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四章 publicな捜査

1、

「火事なら消防車を呼んでくれよ」

 パトカーから出てきた男が言った。どこかで聞いた事のある声、何度も聞く羽目になるとは。

「また君か」

「またあなたですか」

 彼の名前は伊勢浩太郎。道警の刑事で猪狩とは去年の夏に一度、秋に一度会っている。

「殺人だって聞いたけど」

「ええ、ややこしいですよ」

「殺人は何だってややこしいよ」そういうと他の捜査官と共に館へ入っていった。阿久津や瀬戸は他の捜査官に促されすでに館へと戻っていた。「君たちも早く入りな」

「また伊勢さんね。私たちも捜査・・がしやすいわ」すでに奈美香は好奇心で目を輝かせている。

「……早く入ろう」猪狩は失望の念でそれしか言えなかった。


 中ではすでに捜査員が忙しそうに動いている。大部分は二階にいるのだろう、猪狩と奈美香はそのまま左の応接間へ通された。そこには今日館にいた者全員が集まっていた。阿久津と瀬戸が伊勢に向かって何かまくし立てている。

「まあ、お二人とも落ち着いてください」伊勢は困惑の表情で二人をなだめている。

「全員そろったので改めましょう」伊勢は猪狩と奈美香の二人を認めると言った。

「では……。改めまして今回の事件を担当する伊勢と申します。よろしくお願いします。残念ながら皆さんの証言は不可解な所が多いのでもう一度順を追ってご説明願えますか?」

「だから!」阿久津が怒ったように言った。「別館の三階で殺された昌弘が消えて本館の二階に現われたんだよ!」

 立て続けに奇怪な出来事が起こったためだろう。阿久津はかなり取り乱しているようだ。

「そこをもう少し細かく説明してください。誰でもかまいません」伊勢はこういった、関係者が取り乱すという事に慣れているようで、冷静に対応している。

 しばらくの沈黙の後、木村が遠慮がちに口を開いた。

「じゃあ、僕が……。今日は教授が年に一度開いているパーティーでした。そのパーティーが終わったのが八時半頃でしょうか。よく覚えていません。そのあとは各自、自由にしていました。それで九時頃だと思いますが、これも良く覚えていません。結衣さんの悲鳴が聞こえたんです」とここまで説明した。伊勢は手帳にメモしている。

「確かに九時頃でした。お嬢様の悲鳴が聞こえる少し前に時計を見ましたから。八時五十五分でした。その後、そんなに経っていなかったので九時にはなっていなかったと思います」柏田が補足した。

「それで、僕は部屋にいたのですが、部屋からすぐに出ました。三階にいた皆さんも出てきたと思います。廊下で結衣さんがうずくまっていました」

「ちょっと待ってください。その時三階にいたのはどなたですか?」伊勢が木村の説明を遮って質問した。猪狩、奈美香、阿久津、瀬戸がそれぞれ応答した。伊勢はそれも手帳に書き込む。

「それで、結衣さんが別館の方を指差しました。窓から教授の姿が見えたんです。心臓を刃物で刺されていました。慌てて皆さんが別館へ向かいました。ただ僕と結衣さんは残りました。ずっとうずくまっている結衣さんを一人残していくのは忍びないと思ったので」

「結衣さんはどうして別館に気がついたんですか?」伊勢が結衣に質問する。

「はい……。私は矢式さんの部屋に行こうとしたんです。ただ、猪狩さんの部屋から声が聞こえたのでそちらに行きました。その時、窓は真っ暗でした。で、部屋から出たとき、階段とは反対方向でしたけど、廊下の奥の窓から別館の明かりがついているのが視界に入って、それで……」そう言うと結衣は俯いてしまった。なんとなく気まずい雰囲気が流れる。

「……では」伊勢が咳払いする。「別館に向かった方、どなたか説明してください。」

「私はお嬢様の悲鳴が聞こえた後、三階に行こうとしたところで皆さんと合流しました。事情を聴いて別館へ向かいましたが、三階の部屋には鍵がかかっていました。普段はそんなことないのですが……。それで私が鍵を取りに戻りました。その時木村様とすれ違いました」

