次期公爵様に婚約を申し込まれたので全力で逃げようとしてたらまた喧嘩を売られました2
翌日、今日もいつものように三人で学園のカフェで休憩を取っていた。話題は昨日の事だ。
「それにしてもクララック公爵家ってそんなに爵位至上主義なの?」
ルシールがソフィーリアに聞いている。
「うーん。ジョフロワ公爵家は宰相として国の要職をしている昔からの臣下なんだけど、他の二家、王妃殿下の生家のアルゴン公爵家とクララック公爵家は国の要職にはついてないの。祖先が王家から臣下に下った公爵家だから。大公家と同じようなものね。規模は違うけど。
やっていることは領地経営と、あとは名誉職ね。国立図書館とか国立美術館とかの相談役。
領地はどこもいくつも持っているから領地経営だけでも大変よ。まあ優秀な人間を雇っているでしょうけどね。なんにせよ。どこの公爵家も温厚な人が多かったらしいのよ。
で、昨日王城で話を聞いたら、クララック公爵家にアデール夫人が嫁入りしてから、爵位至上主義みたいな考え方が聞かれるようなったそうよ。まあ公爵様は相変わらず温厚なんだけど、妻のそれを止められないのよ。
公爵様が諫めてはいるらしいのよ。長女のメラニー様にも早く婚約者を決めて欲しいと動いていたそうだけど、どの家の見合いも夫人が次から次へと断ってしまったらしいの。王太子妃になるのだからとね。
全く聞く耳を持たないから困ってらっしゃるそうよ。いい加減諦めないとメラニー様が未婚のままになる可能性があるから。
エディット様やジゼット妃殿下に対しても敵対心があるみたい。伯爵家なのに側妃になったとか、伯爵家なのに公爵家夫人になったとか。あちこちでそんなこと言ってるみたいね。
ジョフロワ公爵は今も素敵だもの、若い頃は人気があったでしょうね。だから自分が嫁入りしたいと思っていたようよ。同じ公爵家でも筆頭公爵家は王家からの信頼も別格だから。
で、ダメだったからクララック公爵に乗り換えた。どっちにしろ公爵夫人の座を射止めるんだから凄い根性よ。
だからといって、娘の教育は間違えているわ。あれでは公爵家の令嬢としてまだまだね」
「ふーん。大変ね。身分が高いと」
レティシアがそう言うとルシールがレティシアを見た。
「あら、伯爵家だって爵位で言えば上よ。子爵男爵準男爵。真ん中より上なのよ。しかも伯爵家と子爵家では大きな差があるわ。本当にレティシアは自分の評価が低いんだから」
そんな話をしている時だった。またセリアたちがやってきたのだ。
「ちょっと。昨日マリーズに聞いたんだけど、ヴィクトル様から婚約の申し入れがあったそうね。マリーズがレティお姉様なんて呼んでたわ!
昨日一言もそんなこと言ってなかったじゃない!」
それはそうだ。聞かれていない。自分が結婚するんだから手を出すなと言われただけで、ヴィクトルに何と言われたかとは聞かれていないから面倒だから言わなかっただけだ。
「聞かれてないもの。わざわざ言わないわ」
「まあ!開き直って!返事を待ってもらっているそうだけど、そのまま断りなさい。あなただって、本来なら、伯爵家の娘が公爵家から婚約の話があれば断るはずなんてないのに、返事をしていないってことは自分の身分が低いから自信がなくてそんなこと言っているんでしょ?断る理由を探して」
それはそうだから痛いところを突いてくる。だがそれを顔には出さない。
「突然言われて驚いただけよ。まさかと思って」
「そう!まさか、なのよ。あなた、まさか自分が本当に選ばれるとでも思っているの?ありえないわ。ヴィクトル様だって何か血迷っているだけよ。
将来のことを考えたら私を選ぶに決まっているわ。だからさっさと断りなさいよ!」
「あなたに口を出される筋合いはないわ。私とヴィクトル様のことよ」
「何を言っているの?公爵家と公爵家の話よ。伯爵家は入って来ないで。マリーズにも言っておいたわ。あなたの姉になるのは私だからレティお姉様なんて呼ぶのは許さない。これからはセリアお姉様って呼びなさいってね」
「マリーが私をどう呼ぼうとマリーの自由だわ。それから本当にマリーの姉になりたいならマリーにそういった高圧的な発言をするのを止めたら?嫌われる元じゃない」
「なんですって!私を嫌うわけないじゃない。昔から可愛がっていたのよ。お茶会にも何度も呼んであげてるし。
筆頭公爵家といっても伯爵家の母親の娘なんて私と違って高貴な血筋からは程遠いけど気にかけてあげているんだから感謝してほしいくらいだわ」
なんて傲慢な。ここまでの考えがどうやってできるのか?
