのに、体幹が異様に安定する。
(魔力……じゃねぇな)
(神経伝達と、重心配置の最適化だ)
剛は次のポーズへ移る。
◆サイドチェスト
胸・肩・腕・体幹が
“同時に噛み合う”。
「……通る」
力を“出す”前に、
逃げ場を全部潰す。
これなら――
(限界値が同じでも、
実効出力は上げられる)
③ ポージングは“休憩”じゃない
剛は深く息を吸い、
ゆっくり吐いた。
汗が滲む。
だが消耗は少ない。
(ポージングは止めじゃない)
(神経の再編成だ)
鍛える。
削る。
整える。
その“整える”工程が、
この世界では異様に機能する。
魔力が、
直接筋肥大には向かわない代わりに――
再配線を手助けしている。
「なるほど……」
無限成長ではない。
だからこそ――
「やり込み甲斐がある」
④ 工夫で、抜ける
剛は立ち上がり、
軽く拳を握った。
以前のような爆発力はない。
だが――
無駄が無い。
(蓋があるなら、
中を詰める)
(天井があるなら、
横幅を使う)
剛は、ゆっくりと最後のポーズを取った。
◆モストマスキュラー
一瞬。
空気が、
わずかに“震えた”。
「……まだいけるな」
それは強がりじゃない。
現実的な判断だった。
制限は、確かにある。
残念だが、認める。
――だが。
筋肉は、
制限を前提に工夫するためにある。
剛は拳を解き、
静かに笑った。
「さぁ……次は、これを
どう戦いに落とすか、だな」
夜が、少しずつ明け始めていた。