「? 木村さんはなぜ別館に向かったのですか」

 結衣を一人にしないように残ったのに別館へ向かった事に疑問を感じたらしい。

「ああ、忘れていました。みんなが出て行った後、カーテンが閉まったんです」

「カーテン?」

「ええ、それで中にまだ誰かいるんだと思って、知らせた方が良いとおもったんです」

「そのとき結衣さんはどうしましたか?」

「自分の部屋に行きました……」結衣は俯き加減で答えた。

「何か聞こえたとか、気になった点はありませんでしたか?」

「いえ……。気が気じゃなかったものですから、何も気づきませんでした。けど大きな音だったら気づいたと思うので、何もなかったと思います」

「そうですか。では、柏田さん。鍵はどこにあったのですか? そのとき、不思議な点は?」

「鍵は昌弘様の部屋にいつも置いております。取りに行ったときはまだ何もございませんでした」

 まだ・・何もなかったというのは教授の死体がなかったという意味だろう。

「そのまま、別館へ行き鍵を開けましたが、誰もおりませんでした。そのとき、本館の方に奥様とお嬢様しかいないことに気づいてすぐに戻りました。そこで……」そこで柏田は言葉を詰まらせる。

「教授の遺体を発見しました」奈美香がその後を補った。彼女の性格からして、発言したくて仕方がなかっただろう。

「……まことに不可思議な事件ですが、今はそれを鵜呑みにしましょう。では最後に被害者を見たのはどなたでしょうか?」

 誰も反応しなかった。最後に被害者と会ったのならば疑いを向けられるのは当然なのだから仕方ない。それとも誰も心当たりがないのか。

「私が最後に見たのはパーティーが終わるときです。その時は皆さん一緒でした」やがて奈美香が説明した。

「では、パーティー以降、つまり八時半以降にあった方は?」

 また誰も反応しない。お互い顔を見合わせたり首を振ったりしているが、教授を見た者はいないようだ。

「ではみなさん、八時半から九時までの間、どこにいましたか? 何も皆さんを疑っているわけではありません。形式的なものですので、よろしくお願いします」

 気を立てないようにするためにあらかじめ「形式的なもの」と説明したようだ。それでも阿久津は気に入らないようだったが、渋々応じた。

「俺は京子と一緒にいたよ。俺の部屋で昔話をしてたんだ」

「昔話なら被害者を誘わなかったんですか?」

「いなかったんだよ! それにあいつとは毎年顔合わせてるからな」

「私はパーティの後片付けをしていました」今度は柏田が話し始めた。「手伝いの者と二人でした。ある程度目処がついたので、残りを任せて二階へあがった所で悲鳴を聞きました」

「僕は自分の部屋にいました」と木村。

「私もです。自分の部屋にいました」結衣が続ける。

「私たちも部屋にいました。二人一緒です」奈美香も猪狩を示して説明した。

「私は……」静江が話し始めた。「体調が優れなかったもので、パーティーの途中から部屋で休んでいました……」

 今は自分の夫が亡くなったこともあってかなおさら顔色が悪い。

「わかりました。ご協力ありがとうございます。これから個別にお話を聞きたいと思います。その他の人は、しばらくは自分の部屋でお休みになって結構です」


2、

「でさ」猪狩は言った。「なんで俺の部屋に来るの? 自分の部屋行けよ」

 個別の聴取を終えた後に、奈美香が猪狩の部屋に入ってきた。聴取は阿久津の次で、「何回も同じ事聞きやがって! さっきも答えたじゃねえか!」と愚痴をこぼしていたのを聞いた後で若干気が重かったが、伊勢に全体での聴取で話した事を確認されただけで終わった。

 これも一応「同じ事を聞かれている」事になるのだが、明らかに便宜が図られている。

 猪狩としては、伊勢がなぜここまで自分を贔屓するのかはわからなかったが、面倒事が一つ減ったので気にする必要はないという結論に達した。

「いいじゃない、別に」奈美香は当然とばかりに言った。猪狩は不満げである。「ところで、何かわかった?」

「静江さんと結衣さんにはアリバイがないね。けど、どっちにしろ不可能だろ」

「だから、何かトリックがあったのよ!!」奈美香は語気を強めて言った。猪狩がやる気を出さないのが不満らしい。

「そもそも、現に起こってしまったのだから仕方がないけど、ああいったトリックを実行するのはかなりハイリスクなんだ。手間もかかるし、成功するかもわからない。不測の事態に対応できないし、痕跡が残る。前の事件のときにも言ったけど」