「あら、じゃあ同じエディット様のご子息のヴィクトル様もあなたにとったら高貴な血筋とは程遠いんだから侯爵家と侯爵家で結婚されたおうちの方のご子息を選ばれたら?」
「仕方ないじゃない!第二王子も第三王子も公爵家から選ばれなかったんだからその次だとヴィクトル様になるのよ!アルゴン公爵家は女性ばかりだもの」
仕方ないであれだけヴィクトル様に固執しているの?レティシアは不快で堪らなくなった。
ヴィクトル様が好きだからとか、優しいからとか、何か感情的なものがあって固執しているのかと思ったらまさかの爵位だけ。怒りしか湧かない。
「ヴィクトル様に失礼だわ!爵位しか見てないなんて!」
レティシアは怒りの余り声高に言い放った。
「もちろん爵位だけではないわよ。容姿も合格点ね。頭も良いそうだし問題点はないわ」
問題点?ヴィクトル様に問題なんてあるわけがない。問題があるのはセリアだ。
「どちらにしても失礼だわ。合格点とか、問題点とか。人に点数をつけるだなんて。あなたはヴィクトル様以上に誇れるものが何かあるのかしら?ヴィクトル様は絶え間なく努力されているわ。そしてとても妹さん思いで優しい方よ。あなたは誰の何を見ているの?
そんなに身分が上のところに嫁ぎたいなら近隣国の王族や公爵家から選べば良いじゃない。無理してヴィクトル様を選ぶ必要はないわ」
「嫌よ。国から離れるなんて!あなたそんなこと言ってやっぱり自分がヴィクトル様の婚約者になるつもりね!」
「そんな話をしているわけではないわ。ガーナット王国には王子が何人もいるじゃない?そこに行けば念願の王子妃になれるわよって話でしょ」
「だから国は出たくないの。他国に住むだなんて。交友関係だって一から作らないとじゃない!だからヴィクトル様と結婚するのは私なの。これはお母様の願いでもあるのよ。自分がジョフロワ公爵様に嫁げなかったから私には嫁いで欲しいのよ」
話がハチャメチャだ。第二王子妃になれなかったからヴィクトルの婚約者は自分と言っておきながら、母親の願いがジョフロワ公爵家に嫁入りとは時系列がどうなっているかわからないが、とにかく言っていることが腹立たしい。ヴィクトルの性格を知って結婚したいというならわかるが、これでは自分の意志のみしか通していない。
「アリーチェ様はフランディー王国に嫁いで来られたけど、周囲との新しい人間関係構築を率先してやられてたそうよ。陛下や王妃殿下、ジゼット妃殿下との関係も良好だし、仕事の関係も臣下に信頼されているわ。
もちろん王太子殿下との仲も睦まじいわ。新婚のままの雰囲気らしいわ」
ソフィーリアがアリーチェの名前を出すとセリアの顔が真っ赤になった。
「あの女のせいでお姉様は王太子妃になれなかったって言ったでしょ!わざわざ来なくてよかったのに、あなたの父親が仕組んだせいじゃない!」
「王太子妃殿下に対してその発言は許されるものではありません。たとえフランディー王国に嫁いでないとしてもアリーチェ様はコーランド王国の第一王女です。
あなたの大好きな身分で言えばあなたよりアリーチェ様の方がずっと上なのよ。無礼だわ」
ソフィーリアはアリーチェを姉の様に慕っている。王城に行ったソフィーリアの発言で王家を敵に回すことにも繋がりかねないのにわからないのだろうか?自分本位にも程がある。
ソフィーリアの鋭い視線がセリアに刺さり続けている。それに少し引きながらもまだ言いたいことがあるようだ。
「とにかく、ヴィクトル様と結婚するのは私。順番で行けば当然だわ!伯爵家が横取りしようとしても無駄だから!エディットの方がジョフロワ公爵を誘惑して結婚したみたいにヴィクトル様を横取りさせないわよ!今日中に断りを入れなさい!」
エディット!レティシアの頭の中でプツリと何かが切れる音がした。
「エディット様はあなたがお名前を呼び捨てにして良いような方ではないわ!それに公爵様を誘惑?違うわよ!先に公爵様がエディット様に好意を持たれてお声をかけられたの!おかしなことを言わないで!それにあなたの母親のことが気に入らなかったから結婚できなかったんでしょ!それくらい理解できないの?あなたの頭の中はどうなっているのよ!
