あなたの町の規定文具店【読切版】
「お前の勝手な物差しで測るな!」
一人の男性の声が路上に響く。声の主は細い街頭の上に立っていた。
彼は全身メタリックシルバーのスーツで、頭部もシルバーのフルフェイスのマスクで覆われている。そして、腕や脚には黒線のラインが均等に刻まれていた。
彼が見下ろす下にはナイフを持った小太りの男が周囲の人々を威嚇している。
男は今にも誰かに襲いかかりそうだ。
「なんだ、お前は! 邪魔すんな! もうどうでも良いんじゃ!」
そう言って男はやけくそにナイフをブンブン振り回す。周囲からは悲鳴があがる。
銀色の男は街灯から飛び降りると小太りの男の前に立つ。
「何があったかは知らんが、お前の勝手な物差しで人々を傷つけてはいけない。さぁ、ナイフをこちらに渡しなさい」
「知ったふうな口をきくな! こうなりゃ、お前からやってやるわー!」
「シルバー・ルーラー!!!」
子供たちの大きな声が響き渡る。シルバー・ルーラーと呼ばれた男にナイフが突き立てられる。
ナイフが彼のスーツにブスリと突き刺さる瞬間、甲高い金属音が周囲に鳴り響く。そして、小太りの男の足元にナイフの刃だけがガシャンと音をたてて落ちた。
小太りの男は根元から折れたナイフの柄と目の前の銀色の男を何度も見比べる。その目は完全に泳いでいる。
「さぁ、ナイフをこちらに渡してください。ね?」
「あぁ…」
小太りの男はシルバー・ルーラーに大人しくナイフの柄を渡しその場に座り込む。そこへ、丁度いいタイミングで警察官が駆けつけた。
警察官たちはシルバー・ルーラーに敬礼する。
「御協力ありがとうございます。本日も大手柄ですね!」
「いえ、たまたま近くにいただけで。ともあれ、被害が出なくて良かったです。では、犯人をお願いします」
シルバー・ルーラーは小太りの男を警察官たちに引き渡す。男は一切の抵抗をすることなく連行されていった。
「シルバー・ルーラー! 今日もありがとー!」
周囲からは拍手と歓声があがる。シルバー・ルーラーは片手を挙げてそれに応えるとオフィスビルの間を颯爽と駆け抜けていった。
◇
ここは、山深い地域にあるとある田舎町。
山深いと言ったが、幸いなことに交通の要所となっていたり、大学があったり、また多くの企業がオフィスを構えていたりするおかげで、道路や電車などがしっかり整備されており交通の便が良い。そのため、人の往来がとても多いのだ。
そんな町の中にひっそりと店を構える文房具店がある。名を「規定文具店」という。代々受け継がれているこの町の名物文具店だ。
店内はそれほど広くない。コンビニ二つ分くらいの広さだろうか。白い壁や天井、床に黒の棚が並ぶ。その棚には商品が一糸乱れず綺麗に並べられている。そして、天井から吊るされた大きめのPOPが商品の場所を知らせている。
店内のレジカウンターの前で椅子に座る一人の男。彼の名前は規定正。
歳は20代後半くらいであろうか。お世辞にも美青年とは言えないが、身だしなみはきっちりと整えられており、とても清潔感がある。
スーツを着用しており、ネクタイは真っ直ぐ綺麗にしめられていて、中に着ているシャツはアイロンがしっかりかけられており皺ひとつない。
足元をみれば革靴はどこから見てもピカピカで汚れ一つ見当たらず、それは覗けば顔が映るほどの光沢を放つ。
おまけに、椅子に腰掛けた背中までもがピンと真っ直ぐ伸びている。
「正さん、こんにちはー」
「彩葉さん、いらっしゃいませ」
店の入口には若いスーツ姿の女性。名前は筆屋彩葉、歳は20代前半くらいか。茶髪のショートヘアが良く似合う細身の女性だ。
彩葉と呼ばれた女性は正の元へと向かって歩いてくる。彼女が一歩進むたびにパンプスの音がコツコツと店内に響き渡る。
「今日はどうされましたか? もしかして、新商品が出たんですか?」
「ぶっぶー、違いますー。近くに来たから寄っただけですー」
そう言い彩葉はクスッと笑い、正は「残念」
と項垂れる。彼女はこの町にオフィスを構える大手文具メーカーに勤務しており、時折こうやってこの店に顔を出している。
「でも、近々新商品が出るのは間違いないですよ」
その言葉にパッと顔を輝かせる正は「定規ですか?」と聞こうとしたが、彼女に「違います!」と先に言葉を遮られる。
「定規はそんなにぽんぽん新商品出ません。鋏ですよ」
「鋏かぁー」
「そんなに残念がらないで下さいよ。これは凄く良い性能なんですから。サンプルが出来次第お持ちしますね」
「お願いします。楽しみに待ってます」
「じゃあ、私は仕事に戻ります。失礼しますー!」
「お気をつけてー」
彩葉は嵐のようにやって来て、また去っていった。彼女はいつも明るく元気だ。
正はそんな彼女にいつも元気を貰っている気がした。