「でも、現実に起こってるじゃない」

「そう、そこが解せない」

「解せないって、わかんなくたって実際に起こってるんだから、どうやったかを考えなきゃ。そもそも、何か思いついてたんじゃないの?」

「いや、あれじゃ全く説明できない」

「でもわかってることはあるんでしょ?」

「それを言ったら先入観となってお前の思考を狭めるよ。実際俺もそこで思考が止まってる。」

「うーん」納得していないようだったが、奈美香はそれ以上追及してこなかった。

「けど、犯人が別館を壊したって事は、考えが合ってるのかなあ?」猪狩は首を捻る。しかし、すぐにいつものように言った。「まあ、何度も言うけど警察に任せればいい」

猪狩の言葉に顔をしかめる奈美香だが、何か思いついたようで、ニヤニヤ猪狩の方を見ている。

「やっぱり、伊勢さんに詳しい話を聞く必要があるわね」楽しそうに奈美香が言った。

「は?」

「はい、レッツゴー!」奈美香は満面の笑みでビシッとドアを指差す。

「嫌だよ!」

「はい、文句言わない。ゴーゴー!!」

 そう言って猪狩を部屋から追い出した。


「だからぁ、行きたきゃ勝手に行けって!」

「あんたがいた方が、都合がいいのよ」

「だいたい、まだ聴取中だろ」

「大丈夫よ。私が最後だったから」

 そんなこんなで、二階へと降りていく、鑑識などの捜査官が大勢いる。最初二人を見ても一階に行くのだろうと、皆そのまま作業に戻ったが、その場に立ち止まる二人を見た一人が近寄ってくる。確か、伊勢の部下で池田という名前だったはずだ。

「あの、どうかしましたか?」池田が未だに新米の雰囲気から脱し切れていないあどけない顔で聞いてきた。

「伊勢さんいらっしゃいますか?」奈美香が答える。猪狩はまだふて腐れている。

「ちょっと待ってください」彼はそう言うと奥のほうへ向かった。少ししてかわりに伊勢刑事がやってきた。

「どうしましたか? って。ああ、君たちか。事件について知りたいのかい?」伊勢は猪狩だと知ると言葉を崩した。

「はい、康平がどうしても知りたいって」

「言ってない」

「うーん」伊勢は考える仕草をする。「教えたいのは山々なんだけど、あくまで君たち一般人だからね。詳しいことは話せないけど、それでもいいならどうぞ」

「被害者の死亡推定時刻は?」奈美香が質問する。

「うーん、それくらいなら。八時半から九時半の間だよ。つまり、参考にならない」

「死体に不思議な点は?」

「微妙な質問だね。答えていいのかなあ」伊勢は首を傾げる。「って言っても検死待ちだけどね。教えれるかどうかは微妙」

「そうですか……」奈美香は次の質問を考える。「二階の窓の鍵はかかってましたか?」

「ああ、かかっていたよ。三階もね。けど、騒ぎに乗じて閉めることはできただろうしね。窓近辺からはまだ何も見つかっていないよ」

 奈美香は考え込む。

「鍵はどこにあったんですか?」今度は猪狩が質問する。

「教授の部屋だよ。聞いてなかったっけ?」

「いや、そうじゃなくて。部屋のどこに?」

「ああ。机のすぐ上の壁に引っ掛けてあるんだよ。結構わかりやすい所だよ」

「そうですか。それと、教授は心臓を一突きにされていたんですよね?」猪狩が続けて質問する。

「ん? そうだけど」

「という事は正面から刺されたんですよね? 抵抗した様子はありませんでした?」

「ああ、いいところに気づいたね。君の想像通りだよ」伊勢は感心したように頷いた。

「ありがとうございます」猪狩は一礼すると踵を返して階段を上って行った。

「え!? あ、ちょっと待ってよ!!」


3、

「ねえ、どういうこと?」奈美香はたまらず聞いた。

 二人は再び猪狩の部屋にいた、猪狩は若干の抵抗を見せたが押し切られた。

「心臓を刺すにはどうしたらいいと思う?」

「え?」

「正面から刺すだろ?」

「当たり前じゃない。それがどうしたのよ? どう考えたって顔見知りの犯行なんだから別に抵抗の跡がなくてもいいんじゃない?」

「じゃあ、質問。顔見知りだとしてもどうやって刃物を相手に見せずに近づく?」

「ああ、そうか……」

「でも、何の抵抗もさせずに心臓を刺す方法はある」

「あ! 相手を眠らせるとか気絶させるとかね。事前に睡眠薬を飲ませたか、何かの薬品、たぶんクロロホルムとかかしら? それを嗅がせるとか。スタンガンを使うっていう手もあるわね。刃物と違ってポケットに隠したまま近づけるし」

