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筋書きを作る側、踊らされる側

やわらかな朝の光がカーテン越しに差し込むなか、アリシアは自室のソファに腰かけ、新聞を広げていた。


一面には、ブリュレとカリントの両国民から喝采を浴びるフィリップ殿下の肖像。大きな見出しには、誇らしげに『偉大なるフィリップ殿下』と書かれている。


ヴィクトリア王女の不貞事件により、急きょブリュレ王国へ向った殿下は、今や時の人だった。

事件の代償として、ブリュレ王国は長年の争いの火種だった国境地帯を手放し、今後十年、争いを起こさない条約に同意した。


さらにフィリップは、王女や従者を責めるどころか、「愛を貫いた者たち」として彼らを擁護するような態度を貫いた。


そのおかげで二人は、国外追放とはなったものの、命までは奪われずに済んだという。

寛容なその態度に、ブリュレの人々は深く心を動かされ、人気はうなぎ上り。


(凄い人ね…、こんなことまでチャンスに変えてしまうなんて…)

肖像画を見つめながら、素直に称賛できない自分に、アリシアはため息をついた。



拭いきれない、違和感があった。



宿屋での密会――

ヴィクトリアは、なぜ人目を忍んで郊外の宿屋に向かったのか。

従者とだけなら、城の中で会えるし、リスクも少ないはず。宿屋に行く意味が、どうしても分からなかった。


国外追放――

従者への処分なら理解できる。

でも王女まで野に放つなんて、あまりに危うい。血筋ゆえ、誰に利用されるか分からない。普通なら、監視の行き届く修道院に送られるはずだ。



アリシアは紙とペンを取り、頭のもやもやをひとつずつ書き出した。

登場人物には、記憶に残る姿や特徴を添えながら、ひとりひとり描いていく。


ふと、ある人物の似姿を描き始めたところで、手が止まった。


(あ……)


頭の中に浮かぶその姿を思い出しながら、丁寧にペンを走らせる。線を重ねるごとに、その容貌がはっきりしていく。


(あの青年だ……)


ヴィクトリアの隣に立っていた、浅黒い肌の青年。

そして、公爵邸の離れで見かけた、白い肌と栗色の髪を持つ青年。


(……肌の色が違ったから、気づかなかったんだ…)


それでも、二人の輪郭は驚くほど似ていた。


(兄弟? それとも従兄弟? でも、きっと近い血縁関係のはず……)


カリカリとペンが走る音だけが静かな部屋に響いた。


そして最後に、アリシアはその名前を書いた。


テオドール・ド・シャルヴァン


舞踏会の夜、命令のように放たれた彼の言葉も添える。


『王太子の前では、必要なこと以外、話すな』

『ヴィクトリア様とは、距離を置け』


(……もし、この一連の出来事が、誰かの筋書き通りだとしたら……)

アリシアは名前を四角く囲み、ペンを置いて目を閉じた。

(テオドールも、きっとそれに関わっている……)



*****



「結婚式で出す予定のお茶です」

アリシアは淡いピンクの薔薇が描かれたカップを、テオドールの前に置いた。

「口当たりが良くて、飲みやすいな」

「そう言っていただけて良かったです」


金曜日の午後二時。

二人はラモット邸のサロンにいた。


「…手に傷が」

アリシアの視線に気づき、テオドールは袖を少し上げた。

「ああ、これか。馬術の鍛錬で引っかけただけだ。大したことはない」

「そう言えば、もうすぐ馬術大会ですしたね…」

「ああ」


庭にいる鳥達のさえずりが、かすかに室内に響いている。

「……テオドール」

アリシアは意を決し、まっすぐ彼を見つめる。

「これから聞くことは、人生で一度きりです。二度と口にはしません。だから、真実だけ、教えてください」


テオドールはカップを膝に下ろし、少し顔を傾ける。

「何だ?」


アリシアは、震えそうになる声を抑え、出来るだけ穏やかな口調を作った。

「ヴィクトリア様は、ご無事ですか?」

テオドールはしばらく黙ってアリシアを見ると、諦めたように口を開いた。

「…ああ」

「従者の方も?」

「…ああ」

「衣食住は、足りていますか?」

「…ああ。問題ない」

アリシアは安堵の息を吐いた。

「よかった…」


テオドールが何か言いかけたが、アリシアはそっと首を振って制した。

(これ以上は知っても仕方ない……)

テオドールの寂しげな瞳を見つめながら、アリシアは心を決めた。


結局、人は与えられたものの中で生きるしかない。ならば、私はこの立場でできる最善を尽くすしかない。

皇族という足枷を外し、自由になったヴィクトリアが、少しだけ羨ましくもあった。

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