「さて、僕も仕事をしよう。このPOPの歪みがどうしても許せないんだよな。じいちゃんだから仕方ないのかなぁ。ここをこうだよ」
祖父への文句を言いながらも、POPを真っ直ぐに直す正だった。
◇
とある日の昼下がり。正は事務所のテーブルに座っていた。彼の前にはお弁当箱が置かれている。
基本的に一人で店を切り盛りしているので、昼食はレジ横にある事務所で食べる。いつ来客があっても対応出来るようにするためだ。
この日、彼は自分でお弁当を作ってきた。長方形の平たいお弁当箱にご飯とおかずが綺麗に半々で入れられている。卵焼きは全てのサイズが均一に整えられており、その他のおかずも一つずつが綺麗に一糸乱れず真っ直ぐ並ぶ。
正はお弁当ですらも歪みや乱れを一切許さない。たまに、顔を出す先代店主の祖父も呆れるほどだった。
お弁当を口に運ぶ正の前で、テレビがお昼のニュースを伝えている。
グレーのスーツを着た七三分けの男性が原稿を読む。動物園でゾウの赤ちゃんが生まれた話や、日本最高齢のおばあちゃんのインタビューなどが次々と報じられていく。
「あのアナウンサーのネクタイちょっと曲がってる。許せんな」
正はお弁当を頬張りながらそんな事を考えていたが、次の瞬間、彼の手に持つ箸がピタリとその動きを止める。
「こうしてはいられない」
正はお弁当箱の蓋を閉じると、お箸と一緒にテーブルと平行になるように真っ直ぐ起いて外へ向かって駆け出した。
照明を全て落とし入口を施錠する。そして、ドアにかかる看板をくるりと回し準備中にしたと同時に再びどこかへと走り出す。
事務所では消し忘れたテレビに「速報」の文字とともに街で暴れるモノたちが映し出されていた。
◇
全身を黒ずくめのタイトなスーツに包んだ戦闘員たちが町で暴れている。破壊されるビルと逃げ惑う人々、辺りに響き渡る悲鳴。
「徹底的にやりなさい。我々は電子ツールには支配されない。アナログな文房具世界を取り戻すのよ!」
道路の真ん中に仁王立ちする女性。胸元が大きく開いたタイトな黒のドレスにハイヒール。頭部は鼻から下だけが開かれた黒のマスクで覆われ、その素顔は隠されている。
彼女は両腕をその豊満な胸の下で組み、戦闘員たちの破壊活動を眺めて愉悦に浸る。
怪人たちは止まることなくIT関連企業が入るオフィスビル群を縦横無尽に駆け回る。
道路沿いの一階の大きな窓は粉々に砕け散り、壁にはいくつもの大きな穴が空いていた。
人々はその様子を遠巻きに眺め怯えた。
「警察はまだか?」
「警察では無理だ。自衛隊は?」
「どちらにせよ、そんなにすぐには到着しないわよ!」
「誰でも良い…。なんとかしてくれ!」
人々はそう願い、空を見上げた。
キラリ。
「いま、何か光らなかったか?」
「そうか?」
「わたしも光った気がするわ」
人々は再び空を見上げて光を探す。群衆が空をぐるりと見回しているとキラリと再び空に輝くものが見えた。
そして、次の瞬間。
「やめろー!」
叫び声とともに空から一人の男が舞い降りる。太陽の光を反射し綺羅綺羅と輝きを放っている。
「シルバー・ルーラー!」
群衆から歓喜の声があがった。人々は彼の姿に安堵した。彼らの顔にはもう怯えた様子は微塵もない。
「出たな、シルバー・ルーラー! 今日こそは邪魔させないよ」
と、女性幹部が言ったのと同時に、シルバー・ルーラーの下半身は地面に突き刺さった。
「え? ちょっと…」
困惑する女性幹部をよそにシルバー・ルーラーは身体をブンブンと捻り、両腕で地面を押して穴から這い出る。
「高度を上げすぎたかな…。よいしょっと…。DSよ、お前たちの勝手な物差しで正義を測るな! これ以上の破壊活…」
「ちょっと待ちなさいよ! なんで、普通に始めようとしてるのよ。さらっと、今のなかったことにしたでしょ」
「何の話だ? それよりも、破壊活動を今すぐやめるんだ」
「え、本当になかったことにするの? え?」
女性幹部は頭を抱え軽く混乱していたが、すぐに立ち直る。考えた方が負けと判断したようだ。
「もういいわ。お前たち、シルバー・ルーラーを倒すのよ。やってしまいなさい!」
「キィ!」
戦闘員たちは奇声をあげるとシルバー・ルーラーへ目掛けて駆け出す。その速度は人のものを遥かに凌駕している。
彼らをよく観察すると一様に背中に何かを背負っている。その中で何かがぐるぐると回っているのが見えた。
「あれは…、ゴムか! ゴムを推進力にしてスーツにエネルギーを伝えているんだ。なんと、おそろしい事を」
シルバー・ルーラーが冷静に分析をしている間に戦闘員たちは彼に肉薄する。
「キィ!」という声とともに右拳を突き出す戦闘員A。その拳もスーツによって尋常ではない速度を生み出す。
そして、その高速の拳がシルバー・ルーラーの顔面を捉えた。
ガン!
