優しい青年
見学席を出たアリシアは、少し離れた木陰のベンチに腰を下ろした。
周囲の喧騒が遠ざかり、少しだけ心が軽くなる。
真っ白な包帯を巻かれた左の足首に、指先を添えると、ほんのりした熱が伝わってきた。
アリシアは、砂利道に立ち尽くしていた時のことを思い返し、また、ため息をついた。
*****
一人置いていかれたアリシアは、途方に暮れていた。
(…進むしかないよね。うまく歩けるかな…)
意を決して、一歩、一歩、慎重に歩みを進める。けれど、けして高くはないヒールが砂利に取られ、姿勢良く歩くのは難しい。
足首の後ろあたりにチクリと痛みが走った。
(……靴擦れ?)
足をかばいながら進むうちに、ぴりぴりと熱を帯びた痛みが広がり、ついに足が止まる。
(どうしよう……)
そのとき、会場の方から軽やかな足音が近づいてきた。
「大丈夫ですか、レディ」
顔を上げると、青いハンカチの令嬢をエスコートしていた青年が、息を弾ませて立っていた。
彼は、呼吸を整えるように深く息を吐く。
「モレル侯爵家のジュールと申します。あちらの席へ向かわれるなら、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
礼儀正しい所作で一礼すると、自然な手つきでアリシアに手を差し出す。
頼るべきでないとわかっていても、このままでは進むことも戻ることもできない。
「ええ…。お願いします」
俯いたまま、その手に指を重ねた。
歩き出すと、彼の足取りが次第にゆるむ。
痛む足首をかばう歩幅に、何も言わず合わせてくれているのだ。
それが、心にあった孤独や不安をすっと消していき、温かく胸を締め付けた。
アリシアがちらりと見上げると、彼はすぐに気づき、やわらかく微笑む。
「よろしければ、まずは救護室へ」
その一言に、胸が熱くなり、痛みが増した。
「……ありがとうございます」
震える声でそう返し、添えた手に少しだけ力を込める。
優しさが嬉しい。
けれど、それ以上に込み上げてきたのは悔しさで――そんな自分が、どうしようもなく苦しかった。