厄介な教育係 (ep15-17 テオドール視点)
昨日、未曾有の嵐がシャルヴァン公爵家領を縦断していった。
嵐があらかた過ぎたのを見計らい、テオドールは両親よりも先に、独り馬に乗り、領地に急いだ。
テオドールが確認のために立ち寄った村々は、想像以上に深刻な被害に遭っていた。
倒木に塞がれた道、屋根を失った納屋、ひしゃげた井戸。
復旧の目処が立たず、人々の不安が肌に伝わってくる。
「……時間がかかるな」
馬上から見下ろした景色に、テオドールは低く呟いた。
それから、テオドールは各地を奔走し、行方不明の人の捜索や、物資や人の手配などに奔走した。
2日後の夜、ようやく領地の屋敷へ戻ると、くたくたになった体を預けるように書斎のソファーに横になった。
机の上に、深紅の封蝋が丁寧に押された小綺麗な封筒がみえる。
馬車の中、艶めかしい項を見せながら、真っ赤な顔をして彼を見つめていた隙だらけの婚約者の姿が浮かんだ。
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✉️親愛なるテオドール
先日の嵐で、ご領地が大きな被害を受けたと父から聞きました。
領民の皆さんもご苦労なさっていることでしょう。
テオドールも忙しい日々を過ごしていると思います。どうかお体を大切になさってください。
こんな時に手紙を出すのは、迷惑になってしまうと思いながらも、書かずに居られませんでした。
またお会いできる日を、心待ちにしています。
アリシア
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読み終わると、テオドールの表情はゆるみ、それを胸に抱きながら、重力に身を任せるように眠りについた。
それから、毎夜、眠りにつく前に、何となくその手紙を開くのがテオドールの習慣になっていた。
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それから2週間が経ち、瓦礫の山も少しずつ整理され、人々の表情や働く手は、以前よりも力強くなっていた。
壊れた家屋の修理や橋の再建といった大掛かりな作業はまだ残っているが、少しずつ復興の光が差し込む。
そんな折、アリシアから2通目の手紙が届いた。
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✉️1月某日
親愛なるテオドール様
お忙しい中、お手紙ありがとうございました。
ご領地のご様子が少しずつ落ち着いてきていると伺い、胸を撫で下ろしております。
首都もまだ嵐の爪痕がところどころに残っていますが、皆が力を合わせて懸命に取り組んでいます。
先々週から、教育係としてマノン様が、災害で不在となった講師に代わりジュリアン様をお迎えし、お二人の活気でお屋敷は一層賑やかになりました。
ご領地の復興が一日も早く進みますよう、心より願っております。
またお目にかかれる日を楽しみに、私も励んでまいります。
心を込めて アリシア
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(文体が固くなったな…。マノンめ、検閲でもしているのか)
幼い頃にマノンから受けた、ふわふわしたわりに圧の強い教育や指導を思い出し、苦笑いする。
(あれには、参ったな…)
ふと見ると、手紙の端に小さな走り書きがあった。
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追伸.マノン様と四六時中過ごす生活に、本当は、少しだけ辟易しています。
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「ははっ」
テオドールは久しぶりに声を出して笑った。
(さしずめ、封筒に入れる前に、マノンの目を盗んで書いたんだろう)
その様子を想像すると、またおかしさがこみ上げてくる。
その手紙を木箱にしまい、小さく短い息を吐くと、疲れた身体をベッドに預け、心地よい眠りについた。
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嵐からひと月ーー
仮設の市場が立ちはじめ、家々の修繕も始まり、職人たちの金槌の音が軽やかに響いている。
テオドールは、ひとり、書類の山に囲まれながら難しい顔をして、それを見ていた。
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✉️ 二月某日
テオドール・ド・シャルヴァン 様
寒さの名残を感じつつも、時折差し込む陽光に春の兆しが垣間見える頃となりました。
その後、ご息災にてお過ごしでしょうか。
首都では、災害の影もようやく薄れつつあり、社交の場が再開され始めております。
私も、今週末に開催される小規模な慈善茶会へ、久方ぶりに顔を出す予定でおります。
ご領地におかれましても、皆様のご尽力にて復興の歩みを進められておられることと拝察いたします。
なお一層のご活躍とご健勝を、心よりお祈り申し上げます。
アリシア・ド・ラモット
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(マノンめ……俺宛の手紙を、王族への書簡の練習台にでもさせているのか?)
教育係の影響を色濃く感じ取ったテオドールは、苦笑まじりに小さく息を吐いた。
「これでは、面白みの欠片もないな」
ぽつりと呟きながら、手紙を丁寧に木箱へ収める。
そして、首を鳴らし、肩を一度大きく回すと、目の前に積み上がった書類へ視線を戻した。
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さらにひと月後ーー
修理された大橋には、足場の一部こそ残っていたが、通行人や荷馬車が行き交うようになった。
村では、春の陽を受けた真新しい壁が明るく光り、芽吹いた畑の脇では、子どもたちの笑い声が弾けていた。
「いい眺めだな」
「はい、若様。お疲れ様でした」
執事が恭しくテオドールに頭を下げた。
通りかかった老農が、帽子を胸に抱えて立ち止まり、顔をほころばせた。
「若様方のおかげで、こうしてまた畑に立てます。ありがたいことです」
テオドールは微笑み、軽く頷いた。
「あとは、よろしく頼む」
そう執事に告げると、馬にまたがり、首都への道を進みはじめた。
あれから何通かあった彼女からの便りは、どれも形式張っていて、つまらないものだった。
マノンが優秀で勤勉なのは、身を持って知っている、が、干渉がすぎる。
らしくないなと思いながらも、テオドールは馬の腹を蹴り、歩みを速める自分を止められなかった。
軽快な蹄の音が、新芽の若々しい緑の中にこだましていった。