「キィーーーーー!」
何故か殴ったはずの戦闘員Aが地面に転がる。シルバー・ルーラーは涼しい顔でまだ何やらぶつぶつと言っていたが、漸くその状況に気づく。
「あ、大丈夫か? 私のスーツは特別硬いんだ。だから、殴っちゃダメだぞ」
「キィイィイ(先に言ってよ…)」
それを見た他の戦隊員たちは各々が腰から何か棒状の物を取り出すと引き延ばした。そう、あれは指し棒だ。
戦闘員たちは指し棒型の武器を一斉に構える。
「あれは痛そうだな。仕方ない」
シルバー・ルーラーが左腕に右掌をかざすと、そこにメタリックシルバーの長方形の物体が浮かび上がり実体化する。
彼はその薄い長方形の物体の端にある柄を握ると真横に空を薙ぐ。
長さ1メートルほどの物体を構えると彼は「定規ブレード」と言った。
じりじりと間合いを詰める戦闘員たちと剣を構えるシルバー・ルーラー。
痺れを切らした戦闘員Cがシルバー・ルーラーに襲いかかる。指し棒を大きく振りかぶり脳天目掛けて一気に振り下ろす。
「ふん!」
シルバー・ルーラーはそう言うと、指し棒を定規ブレードの平面で受け止める。そして、攻撃を弾かれ体勢の崩れた戦闘員Cの鳩尾に強烈な前蹴りをみまう。「キィイィ」と言いながら戦闘員Cはその場に蹲った。
シルバー・ルーラーは勢いそのままに定規ブレードを巧みに操り戦闘員たちを次々と打ち倒していく。瞬く間に、十人はいた戦闘員たちが宙を舞い、そのまま地に倒れ伏す。
「まだやるか?」
シルバー・ルーラーの言葉に戦闘員Bは首を激しく横に振り、仲間たちを回収していく。
「ちょっと、あんたたち何やってんのよ! 戦いなさい!」
女性幹部の言葉虚しく撤退していく戦闘員たち。女性幹部の顔には怒りが滲む。
シルバー・ルーラーはそんな彼女の前に立ち、指を真っ直ぐ女性幹部へと向ける。
「ダークマーカー、あとはお前だけだぞ。さぁ、どうする?」
「私が直接、と言って上げたいところだけど、それはまた今度ね。今日は、新しい怪人が誕生したからこの子が相手をするわ」
「新しい怪人だと?」
「そうよ。今回のは本当に凄く良い性能なんですから。出てきなさい、怪人YOkUキレール!」
女性幹部改めダークマーカーはそう言うと、どこからか取り出した鋏を前方に放り投げる。鋏は空中でくるくると回転しながら黒い光を放つ。
そして、シルバー・ルーラーとダークマーカーのちょうど真ん中辺りでその光は一層輝きを増し、一気に膨れ上がった。
「あれが、良く切れ〜る?」
空中を舞う鋏は、膨れ上がった光と共に巨大化し、怪人へと変貌を遂げた。
丸い頭部の上に突き出た鈍色の二本の平たい角。顎の下には藍色の大きな穴のついた持ち手があり、頭部では赤い目が妖しく光る。
「キレール!」
YOkUキレールは、両手でVサインを作ってポーズをしている。ダークマーカーは怪人の後方で両手を腰に当てて、既に勝ち誇っている。
「さぁ、いけ! YOkUキレール!」
ダークマーカーの発声とともにYOkUキレールは動き出す。怪人が自分の左右の腕についている持ち手に指を通して引き抜くと大きな鋏が現れる。
「鋏の怪人か。鋏の新作? あれ? どこかで聞いたような…」
シルバー・ルーラーが顎に手を当てて考え込んでいる間にYOkUキレールが鋏をチョキチョキさせながらシルバー・ルーラーへと肉薄する。
眼前に迫る鋏に漸くシルバー・ルーラーも動き出す。
シルバー・ルーラーは、間一髪で横に飛び退き鋏を躱す。YOkUキレールは勢いそのままにシルバー・ルーラーの後ろにあった道路標識を鋏で挟んだ。
シャキーン!
