王室スキャンダルと2つの影
翌週の月曜日、カリント王国を騒然とさせるニュースが飛び込んできた。
『ヴィクトリア王女、皇族籍を喪失』
朝食の席で、ラモット伯爵が開いた新聞の一面に、太字の見出しが躍っていた。
「お父様、その記事…」
「うむ…。ヴィクトリア様が、ブリュレ王国の皇族籍を剥奪されたそうだ」
「そんな…何があったんですか?」
「異教の国の男と密会していたらしい」
舞踏会の夜、ヴィクトリアと茂みからでてきた浅黒い肌の青年の姿が、アリシア頭の中に蘇る。
「たまたま二人がいた宿屋に、盗賊がはいり、駆けつけた兵士に見つかったと書いてある」
「え?」
「現場犯だな…。言い逃れはできまい」
「そう、ですか…」
たしか、ヴィクトリアは舞踏会の翌日には帰国し、婚姻の準備に入っているはずだった。
(……ブリュレ国内で、お忍びで城外に出て、逢引して、見つかった、ということ?)
「フィリップ殿下が、早々にブリュレ王国に向かわれたそうだ。殿下との婚約も白紙になるだろうな」
「当然よ」
今まで黙って聞いていた母親が、冷たく怒りのこもった声で話し始める。
「これは殿下一人の問題ではないわ。カリント王国そのものへの侮辱よ。
そんなお方を王妃として送り込むなんて、ブリュレ王国は何を考えているのかしら」
「お母様……」
「感情的になるな」
伯爵が、母の言葉をやんわりたしなめる。
「新聞の記事だけで判断を下すのは危険だ」
「……でも、あんまりよ」
それでも母は悔しさを隠せず、顔をしかめた。
そのとき、扉が二度ノックされる音がした。
ラモット伯爵が「入れ」と短く告げると、扉のところにいた使用人が中へ一歩入る。
「朝食中に失礼いたします。マノン様よりお嬢様にご連絡がありました。……よろしいでしょうか?」
伯爵は片手を上げて、続きを促した。
「本日のレッスンは、公爵邸にて行いたいとのことでしたが、いかがなさいますか?」
アリシアが父親を見ると、彼は小さな頷きを何度か繰り返した。
アリシアは、使用人に向かって丁寧に返事をした。
「レッスン時間に合わせて、公爵家へ伺うと伝えてください」
*****
公爵邸に到着したアリシアが案内されたのは、大きな窓にレースのカーテンが揺れる、陽光に満ちた明るい広間だった。
そこには、マノンだけでなく、公爵夫人と、身なりの丁寧な、商人らしき婦人の姿もあった。
「いらっしゃい、アリシアさん」
公爵夫人が微笑みながら声をかける。
「ごきげんよう、公爵夫人様、マノン様」
アリシアは一礼し、もう一人の婦人にも目を向けた。
「はじめまして。よろしくお願いします」
「キール商会のヘミリアと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
婦人は静かに頭を下げる。
「今朝方ね、今日なら素敵な茶葉をたくさん用意できると、ヘミリアから連絡があったの」
夫人は、中央に置かれた大きなテーブルに目をやった。
そこには、丸みのある陶器製のティーポットと、木製のティーキャディが、それぞれ数点ずつ綺麗に並べられている。
「ぜひ、アリシアさんと結婚式でお出しするお茶を決めたいと思って、お呼びしたの。急な話で、ごめんなさいね」
「とんでもございません。お声がけいただけて光栄です」
アリシアは、柔らかく微笑んで答えた。
「前からお話していた、あなた専用のポットもこの機会に選んではどうかと思って、いくつか用意してもらったの。素敵なものばかりよ」
マノンは楽しそうにポットたちを眺めながら、にこにこと笑顔を見せた。
アリシアが選んだのは、白地に淡いピンクの薔薇が描かれた、優しい雰囲気のティーセットだった。縁に金彩があしらわれたカップとソーサーも、おそろいの絵付けだ。
「アリシアさんらしい、ほっとするようなデザインね」
「ええ、これでおもてなしされたら、温かい気持ちになりそう」
茶葉は、ダージリン・セカンドフラッシュをベースに、乾燥させたローズの花びらと、ほんの少しのバニラを加えたブレンドに決まった。
「気品とあたたかみを併せ持つ、秋の陽だまりのような香りね」
「11月の結婚式にぴったりね。マロングラッセとも相性が良さそうだわ」
キール商会の面々が退座すると、三人は決まったブレンドティーとフィナンシェを口にしながら、雑談を楽しんだ。
「ねえ、マノン。次の馬術大会の優勝者は誰だと思う?」
夫人がカップを揺らしながら問いかける。
「そうねえ、本命は王太子殿下ですけど、ランバート伯爵家のご長男も見逃せませんね。最近めきめき腕を上げていますから」
アリシアは、二人のやりとりを微笑ましく眺めていた。
ふと、視線を窓の外へ向けると、午後の陽に照らされた公爵邸の離れの入口に、黒い服を着た二つの人影が動いていた。
影の一つは、舞踏会でテオドールと話していた、銀髪を後ろで束ねた小柄な中年男性のものだった。
そしてもう一つは、栗色の髪をした色の白い、引き締まった体つきの青年。
(あの方……どこかでお会いしたような……)
二人は離れの扉の陰から現れると、すぐさま黒い馬車へと乗り込み、公爵邸の裏門へと向かっていった。
「……あっ、いけない。時間だわ。今日はこれから教会に行かなくちゃいけないの」
マノンが時計に目をやりながら声を上げる。
「あら、本当。楽しくて、すっかり話し込んでしまったわね」
夫人がティーカップを置き、名残惜しげに立ち上がると、アリシアとマノンもそれに続いた。
三人で玄関に向かって歩いていると、廊下の奥にテオドールがいた。
「アリシア? 来てたのか」
テオドールは、意外そうな表情を浮かべこちらに歩いてきた。
「はい、こんにちは、テオドール」
アリシアは会釈しながら、柔らかく微笑む。
「式でお出しする茶葉を三人で選んでいたのよ」
マノンが答える。
「あなた、今日は離れにいるんじゃなかったの?」
公爵夫人が、首を傾げながら言った。
「ええ、ですが用事は済みましたので」
テオドールはそう応えると、アリシアに視線を向けた。
「玄関まで送ろう」
テオドールの言葉に、アリシアは彼の腕を取った。




