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次期公爵夫人の新しい日常

婚約発表の日から、アリシアを取り巻くほとんど全ての物が形を変えていった。


父は公爵家が進める事業の一端を任され、いつになく熱心に取り組んでいる。

母は屋敷の隅々にまで目を向け、壁紙の張り替えから使用人たちの立ち居振る舞いまで、見直しを始めた。


早朝から公爵家のデザイナーがやってきて、これまでのドレスや装飾品を吟味し、いくつかだけ残して引き揚げていった。

その代わりに『公爵家の婚約者』にふさわしいデザイン図案を、大量に置いていく。


続いて、教養や礼儀作法の『再教育』を担う新しい家庭教師たちが次々と挨拶に訪れた。


アリシアの予定帳は見る見るうちに濃いインクで塗りつぶされていく。


昼食を終え、ひと息つこうと部屋に戻ると、今度は困り顔のミーナが現れた。


「今朝だけで、屋敷に届けられた招待状が十通を超えてしまいました。どうしましょう」


いつもと同じ調子のミーナにほっとする。


「ミーナ、大丈夫よ。落ち着いて」

笑いかけると、招待状達を受け取り、一つずつ目を通す。


封蝋には、これまで面識すらなかった大貴族の家紋がずらりと並ぶ。

それは、アリシア個人ではなく、『シャルヴァン公爵家の婚約者』という立場に向けられた、礼儀と打算の混じった招待状だった。


(これが、シャルヴァン家の婚約者になるということなのね……)


教育係が置いていった公爵家の社交資料を参考にしながら、招待状を仕分けていく。

判断に迷うものは明日、教育係に相談すればいい。


扉が軽く二度、ノックされた。


「失礼いたします。アリシア様にお届け物でございます!」


「見てきます!」

ミーナがすっと立ち上がり、扉へ向かう。


ミーナは、淡い光沢を帯びた上質なクリーム色の封筒と、丁寧にリボンをかけられた大きな包みを、誇らしげに抱えて戻ってきた。


「アリシア様、テオドール様からですよ! 」


声には明るい期待がこもっていた。


アリシアは資料の上に栞を置き、封筒だけ受け取ると、ミーナに包みを開けるように指示した。


机の引き出しから細身のペーパーナイフを取り出し、丁寧に滑らせる。


封筒の口に指をかけ、指先で紙の感触を確かめながら、中の便箋を取り出し、開く。


−−−−−−−−−−−−−−−


✉️アリシア・ド・ラモット嬢へ


このたびのご縁、心より感謝申し上げます。

来たる金曜日、オペラ・ド・ラ・ミューズにて「魔笛」の初日がございます。


記念すべき夜を、拙席にてご一緒いただければ幸いです。


——テオドール・ド・シャルヴァン


−−−−−−−−−−−−−−−−


一文字ごとに気品が宿り、連なるほど美さを帯びてゆく――そんな筆跡だった。


(『拙席せっせき』って、あのボックス席のこと…?)


舞台を真正面から見下ろし、美しく飾られ、客席の影からこっそり見上げていたあの席。


そこでテオドールの隣に自分が並ぶ姿を想像すると、少し気後れした。


「きゃっ……! アリシア様っ、見てくださいこれ!すっごく綺麗!」


包みを広げたミーナが、驚きと歓喜の交じった声を上げた。


そこには、濃紺のイブニングドレスと、銀色の星のモチーフが繊細にあしらわれた髪飾りが、丁寧に収められていた。


織りや光沢、洗練されたデザインに、散りばめられた宝石の大きさと数。

一目見ただけで、これまで自分が身につけたこともない上等な品々だとわかる。


(これを…、私が着るの?)


その美しさゆえに、それらは、アリシアの心に一縷いちるの不安を掻き立てた。


彼女の手紙を持つ手は力を失い、膝の上へと滑るように落ちていった。




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