表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

六章 ambiguousな解決

1、

「……と言うわけ」

「いやいや、状況はわかったけど。さっぱりわかんないし。一体誰が犯人なの?」

 いつものように藤井の部屋に四人は集まっていた。猪狩康平、矢式奈美香、藤井基樹、新川怜奈。猪狩が事件の概要について話したが、核心については触れておらず、怜奈は困惑している。藤井は考える事を半ば放棄している。早く続きを話せ、といった目で猪狩を見ている。

「で、結局誰が犯人で、どうやったの?」怜奈が続けて聞いた。

「奈美香、後頼む」奈美香もわかったのだから、華を持たせようというのが半分。単純に面倒くさいのが半分。

「えっとね」奈美香が得意げになって話す。「どこから話そうかしら……。やっぱり結論から言おうかしら。あのね、別館のあれは三階じゃなかったのよ」

「え?」怜奈は眼を丸くしている。

「は? だって三階から見たんだろ?」藤井も納得できない様子。

「本館から別館へは緩い上り坂だったわ。玄関の段差も本館は三段で、別館は六段。三階までやたら長く感じたのは本当に長かったから」

「オイオイ。そんなんで……」

「上り坂で一メートルとしましょ。で、段差が一段二、三十センチとして三段で七、八十センチ。で、中の階段を一メートルくらいかしら。二メートル半あれば、一階分の高さが出来上がるわ。ということであの部屋は二階なの。

 おかしいと思ったのよ。お金持ちのお屋敷って聞いてたから、吹き抜けで高い天井にシャンデリアを想像してたのよ。けど、実際には普通の高さだったわ。一応吹き抜けにして、高そうな装飾とで誤魔化してたけどね。で、それでいて三階建て。おかしいとこだらけよ」

「でも、どうやって別館から本館へ死体を移したの?」

「ああ、それはね。私も康平も見落としていたっていうか、失念していたっていうか。「なぜ」を考えれば簡単だったんだけど」

「なぜって?」

「なんで、本館の三階と別館の二階が窓を通して繋がっていると思う? これは偶然の賜物?」

「偶然……じゃあねえよな。段数変えたり階段延ばしたりしてるもんな」

「そう、これは明らかに恣意的なものよ。ばれないように玄関側の面には窓がないしね。じゃあ、誰がこんな事をしたの?」

「それは、教授?」

「当たり。じゃあ、なぜ?」

「あ……」藤井が声を漏らした。

「……悪戯」怜奈が呟く。

「正解。では、何の悪戯?」

「もしかして……」二人が声を揃えて呟く。呟きで声が揃うのはかなりめずらしいのではないか。

「そう、死体の瞬間移動って所かしら? 結局生きてるんだけど。かなり馬鹿馬鹿しいわね。

 要するに、みんなが様子を見に別館の三階に上がっていったところで二階にいた教授がこっそりと本館に戻るのよ。もちろん良兄も三階に上がってからね。そして何食わぬ顔でみんなを迎える。

 鍵は必要なかったんじゃないかって推測もあったけど、みんなを足止めするために必要だったわね。

 で、最初のあの胸の包丁は作り物よ。服に血糊と柄をくっつけたのね。カーテンが閉まった後に着替えたんだろうけど」

「あ! そうそう、そのカーテンって何なの?」

「実はこのトリックのためには不可欠なのよ。これは教授が生きている事を前提としたものだから」

「どういう事?」

「最終的に教授は何食わぬ顔でみんなの前に現われるはずだった。ということは、教授は生きていた、自由に動けたわけ。って事は、この建物のトリックはそれだけじゃ意味を成さない」

「意味がわからん」

「考えてみて。普通の建物で同じ事をしてみてもできるでしょ? みんなが自分を発見してこっちに向かってくる。みんなが来る前に二階に降りて身を隠し、通り過ぎた後で本館に戻る。ね、できるでしょ? けど何の面白みもないでしょ? 

