第19「章理に従わぬ挙動」
第19「章理に従わぬ挙動」
白い霧の中で、白理討伐隊は整然と撤退していた。
誰ひとり振り返らず、感情の波も残さない。
ただ一人――
隊長ハルヴだけが、かすかに歩調を落とした。
「……不可解だな」
部下が即座に応じる。
「何が、でしょうか」
「上限定着だ。
成長制限が確定した存在は、必ず反応を示す」
恐怖、拒絶、怒り。
あるいは諦観。
それが“理に従う存在”の正常な挙動だった。
「だが神谷剛は違った」
ハルヴは淡々と続ける。
「止められた時、
彼は“失った”とは認識していない」
「むしろ――」
部下が資料を確認しながら補足する。
「自身の状態を確認し、
動作の修正可能性を探っていました」
ハルヴは一拍置き、静かに結論を下す。
「……理は機能した。
だが、反応が理式に存在しない」
それは白理にとって、
最も不愉快な種類の異常だった。
その頃。
戦場から隔絶した“距離の意味を持たない座標”で、
黒理の観測者――カガミは同じ記録を見ていた。
感情のない瞳が、情報をなぞる。
「上限定着……確認」
指が止まる。
「だが停止ではない」
記録を整理するように、淡々と呟いた。
「対象は“成長”を目的にしていない
目的は“最適化”」
黒理は評価を下さない。
代わりに、分類する。
「対象:神谷剛
特性:段階的再構成型」
無限ではない。
だが、一つの解が潰れても終わらない。
「……破壊者ではない」
情報を閉じる。
「ただし、
長期的には最も観測価値が高い」
黒理は結論だけを残す。
「介入不要。
観測継続」
荒野の岩陰。
まだ熱の残る前線仮設拠点で、
赤理隊長レクスは白理からの報告を一読し、笑った。
「なるほど……上限はある、か」
副官アゼラが慎重に問う。
「危険では?」
「逆だ」
レクスは迷いなく答える。
「制限が見えたなら、攻め時だ」
白理は“止めた”事実を見る。
だが赤理は、その後の行動を見る。
「上限に当たっても、立ち止まらない」
「じゃあ、どうするんです?」
レクスは地面に線を引き、ふっと向きを変えた。
「制限が固定なら、
その枠内で暴れさせる」
「必ず――
別の抜け道を見つける」
赤理は破壊を望まない。
改革とは、“想定外が生まれる環境”を作ることだ。
「白理は抑え込む」
「黒理は眺める」
「なら俺たちは――」
レクスは拳を握る。
「進ませる」
同じ事象。
同じ存在。
それを見て、
白は是正を考え、
黒は記録し、
赤は利用を考えた。
そして当人――神谷剛だけが、
まだ次の一手を静かに組み立てていた。
“理に従わない挙動”は、
ここから本当の意味を持ち始める。




