第15章 「一点収束 ― 理は交わり、筋は動く」
◆ 第15章
「一点収束 ― 理は交わり、筋は動く」
荒野の空は、妙に静かだった。
風が止み、
砂も舞わず、
生き物の気配すら薄い。
剛は、その“違和感”を皮膚で感じ取っていた。
(……音が無い。
トレーニング前の、
集中が深まりすぎたときと同じだ。)
腕をぶら下げ、軽く肩を回す。
筋膜の滑りは良好。
パンプも抜けていない。
「……来るな。」
リオナが眉をひそめる。
「“何が”来るのよ。
せめて主語をつけて。」
クァルガが地面に手を当て、低く唸る。
「いや……
これは魔力でも殺気でもない。
“視線”だ。」
次の瞬間――
空気が、三方向から“歪んだ”。
■ 白 ― 正面・消去の理
正面の空間が、
まっすぐに裂けた。
白い霧。
均一。
無感情。
そこから歩み出る六つの影。
そして先頭に立つ男。
白理隊長・ハルヴ
無駄のない立ち姿。
呼吸すら“最適化”されている。
「異界の者、神谷剛。」
声は感情を運ばない。
「理との乖離、確定。
本地点を“是正点”と定義する。」
リオナが息を呑む。
「……来た。」
剛は一歩前へ出た。
「是正って言葉、
筋トレ界だと“フォーム修正”だぞ。」
白理の一人が首を傾げる。
「……何を言っている。」
ハルヴだけは、目を細めた。
(……恐怖が無い。
理解していないのではない。
尺度が違う。)
■ 赤 ― 右方・変革の理
白理の空気を、
横から“叩き割るように”
熱を帯びた魔力が走る。
燃えるような赤。
歪み、揺らぎ、しかし力強い。
岩盤の上に仁王立ちした男。
赤理隊長・レクス
口角を上げ、両腕を広げた。
「よう、噂の“筋肉異界人”。
思った以上にいい身体してるじゃねぇか。」
リオナが叫ぶ。
「赤理……!?
ここに来るなんて――」
レクスは白理を一瞥し、鼻で笑った。
「まだ“消す”って思考に囚われてんのか。
そりゃ世界も停滞するわけだ。」
そして剛を見る。
「なあ剛。
どうだ――
世界を一段階、上げてみる気は?」
剛は首をひねった。
「……増量期?」
レクスが噴き出した。
「違ぇよ!!
だが……近い。」
■ 黒 ― 上空・観測の理
その時。
誰もいないはずの“上”から、
軽い拍手が聞こえた。
「いやあ……
やっぱり集まりましたね。」
黒い羽が舞う。
空間に“固定されない存在”。
黒理・クロウ
全員を見下ろしながら、楽しそうに笑う。
「白は消す。
赤は変える。
そして剛は……鍛える。」
羽を一枚ひらひらと落とす。
「最高の分岐点だ。」
白理が即座に反応した。
「黒理。
貴様は観測のみの存在のはずだ。」
クロウは肩をすくめる。
「ええ。
だから“止めません”。
ただ――逃がしもしない。」
リオナが震え声で呟く。
「三派……全員……
同時に……?」
クァルガが歯を剥いた。
「クソったれだな。
世界が一斉に殴りかかってきやがる。」
■ 剛 ― 理の中心で思うこと
剛は、その場で静かに立っていた。
白・赤・黒。
三つの理。
殺気、期待、好奇。
それらすべてを受けて――
剛は、胸の奥で確信した。
(……これ、
全部“高負荷”だ。)
足裏で地面を捉える。
背筋を伸ばす。
肩甲骨を落とし、腹圧を入れる。
筋肉が、喜び始めた。
「なあ。」
剛が言った。
三派の視線が集中する。
「戦う前に一つだけいいか。」
ハルヴ:「許可しない。」
レクス:「聞くだけならタダだろ。」
クロウ:「どうぞ?」
剛は――静かに告げた。
「どの理も、筋肉の成長を止める気は無いよな?」
沈黙。
白は答えない。
赤は笑う。
黒は目を細める。
剛は続けた。
「なら問題ない。」
拳を握る。
「順番に来い。
フォームは――
俺が見る。」
その瞬間。
空気が、完全に張り詰めた。
三派、同一点で激突寸前。
そして誰よりも落ち着いているのは――
世界の中心に立つ、“筋肉の男”だった。