 見たところ教授を刺した刃物は包丁のような大きな物で、ナイフと違ってポケットには隠せなかっただろう。

「そう。けどなぜそこまでして心臓を刺したのか?」

「うーん……。なんで?」

「わからない。けど、事件を解く糸口にはなる。」

「でしょうね。とりあえずそれは置いておきましょ。今のところの最大の問題は、鍵のかかった部屋からどうやって本館に運んだのか、ね」

「運んだ後、鍵をかけたかもしれない」

「でも、あたしたちが部屋に行くまで五分とかからなかったのよ?」

「あの部屋の鍵が来るまで、中から物音がした?」

「いや、しなかったけど」

「だったら同じ事だ。俺たちが着いた時にはもう死体は消えていた。その間の五分、いや二、三分で事をやってのけたことになる。順序が逆でも困難な事という意味では同じだ。」

「うーん……」先ほどから奈美香は首を捻ってばかりである。

「とりあえず、寝たいんだけど」

「は?」

「だから、寝たいんだよ。今ある情報だけじゃどうしようもないだろ」猪狩は目を細め、眠たそうな目で訴えた。

「あっそ、じゃあ、オヤスミ」そう言って奈美香は部屋を出て行った。

 奈美香が出て行くと猪狩は一息ついた。

 思考を元に戻す、という表現がある。思考があらぬ方向に向かっていったときに使う言葉、つまり人間の思考は本人の意図とはかけ離れて動く事があるということである。

 例えば、考え事をしていたら樹形図のように派生していき、本筋からずれてしまったり。

 例えば、すべき事があるのに、別の事を考えてしまったり。

 

 例えば、本当は警察に任せたいのに、事件のトリックを考えてしまったり。


 いや、どちらが本心なのだろう。人間は自分を完全に理解できるほど性能が良くない。けどそれは自己を護るためなのかもしれない。

心理学を学んだ人間は、自分の行動、心理を理解できるがゆえに自己嫌悪に陥る事があるという。

自分を理解できないがゆえに自分を保つ事ができる。なんと皮肉なことではないか。人間は他人と接触し理解しようと試みる。しかし自分のことなど少しもわかっていないのだ。  

 ほら、また話が逸れた。これは例①だな。思考を元に戻そう。

 結局、どちらが本心なのか、考えているうちに猪狩は眠りについた。


4、

 翌朝、特に変わったことは起きなかった。朝食を食べた後、警察に軽い取り調べを受け、連絡先を聞かれ、また連絡する事があると説明を受けた。それから、木村一行は車で帰る事となった。奈美香がいろいろと事件の事を話していたが、もちろん解決するはずもなかった。

「うーん、何かないかしら?」奈美香は首を捻って懸命に考えている。

「さあ、それにしても考えすぎじゃない?」

「いいのよ、これくらい」

「奈美香も僕くらい大雑把に生きればいいのに」木村は欠伸をしながら言った。たいして謎解きに興味はないようだ。

「良兄はいい加減すぎ!」

「O型だからね」開き直るように、はははと笑う。

「血液型と性格の関係は科学的に証明されてないわ」

「僕はあると思ってるけど。じゃあ、教授は何型だと思う?」

「……B型」自分で言っておいて容易く予想できたのが悔しいのだろう、憮然として答える。

「わかってるじゃん。ちなみに静江さんもわかりやすいよ」

「A型?」

「当たり。結衣さんはわかりにくいかな? O型だよ。たしか柏田さんはA型で、牧田さんはAB型だったかな?」

「牧田さん?」

「ああ、もう一人の使用人だよ。柏田さんと後片付けをしていたっていう」

「ああ、そう」

「奈美香はB型?」

「失礼ね! A型よ!」

「それってB型に失礼だ」猪狩が後ろから口を挟んだ。

「あら、ごめんなさい。B型の猪狩くん」

「そうやってB型はいつも蔑まれるんだ」そう言って舌打ちした。


「ありがとうございました」猪狩は木村に礼を言った。先に奈美香の家に着いたので車には木村しかいなかった。

「うん、じゃあ学校で」

 家に着くと蓄積された疲労が一気に襲ってくる。朝だというのにもう休みたい気分だ。しかし、なんだかんだで日常に戻れる。

「ただいま」

「お帰り」母、涼子が迎える。父、勉は日曜だが仕事に行っていて、いない。

「パーティどうだった?」

「散々だった」

「どっかで聞いた台詞ね」涼子はクスクスと笑っている。自分の息子が殺人現場に遭遇したなど夢にも思っていないだろう。

「タウンページはいらないよ」

 よくもこんな皮肉が出たものだ、と夏の事件を少しだけ思い出した。


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