お飾りの妻いりませんか?
――見目麗しい侯爵令嬢。
礼儀も立ち居振る舞いも完璧。
しかし彼女、リゼ・ランハートには魔力がない。
「お飾りの妻いりませんか?」
彼女が夜会で狙いを定めたのは、伯爵夫人との道ならぬ恋に身を焦がしているという噂の商人ランベルト・ジェイドであった。
彼はリゼの言葉に顔を上げた。
黒髪に金色の目……鷹のようだとリゼは思った。
彼は今日、招待客として夜会に参加している。
「……ランハート侯爵令嬢」
ランベルトは、リゼが誰なのか知っていた。
しかしその視線は冷たくて、とてもではないがリゼに興味を示しているとは思えなかった。
「妻と聞こえましたが、聞きまちがいでしょうか?」
その返答も想定の範囲である。
だからこそ、リゼは胸を張って答えた。
「いいえ!!」
魔力がないこと以外は完璧であるとリゼ自身思っている。
まるで流れ星の軌跡のようなプラチナブロンドの髪、澄み渡る湖のようなアイスブルーの瞳、苺のように赤い唇。彼女は美しい。
「私、経営について学んでまいりました。ジェイド様の商会の補佐もできるはず。侯爵家の娘として教養は網羅しておりますし、流行の情報も積極的に集めております。きっとお役に立てますわ――魔力がないことを除いて」
「魔力が……ない?」
「ええ、まったくありませんの」
「それはそれは……まあ、魔力があったからといって、それを生かせなければ金貨1枚の価値もないですしね」
「え……?」
彼はリゼに魔力がないと知っても、その視線に蔑みも哀れみも浮かべなかった。
むしろ興味深そうに値踏みするような視線を向けただけだ。
「あなた様が望むのは、お飾りの妻になって愛人を作り自由に恋を楽しむことですか?」
「いいえ」
「ではなぜ?」
それはランベルトのほうであろう、とリゼは思った。
そんなことを聞いてくるとは、伯爵夫人との噂は真実なのだろう。
だが、噂は噂なのである。リゼは余計なことは言わず単刀直入に自身の境遇を伝えることにした。
「……我が家の財政がずいぶん傾いておりまして」
「ああ……それで自分を商品に見たてて私に企画提案してきたわけですね」
「商品」
ランハート家の没落は何もかもすべてがリゼの浪費のせいであると噂されている。
魔力がないリゼは、貴族としての務めを果たせず毎日遊びほうけている悪女らしい。
しかし実際は、リゼの実母が亡くなったあとに家に来た後妻と母違いの妹のせいなのだ。
「確かに私ならあなた様ににいくらでも贅沢させて差し上げられるでしょうね」
「贅沢したいわけではありません。それより……ベルアド辺境伯の後妻にされそうなので」
確かに自分は商品だろうとリゼは自嘲する。先日父が死んだ。義母と妹はリゼを年老いた辺境伯に売り、ランハート家を手に入れようとしている。
売られないためには、先んじて誰かに嫁入りする必要があるのだ。
「ベルアド辺境伯はあなた様より五十歳近く年上ではありませんか」
ランベルトは驚いたような声を出した。
だが、気の毒そうに思っているようには見えない。
「ですから、お飾りの妻として……」
リゼの言葉が尻すぼみになっていく。
ランベルトは王国全ての富を手に入れているとすら言われる成功者だ。
彼がリゼを妻にして得なことなどないだろう。彼ほどの富があれば貴族と結婚することは今までだってできただろう。
「なるほど……それでお飾りの妻……ね」
ランベルトはしばらくの間黙り込んだ。
リゼはいたたまれない気持ちでうつむいた。
ランベルトはメモ帳を取り出し、猛烈に計算を始めた。
「見た目10枚、声の質10枚、教養10枚」
「私の価値を計算されているのですか」
「そこに思い至るとは……100枚追加」
「金貨100枚あれば、王都に小さな屋敷が建ちますね」
それくらいの価値はあるかもしれない。落ちぶれているとはいえ、庶民であるランベルトが侯爵家と縁をつなげるのだ。
「大金貨です」
「は?」
「……ラーセルの経済学」
「古典ですか……」
「確かに勤勉だ。ところで、あなた様は魔力がないことを卑下しているようですが、まさか魔力に特化するのですか?」
「――いいえ、私が何かを生産するならば他の令嬢と比較して優れている美貌と、教養と、学んできた学習の成果を活かすでしょう」
ラーセルの経済学の要点は、他者と比較したときに、より得意な分野で生産性を上げるというものだ。
ランベルトは、このあとも経営学や経済学について次々質問してきた。
「ふむ、仰るとおりよく学んでいらっしゃるし機転も利くようです。合計大金貨1000枚の価値はありそうだ」
大金貨1000枚あれば一生遊んで暮らせるだろう。
「しかし私は、価値が高いものを飾っておく趣味はないのですよ」
「それは……」
それはお飾りの妻などいらないという答えだろう。リゼは諦めることにした。
しかし、リゼが背を向けようとすると手が掴まれる。
「おや、どちらに行かれるのです」
「え?」
「まさか、お飾りではない妻になるのはお嫌ですか?」
「……え?」
「欲しい商品は即断即決。そうでなければほかの誰かに買われてしまうことでしょう。お飾りの部分を訂正いただけるのなら、あなた様を妻にします」
「えっ、えっ!?」
ランベルトは強引にリゼの手を引く。
そして、夜会の会場から彼女を連れ出した。
「一番近いのはこの店か」
「この店……王族でも半年待ちという噂の……」
「うちの店なのでこれからはあなた様の店でもあります」
会場からほど近い店にランベルトはリゼを連れていく。
「商会長!」
「一番良いドレス。最高級の真珠。彼女は私の妻になる人だ。この店の全てを懸けるように」
「かしこまりました!」
リゼは店の奥に連れていかれ、あれよあれよという間に着付けられ改めてメイクアップされた。
「……あの」
「美しい。あなた様の価値を見誤っていたようです。追加で1000枚」
着替えたリゼが戻った夜会で会場の視線を集めるまであと少し。
「えっと、伯爵夫人と道ならぬ恋」
「ああ……彼女は当店のドレスがお気に召された上顧客です。つまり完全なるデマですね。恋や愛など金になりませんし」
「ではなぜ、私をお飾りではない妻に」
「ん? ん〜……」
先ほどから軽快なテンポで話していたランベルトが黙り込む。そして困惑した顔で口を開く。
「おや、これしか結論がない。これが一目惚れですか」
「え〜!?」
金が全てである、という彼の今までの人生を否定するほどの言葉を口にしたランベルトの耳元は赤い。
契約書代わりの婚姻届に二人のサインが並び、リゼがお飾りの妻ではなく幸せな花嫁になるまであと少しに違いない。
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