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結婚式の衣装デザイン① テオドール視点

「……どれも美しいですね」


広々とした公爵邸の応接間の大きなテーブルの上には、華やかで多彩なドレスのデザイン画が整然と並べられていた。


アリシアはデザイナーが持参したそのサンプルたちを一枚ずつ丁寧に吟味している。


「今季の流行を意識したものと、伝統的な様式を踏襲したもの、どちらも取り揃えております。お好みのものは、見つかりましたか?」


「良いものが多くて、選ぶのが大変だわ」


アリシアは頬を緩めながら、隣にいるテオドールへ視線を向ける。


「テオドールはどうですか?」


テオドールは、椅子にもたれたまま、テーブルの上に広がるデザイン画をひと通り見回した。

「ドレスには詳しくないが、君には落ち着いた上品なものが似合うと思う」

「それでしたら、このあたりがおすすめかと」

デザイナーが一枚のデザイン画を手に取り、二人の前に差し出す。


流れるようなドレープに控えめな光沢を湛えたクラシカルなドレス。裾に広がる刺繍が、上品な存在感を放っていた。


「素敵ね。テオドールはどう思う?」

「……ああ、綺麗だな」

「では、これを軸に何点か描いてくださる?」

「もちろんでございます。お色目はいかがなさいますか?」

「夜に映えそうなデザインだから、藍色をベースにしようかしら」

「かしこまりました」


さらにアリシアは、別のデザイン画に目を留めた。

「この形も素敵ね」

「でしたら、水色やラベンダーなどの淡い色もよく合います」

「どちらもお願いしても?」

「喜んで承ります」


テオドールは、そんなやり取りを黙って見守っていた。 視線が合うたび、アリシアは同じ微笑みを返す。 笑顔も所作も声のトーンも、全てが一定で、安定感さえあった。


布地の見本帳をめくっていたアリシアの手が止まり、ある一枚の白いレースに指先を沿わせる。


「かすみ草のレースなんてあるのね」

「はい。ひとつひとつは小さなモチーフですが、連なると可憐で上品なレースになります。隠れた人気素材です」

「ウェディングドレスに使ってほしいわ」

「素晴らしい選択です。他にも薔薇や百合を模したレースもございますので、そちらでもご提案可能です」

「ええ、お願いします」

「承知いたしました」


しばらくして、アリシアはテーブルに両手を軽く置き、小さく息をついた。

「こんなところかしら……」

「現在、ウェディングドレスを三点、カラードレスを九点。計十二着の候補デザインを作成させていただく予定でございます」

「これだけあれば、十分よね?」

「だろうな」


デザイン案が出揃った後、マノンや公爵夫人の意見も取り入れ、最終的な衣装を決定する予定だった。 デザイナーはスケッチや見本帳を手際よく片付け、深く一礼する。


「本日ご相談いただきました十二枚のドレスデザイン、およびそれに合わせた礼服のご提案が整いましたら、改めてお届けいたします」

「ええ、ありがとう」

「ご苦労だった」

「光栄にございます」

デザイナーが下がり、扉の外で控えていた執事が合図を送る。


まもなくすると、侍女がワゴンを押して室内へと入ってきた。

侍女は、三段のティースタンドを中央に置くと、ふたりの前に甘い香りの漂うカップを配った。


「ホットチョコレート…」

「頭を使って、疲れたろう」

「そんな。楽しい時間でした。サンドイッチもお茶菓子も、私の好きなものばかりね…。ありがとう、テオドール」


感謝と喜びを伝え微笑む彼女を見て、テオドールは敗北感を覚えていた。

あからさまに用意した好物も、彼女の調子を1ミリたりとも乱すことが出来なかったからだ。


アフタヌーンティーのあと、彼女の希望で中庭を散歩する。

中庭には、色とりどりのビオラやラベンダーが風に揺れ、若葉がやわらかに枝を満たしている。

庭の中央にあるリンデンの木は、まだ淡い緑の若葉が揺れており、その下に立つと、陽射しがほどよく和らいだ。


「緑が、美しいですね」

アリシアが眩そうに庭を見つめる。

テオドールは、彼女の肩をそっと引き寄せた。

彼女は、彼の動きに身を預けるように従い、また同じ顔で微笑む。


そこには、拒絶も、戸惑いも、恥じらいも、何も、ない。


(お手上げだな…)


熱くも冷たくもならない彼女の理想的な温度感が、テオドールから苛立ちすら奪い、深い諦めを抱かせる。

(この女は、喜怒哀楽を一体どこへ置いていったんだ…)

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