「シャキン?」
ズルッ、ガシャーン!
シルバー・ルーラーの後ろで道路標識のポールが綺麗な切り口で真っ二つになる。それは滑らかで見事な切断面だ。
「凄まじい切れ味だな…」
「どう? 驚いた? あの鋏の刃はハイブリッドアーチ刃なのよ」
「ハイブリッドアーチ刃だと?」
「そうよ」
「刃先のカーブで力が伝わりやすく、紙類、紐類などが軽い力で切れる。そして、テープはくつっかずスパッと切れ、梱包の開封も刃を滑らせやすい為にスムーズに切れるという、あのハイブリッドアーチ刃のことか!」
「そのハイブリッドアーチ刃よ! てか、なんでそんなに詳しいのよ?」
「おそろしい怪人だ。あれに挟まれれば、いかな私のスーツでもひとたまりもないな」
「詳しい件はスルーなのね…。まぁ、いいわ。YOkUキレールよ、その調子でどんどん切りまくりなさい!」
「キレール!」
シルバー・ルーラーはYOkUキレールを迎撃するために定規ブレードを構える。
YOkUキレールは左右の鋏をシルバー・ルーラーへと交互に連続で繰り出す。
チョキチョキと音を立てる鋏がシルバー・ルーラーへ襲いかかるが、彼は定規ブレードでなんとか弾いてその刃を凌ぐ。
しかし、次から次へと繰り出される鋏に反撃の糸口を見出せない。
「このままでは反撃できない。何とかしなければ…、ん?」
攻撃を受け続けるシルバー・ルーラーの目に道路脇に落ちているある物が飛び込んできた。
シルバー・ルーラーは定規ブレードを大きく振りYOkUキレールを吹き飛ばすと道路脇へと走る。
「キレール!」
YOkUキレールは体勢を整えると再びシルバー・ルーラー目掛けて走り出す。
そんな怪人目掛けてシルバー・ルーラーが何かを投げつけた。
怪人の眼前に迫る物体。YOkUキレールは反射的にそれを両手の鋏で切り刻む。
チョキチョキチョキチョキ、シャキーン!
「切ったな?」
怪人の足元にボトボトと落ちる物体。それは大量の湿布だった。
「鋏はベタベタが付着すると切れ味が落ちる。いかにハイブリッドアーチ刃と言えどこれだけ大量に切ればベタベタになるだろう?」
「ホーーーーーーーッホッホッホッ!」
「何が可笑しい?」
声高らかに笑うダークマーカーに怒りをみせるシルバー・ルーラー。ダークマーカーとYOkUキレールに焦りは一切見られない。
「よぉーくごらんなさい。ほら?」
ダークマーカーはそう言うと近くに落ちていた壁の破片をYOkUキレールへ放り投げた。
シャキーン!
