表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/43

ピクニック

翌朝、アリシアがミーナと身支度を整えていると、部屋の扉が2回ノックされた。


ミーナが「はい」と返事をしながら扉へ向かい、外の誰かと小声でやり取りを交わす。


扉を閉めたミーナは、嬉々としてアリシアのもとへ戻ってきた。


「テオドール様から、本日、公爵家の中庭でピクニックを──とのお誘いがありました」


「テオドールから?」


「はい、公爵家からのご使者がお返事を待っておられます。どうされますか?」


期待に目を輝かせながら、ミーナが問いかける。


(昨日会ったばかりなのに……)


「伺うとお伝えしてくれる?」


「はいっ!」


返事を聞くなり、ミーナはスキップしそうな勢いで扉へ向かい、小さなやり取りを交わす。


「十一時ごろにお迎えにくるそうですよ」

手を胸の前で組み、夢見る乙女のような表情で、ミーナがうっとりと言った。



(相変わらず、楽しくて忙しそうね)



*****


階段のおどり場から、テオドールの姿が見えた。

ピクニック用のラフな装いのせいか、いつもより落ち着いて見える。

——そういえば、彼がよくする、つま先で床を鳴らす仕草がない。


アリシアの姿を見つけると、テオドールはまぶしそうに目を細めた。

その表情が、胸の奥をほんのり温める。


駆け寄りたい気持ちをなんとか抑えて、足早に階段を下りる。

でも、おりきっても足は止まらず、気づけば、そのまま彼の方へ向かっていた。


「こんにちは、アリシア」

真っ直ぐにアリシアを見つめる瞳は、紛れもなく彼女を映していた。


(今日の彼は、どうしてこんなに優しい瞳をしているんだろう)


「こんにちは、テオドール」


理由なんて、どうでもよかった。

ただ、いまの幸せな気持ちのまま、挨拶を返した。


*****


馬車の中、ふたりは、お互いの手を間に重ね、並んで座る。


窓の外を眺めながら、馬車の揺れに身をまかせる。

ときおり視線が合うと、静かに微笑みあった。


テオドールは何度か、何かを言いかけては、唇を閉じた。


(何か、伝えたいことがあるのね…)

アリシアは、彼の心が整うそのときを、待つことにした。


*****


公爵家の中庭に着くと、庭の中央に立つリンデンの木のもとへ案内された。

枝を大きく広げた木は、やわらかな木陰を作っていて、淡い花がほのかに甘い香りを運んでくる。


その先に、白い花々が風にそよいで波打っていた。


一面に広がり、咲き誇るかすみ草の花畑。


陽の光を受けてきらめくその光景に、アリシアは思わず息をのんだ。


「好きだったろう?」

隣でテオドールが言った。

「庭師に頼んで、育ててもらったんだ」


「ありがとうございます」

テオドールを見ると、いつになく柔らかな表情で、かすみ草畑を見つめている。

(この人は——この人なりに、私を大切に思っていたのかな……)


アリシアは、再び目の前に広がる、緑の絨毯に白いベールがかかった美しい景色を、満たされた気持ちで見つめた。


木漏れ日の下に敷かれたシートの上に、お弁当を挟んで座った。


テオドールは、ぱたりとシートに寝転び、こもれびを見上げながらぽつりと言った。


「ジュリアンに、キスされたそうだな」


思いがけない言葉に、アリシアは驚いて跳び上がりそうだった。


「…安心しろ、俺もだ」


そう付け加えたテオドールの不機嫌そうな顔に、アリシアは思わず吹き出してしまう。


「君は、そんなふうに笑うんだな」


「知りませんでしたか?」


「…ああ」


彼に何があったのかは、わからない。

けれど、これまでとは違う――私を真っ直ぐに見つめる瞳が、そこにある。


それだけで、十分だった。


人にはそれぞれ、自分だけで抱えている何かがある。

そして、ふとした拍子に、それを手放したり、変えたりするものだ。


アリシアがそうだったように


「君を不安にさせて、すまなかった」


テオドールはまっすぐに彼女をみつめ、言葉を選ぶように間を置いた。


「…今までのことを、うまく言葉にするのは難しい。けれど――」


テオドールの瞳には、等身大のアリシアが映しだされている。


「君を初めて見たときから、ずっと、惹かれていたんだ」


「テオドール……」


「キスしていいか? 婚約者さん」


アリシアは、潤んだ瞳で弱々しく頷いた。


「目を閉じろ」


唇がふれあい、そっと離れる。


アリシアは、彼の温もりをもう少し感じていたくて――

「…もう一度」

とすがるように囁いた。


テオドールはふっと笑い、優しく目を細める。


そして今度は、ぎゅっと彼女を抱きしめて、深く、長くキスをした。


それから、何度も、何度も。

まるで時間さえ忘れるように、飽きるまでキスを重ねた。


やがてふたりは、寄り添いながら、眠りに落ちる。


午後の散歩に出た公爵夫人が、眠るふたりを見つけて「まぁ」と嬉しそうに目を細めた。


ドレスの裾をひるがえし、スキップで屋敷へ向かう夫人を、執事が顔を青くして追いかけていった。




今までお付き合いくださりありがとうございます。

いいねや、感想、評価、とても嬉しかったです。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