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陽気な訪問者(テオドール視点)

舞踏会の翌日も、テオドールは公爵家の跡取りとしての務めを欠かさず、格式ある社交の場に顔を出した。

だが、以前のように優雅に微笑み、令嬢たちと楽しげに会話することはなかった。


冒頭で主催者に軽く挨拶を交わし、乾杯の儀式を終えると、さっさと控え室へ退いてしまう。

誰とも踊らず、言葉も交わさない。


そんな様子が何日も続くと、社交界のあちこちで様々な噂を生んだ。


「前の婚約の件で、結婚そのものに慎重になっているのよ」


「恋人でもいるんじゃないかしら?身分違いの相手とか」


「親族の間で意見が割れていて大変みたい」


「本当はもう決まってるのよ。ただ、発表してないだけで」


「…もしかして、男性が好きとか?」


周囲のざわつきは日ごとに増していったが、シャルヴァン公爵家は一貫して沈黙を守り続けていた。

どんな憶測が飛び交おうと、どんな噂が広まろうと、まるでその騒ぎには何の価値もないと言うかのように。


婚約者候補の家々は、日に日に募る期待と不安を胸に抱えながらも、公の場ではあくまで平静を装い、公爵家の出方を固唾をのんで見守っていた。



そして夜会から一ヶ月が過ぎた。



シャルヴァン家の別邸は、閑静な並木道に面している。

書斎の窓辺では、テオドールが湯気の立つカップを手に、来訪者を待っていた。


控えめなノックが響き、「どうぞ」と声をかけると、ジュリアン・ド・モンリヴォーが、小気味よいリズムを刻みながら姿を現した。


「お待たせ。元気にしてた?」


テオドールは軽くうなずき、向かいの椅子を手で示す。


「報告を聞こう」


ジュリアンは椅子に腰を下ろし、肩をひとつすくめた。


「あの娘ね、強敵だったよ。礼儀も言葉遣いも申し分なし。物腰も柔らか。友好的ですらある。でも、まったく懐には入らせてくれなかった。“氷”というより、“静かな湖”って感じかな」


「ずいぶんと気に入ったようだな」


「…うん、すごく。こっちの意図は全部わかってるのに、あくまで礼を欠かさず、綺麗にかわしてくる。手応えがなさすぎて、ちょっとムキになったよ」


「ふむ」


「いい娘だよ。細かいことは、これにまとめてあるから」


ジュリアンは、封筒を差し出した。テオドールが中身に目を落とすと、ふっと息を漏らす。


「……曲まで作ったのか。あの娘に?」


「笑うなよ。返事ももらえなかったんだ。けど、いい曲になった。次の演奏会で弾く予定さ」


テオドールは喉の奥で小さく笑った。


そのまま報告書を冷たい目線で追うテオドールに、ジュリアンが少しだけ真面目な声音で語りかけた。


「なあ、テオドール。そんなに神経質になる必要、ないと思うよ」


テオドールはチラリとジュリアンの方を見るが、報告書にまた目線を落とす。


ジュリアンは続けた。

「前の婚約者――フローラ嬢は、かなり特殊なケースだった。あんな形で破談になることの方が珍しい。婚約が進まないせいで、良くない噂や憶測も飛び交ってる」


テオドールはその手を止め、諭すように話す。


「噂や憶測など放っておけばいい。フローラについては、貴族令嬢としての素養はあったが、公爵家の婚約者としては、底が浅く、足りなかった。それだけのことだ」


「……テオドール」


「過ぎたことだ。これ以上、語る価値もない」


テオドールは、報告書を何度も読み返しながら、カップの紅茶を飲み干す。


「アリシアは、美術には関心がないのか?」


「さあね、でも音楽やオペラなんかに比べたら、その類の話にはあまり興味を示さなかったよ」


「そうか…」


彼は、報告書を綺麗に揃えなおし、封に入れてしっかりと閉じると、心のなかで言った。


ーーーアリシア、合格だ。


テオドールは、机上の便箋に手を伸ばし、筆を走らせ、封筒に収めると、使用人を呼び手渡した。


「公爵邸へ。至急」


使用人が一礼して去ると、彼は背を椅子に預け、ふうと息を吐いた


「さて、僕の出番はここまでだね」

ジュリアンは、一仕事終えたといわんばかりに、肩を回す。


「感謝する」


「ほう…?それなら報酬をもらおうか」

いたずらっぽく言って、ジュリアンが立ち上がると、壁際の小さなテーブルに置かれた木箱を指さす。


「この間貸してもらったトランプ、まだある?」


「あるが、…今?」


「今!!。勝ち逃げは良くないよ、テオドール」


苦笑しながら、テオドールは立ち上がり、木箱を開けてカードを取り出した。

机の上にトランプを広げながら、ジュリアンがつぶやく。


「レオノーラ嬢はどうするの?」


「レオノーラ嬢?なぜた。周りが勝手に祭り上げているだけだろう?」

カードを切る手を止めずに、テオドールも応える。


「そうなんだけどさ、彼女じゃないって知れたら、また一悶着起きそうじゃない?」


「だとしても、公爵家とは関係ないことだ」


「まぁ…、そうなんだけど…ね…」


「はじめるぞ」


カードが配られゲームが始まると、二人の間に、さっきまでとはまるで違う、気さくな空気が流れた。

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