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画家のアトリエ①

数日後、アリシアのもとに、王立美術アカデミーからの青い書簡が届いた。


「レムス・ジョル氏は、肖像画の依頼は現在受け付けておらず、ご希望には添えないとのことでした」


机上の手紙を見つめ、アリシアは小さくため息をつく。

それでも諦めきれず、再び便箋を取り出した。


「せめて、レムス・ジョル氏のアトリエを見学させていただくことは叶いませんでしょうか」


数日後、再び青い封筒が届く。


「レムス・ジョル氏は、当アカデミーの会員ではございません。

今後の依頼および連絡は、直接当事者同士で行っていただきますようお願い申し上げます。

レムス・ジョル氏の連絡先を記載いたします。


王都 ウィロウ 南区 フェルブール通り 第四十七番館、銀の竪琴工房の隣」


アリシアは、思わず唇に微笑を浮かべた。


(首都にアトリエがあるのね……ここなら、尋ねることができる)



*****


フェルブール通りは、石畳の狭い路地に木造の家々が肩を寄せ合う職人街だ。

革細工、ガラス工房、金具職人の店が軒を連ね、昼間は金槌やノミの音が小気味よく響き、窯の熱と油の匂いが空気を温めている。


その奥まった一角に、色あせた緑の鎧戸と古びた木の扉を持つ、二階建ての画材を扱う店があった。

扉を開けると、チョーク炭と油絵の具の匂いが漂ってくる。


アリシアとミーナが中に入ると、人の良さそうな店主が奥から姿を見せた。


「何かお探しですか?」


「ええ。レムス・ジョルという画家のアトリエがあると聞いてきたのですが…」


「ああ、レムスさんのお客さんか。珍しいな。アトリエなら、ここの二階だよ。ほら、あそこの階段から行ける」


そう言って、店主は奥の階段を指さした。


アリシアがお礼を言いかけると、店主は少し申し訳なさそうに付け加える。


「ただ、今日は留守だね。あいつが来るのは決まって火曜と金曜の午前なんだ。日が昇るころにはもう来てるだろうよ」


「そう、ですか」

アリシアは視線を階段にやり、小さくため息をつく。


「あの…驚かせたいので、もし彼に会っても、私が来たことは内緒にしていただけますか?」


「ほう?お嬢さん、あいつの『いい人』かい?」


アリシアは否定も肯定もせず、静かに笑みを浮かべた。


「そうかい、そうかい。そんな野暮はしないさ。内緒にしておこう。まさかあいつに、こんなきれいなお嬢さんがいたとはな」


帰り道、ミーナが不満そうにアリシアを見る。


「どうして、あんなこと言ったんですか?」


「あんなことって?」


「画家さんのいい人だなんて!」


「私は何も言ってないわ。『内緒にしてくれ』と言っただけよ」


「でも店主さん、完全に誤解してました!」


「そうかしら?」


「そうです!」


「気のせいよ」


「気のせいじゃないです!」


肖像画の依頼も断り、奥まったこの場所で、週に二度だけ、隠れるように絵筆を取る人。


アリシアの来訪を知れば、レムス・ジュルは身を潜めてしまうだろう。


どんな手を使ってもフローラへとつながるこの細い糸を、断ち切るわけにはいかなかった。



*****


火曜日の朝。


アリシアとミーナの姿を見つけた店主は、にっこり笑ってウィンクをし、親指を立ててグッドサインを送った。


さらにその親指で2階へ続く階段を指さす。


(あの人がいるのね)


アリシアは少し照れながらも、店主に合わせて小さくグッドサインを返した。


「ミーナ、ここで待っていてくれる?」

店主に聞こえないよう小声で伝える。


「えっ?ダメですよ!男の人と二人きりなんて、ダメです!」

ミーナも小声で返事をする。


「お願いよ」

アリシアは少しだけ険しい顔をして、語気を強める。


すると、リサは頬をぷくっと膨らませ、負けじと険しい顔を返す。


アリシアは小さくため息をつき、視線を街並みに移した。

数軒先の角に、小さなパン屋が見える。


「うーん…じゃあ、帰りにクロワッサンを買っていくのはどう?食べてみたいって言ってたでしょう?」


「えっ、クロワッサンですか!?」

ミーナの目がキラキラ輝き、身を乗り出した。


アリシアは、勝ち誇ったように口元を緩めた。

「決まりね」

アリシアは二階へ続く階段を、一人で、軽やかに上っていった。


階下にポツンと残されたミーナは、呆然とその背中を見つめていた。

「食べ物で釣るなんて、ひどいです……」

けれど、クロワッサンのことを思うと、動くことができなかった。

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