 だから、カーテンを後から閉めることで移動可能時間を減らしたのよ。あなたたちが来るまで私は動きませんでしたよって。ちなみにあれはリモコン操作よ。あの部屋には教授しかいなかった」

「ああ、なるほど。あ、でも何で悪戯のはずなのに本当に死んじゃったの?」

「途中で殺されたのよ。このトリックには二人の協力者が必要なの。一人は、後からカーテンが閉まってギリギリまで動きがなかった事を誰かに目撃させるために本館に客を引き止める役。もう一人は、別館三階のカーテンに近づかせない役。カーテンを覗かれたら、窓で繋がっていないのがばれちゃうからね。さて、その二人は誰だった?」

「結衣さんと柏田さん……」

「そう。結衣さんは良兄を引き止めたし、柏田さんは結衣さんと静江さんが危ないって言ってすぐに引き返させた。つまりこの二人が協力者で、このトリックを知っていた。これを利用して殺した犯人」

「共犯?」

「うん。実行犯は……。悪戯と同じように心臓に刺さなきゃいけないし、スタンガンで殺害した後、あの短時間でそこまで運ぶには結衣さんじゃちょっときついと思うわ。

 けど柏田さんも鍵を取りに行くっていう事で動いてたから、遅いとあやしまれるし時間ギリギリなのよね……。

 だけど、武術をやってたって言うし、鍵もあらかじめ玄関とかに隠して用意しておけば時間短縮になるから、柏田さんが実行犯かな。

 スタンガンで殺すまでが柏田さん、包丁で刺したのが結衣さん、って事も考えられるわね。血の処理とかが大変だし。

 犯行時に履いていただろう手袋とかも隠して後で処分する事はできたと思うわ。自分の屋敷なんだから」

「静江さんも、って事はないの?」

「教授の性格からして一人でも多く驚かせたいだろうし、静江さん本当に具合悪そうだったし、飲んだ薬に睡眠導入剤も入っていたから、ないと思うわ。具合が悪くなかったら、睡眠薬とかで眠らせてたんじゃないかしら。病院の薬に入ってたから手間が省けたのね」

「なるほどね」

「っていうのが私の見解なんだけど……」そう言って猪狩をチラリと見る。

「その通りなんじゃない? まあ、実行犯がどっちなのかっていうのは、難しい問題だね」

「なんで結衣さんと柏田さんは協力したわけ? それに実の父親を殺すほどの動機って?」

「さあ? けど、結衣さんは柏田さんの娘かもしれないよ」

「え!?」

「俺も、どうしてかなって思ってちょっと考えたんだけど。静江さんは昔かなり気の強い女性だったらしい。けど結衣さんが生まれたあたりから性格が一変している。それが夫以外の子どもを生んでしまった罪悪感からだったとしたら? まあ、考えすぎだと思ったんだけど、警察の報告書を見たら教授はB型でも、BB型だった」

「嘘!?」

「結衣さんはO型だ。静江さんはA型。BO型ならO型が生まれることもあるけど、BB型からは絶対にない。そして柏田さんはO型だ。今、DNA鑑定をしている所だと思うよ。

 どっちにしろ教授は知らなかっただろうけどね。 

 それにしても、育ての親を殺す動機ってのはわからないな。けど、柏田さんの方の動機ははっきりしてるよね」

「むしろわかんないわよ。だって、あんなに従順に働いてたのに」

「彼が仕えていたのは教授じゃなくて佐加田家だって事だよ」

「……ああ。遺産を食い荒らす二代目に嫌気がさしたって事ね」

「そういう事。とにかく、結衣さんが実行犯でも、柏田さんが実行犯でも二人が共犯なのは間違いないし。結衣さんが犯人なら柏田さんも犯人、柏田さんが犯人なら結衣さんも犯人。逆も裏も対偶も全部、真だよ。ああ、疲れたなあ。」そう言って缶ビールを飲み干した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