◆ 赤理サイド章
◆ 赤理サイド章
「赤の視線 ― 黒をどう見るか」
荒野の戦場からほど近い場所。
赤理が即席で構築した前線仮設拠点は、岩盤をくり抜いただけの簡素なものだった。
天井代わりの岩肌には、赤い理流が血管のように走っている。
脈打つ熱が、空気をじわじわと震わせていた。
赤理隊長レクスは、腰掛けた岩の上で剣を磨いていた。
刃に映るのは、揺らめく赤い光だけだ。
副官アゼラが、低い声で報告する。
「……黒理が動きました。
観測官クロウと、その補佐カガミ。
時間位相への“軽微な調整”を確認しています。」
レクスは手を止めない。
「“軽微”って言葉ほど信用できねぇもんはねぇな。」
アゼラは一瞬、言葉を選ぶように黙り、続けた。
「第二撃を止めたわけでも、剛を逃がしたわけでもありません。
あくまで――観測の範囲内、と。」
「だろうな。」
レクスは鼻で笑った。
「黒はいつもそうだ。
止めない。導かない。
だが――壊れる瞬間だけは、絶対に見逃さない。」
アゼラは眉をひそめる。
「理解できません。
白の裁定も、赤の改革も否定せず、
なぜ剛だけを“測る”んです?」
レクスは剣を収め、立ち上がった。
岩床に、赤い理が走る。
「簡単だ。」
一拍。
「あいつらは“勝つ側”に興味がねぇ。」
アゼラは息を呑む。
「勝敗ではなく……?」
「どの理で世界が転ぶか、だ。」
レクスは、戦場の方角を見た。
「白で潰れるか。
赤で書き換わるか。
それとも――」
言葉を切る。
「名前を呼べない“外側”で壊れるか。」
アゼラは背筋が冷えるのを感じた。
「あの異界人は……
その分岐点、ということですか。」
「そうだ。」
レクスは短く答えた。
「白にとっては異常。
黒にとっては観測点。
だが俺にとっちゃ――」
赤い理が、わずかに強まる。
「進化させる価値のある“現役”だ。」
アゼラは拳を握った。
「赤理は……
剛を“対象”としては見ない、ということですね。」
「当然だ。」
レクスは笑った。
「対象ってのは、
安全な距離から眺めるもんだろ。」
剣を掴み、立ち上がる。
「俺たちは踏み込む。
変える。
育てる。」
低く、しかし確かな声で言った。
「黒が見て、白が恐れる存在なら――
なおさら、赤が手を出さなきゃならねぇ。」
前線拠点の外で、風が吹く。
世界はまだ、均衡を保っている。
だがその中心で、
一人の男が“理を受け止めている”。
赤理は、もう後戻りしなかった。