破片は怪人の前で綺麗に真っ二つになって地面に落ちた。鋏の切れ味に一分の曇りも見られない。
「バカな! あれだけのベタベタを物ともしないとは!」
「ふふふ、どう? 驚いた? あの刃は3D構造刃で、さらにフッ素コートが施されているのよ!」
「なんだと! 3D構造刃にフッ素コートだと!」
シルバー・ルーラーはがっくりと腰から砕け落ちるとそのまま地面に額をつけた。
「刃同士が点で接するため、ベタベタしにくく、刃の裏にノリなどが付着しづらい3D構造刃に、さらに非粘着性に優れたフッ素コートを施すなんて…。なんて素晴らしい鋏なんだ!」
「そうなのよ、凄いでしょ。てか、何でそんなに詳しいのよ!」
「しかも、良く見るとその持ち手の内径まで計算されているな? 近くで見てみないことには正確にはわからないが、おそらく40ミリ以上50ミリ未満に設定されている。そのため、指穴にゆとりがあり指が痛くなりづらい。40ミリ以下は、一点に力がかかりつづけるので指が痛くなりやすく、55ミリを超えると指が滑りやすいと言う」
「だから、なんでそんなに詳しいの!」
項垂れるシルバー・ルーラーに迫る怪人YOkUキレール。両手の鋏がチョキチョキと快音を響かせる。
地面に額をつけたままシルバー・ルーラーが叫ぶ。
「ダークマーカー!」
「何よ?」
「この鋏、売れるぞ! これは、高性能に加えて両利き用だろう?」
「何故、お前がそれを知っているの?」
「形を見ればわかるさ。この鋏は使う人の事をとてもよく考えて作られた鋏だ。私にはその愛情がとてもよく伝わったよ。完敗だ…」
「シルバー・ルーラー…」
チョキチョキと音を立てながら鋏がシルバー・ルーラーの頭部へと迫る。怪人の目が妖しく光を放ち、その鋏を振り上げた時だった。
「YOkUキレール、おやめなさい」
「キレール?」
鋏を振り上げた格好のまま静止する怪人。ダークマーカーはシルバー・ルーラーに背を向け「帰るわよ」と言い歩き出す。
YOkUキレールはシルバー・ルーラーとダークマーカーを交互に見比べていたが鋏を腕に戻してダークマーカーの後を追って走り出す。
「ダークマーカー…、お前…」
「貴方の文房具愛が私を動かしたのよ。今回は見逃してあげるわ」
ダークマーカーがそう言った瞬間、大きな「キレール!」という叫び声がオフィス街にこだました。
「YOkUキレール!」
シルバー・ルーラーとダークマーカーの目には、宙に飛ぶYOkUキレールの姿と彼の下に撒き散らされている大量の湿布たちが映る。
怪人はそのまま真っ逆さまに頭から地面へと突き刺さった。
ピクリとも動かないYOkUキレール。頭部の目に赤い光はない。
「YOkUキレール? 嘘でしょ?」
膝から崩れ落ちるダークマーカーとシリアスな顔でYOkUキレールの横に立つシルバー・ルーラー。
「お前は今までで一番の強敵だった」
「何言ってるのよ! あんた負けてたじゃないの!」
そんな二人の前でYOkUキレールの身体は鋏へと戻る。ダークマーカーは鋏を拾うと「次こそは必ず!」と言ってトボトボ帰っていった。
ダークマーカーがDSのアジトに戻った頃、漸く街には警察と自衛隊が到着した。
崩壊した街並みに驚愕の表情を浮かべる警察官と自衛官たち。
両組織の指揮官らしき者がシルバー・ルーラーの元へと駆け寄り敬礼する。
「シルバー・ルーラー殿。DSを退けて頂き、誠に感謝致します。街はこんな状態ですが、幸いなことに人的被害は皆無でした。全て貴方のおかけです」
「いえいえ、被害が抑えられてよかったです。あとはお任せしても?」
「もちろんです。我々が責任を持ってお引き継ぎ致します。本当にありがとうございました! シルバー・ルーラー殿に敬礼!」
指揮官の号令で、全警察官と自衛官がシルバー・ルーラーへ一斉に敬礼する。
シルバー・ルーラーはそれに敬礼で応えると、彼らに背を向けてオフィス街を駆け出した。ビルの間を駆け抜ける彼に周囲から感謝の言葉が降り注ぐ。
シルバー・ルーラーは片手を挙げてそれに応えながら走った。そして、急加速すると彼らの視界からその姿を消した。
◇
「シルバー・ルーラー。あいつ、一体何者なのかしら?」
スーツ姿の女性はそう呟きながら道路を歩いている。茶色の髪が風でふわりと揺れる。
「正さん、こんにちはー。例の鋏持ってきましたよー!」
「いらっしゃい、彩葉さん。早く見せてください!」
「そんなに慌てなくても鋏は逃げませんよ? さぁ、見てください!」
「わぁ、これが…。ハイブリッド刃で…、3D構造でフッ素コートまでしてありますね。内径のサイズも50ミリくらいですか? しかも、両利き用じゃないですか!」
「そうなのよ! 驚いた? 凄いでしょ?」
彩葉は見ただけで鋏の特性をすべて見抜く正に満面の笑みをみせる。
「彩葉さん、これ売れますよ!」
「やっぱりそう思う?」
「えぇ。で、この鋏の商品名は何ですか?」
「この鋏の名前は《《YOkUキレール》》よ」
「え?」
それを聞いた途端、正は思考停止して固まり動かなくなった。
これは、町を守る一人の男と悪の軍団DSの戦いの記録である。