身分の高い人と結婚したい。国内にはもう王子がいない。でも国外には面倒だから行きたくない。だから自分より血筋は悪いけど同じ公爵家のヴィクトル様がいい。そんな浅はかで愚かな考え方の人にヴィクトル様は似合わないわ!絶対に渡さない!!」
一気に言い切ったレティシアはハッとした。何を言ってしまったんだ。
ソフィーリアとルシールが少し嬉しそうな表情に見えるのを気のせいと思いたい。
「やっぱり公爵夫人の座を狙ってたんじゃない!!興味ないような顔して、とんだ女狐だわ!」
レティシアは黙り込み自分の発した言葉で揺れ動く心を落ち着かせようとゆっくりと瞬きをした。言ってしまったものはしょうがない。一度口にしたものを消す方法はないのだ。
まだヴィクトルとゆっくり会話もできていないのにどうやって説明すれば良いのか。
「セリアさん。あなたよりレティシアの方がヴィクトル様に相応しいわ。あなたこそ遠慮してくださる?」
ルシールが静かにセリア見る。
「そうね。ヴィクトル様は次期宰相様だからあなたのような愚かな考え方の人ではその妻は務まらないわ。他を当たりなさい」
ソフィーリアも極寒の風を纏ったかのような視線をセリアに向けた。
「何よ!絶対に渡さないわ!お母さまに言いつけてやるんだから!」
二人の視線に怖気づいてしまうようではこの先社交界で力は持てない。
セリアたちが去った後、レティシアはうなだれていた。
「本当にもう。レティシアは売られた喧嘩を買い過ぎだわ」
「そうよ。熱くなり過ぎちゃってあんなこと言っちゃうし」
「ど、どうしよう。思わず言ってしまったのよ」
「思わず出た言葉が本音ってこともあるんじゃない?」
「良い機会だからちゃんと前向きに検討し直してみたらいいじゃない」
「だって」
「だっても何もないの。ヴィクトル様を幸せにするか不幸にするかはレティシアにかかっているの」
「そうよ。気負わずヴィクトル様とお話して、結論を出す。どうせ今日の会話も周り中に聞かれているんだから直ぐにヴィクトル様のお耳に入るわよ」
「ええ。どうしよう」
「まだそんなこと言って。自分で言った言葉の責任はとりましょうね。レティシア」
ソフィーリアとルシールににっこり笑われてレティシアは更にうなだれた。
「レティシアお嬢様。お客様がお見えです」
レティシアが授業後に寄り道をしてケーキを全使用人分を買い帰宅すると執事に声をかけられた。
「お客様?」
「可愛らしいお客様ですが、少々取り乱しておいででして。ジョフロワ公爵家のマリーズ様です」
「え!マリーが来てるの?今行くわ」
レティシアは着替えもせず小走りでマリーズが通されているという応接室に急いだ。
「マリー」
扉を開けて名を呼ぶとマリーが駆け寄ってきてレティシアに抱きついた。その目は涙に濡れている。
「セリアがさっき来て、レティお姉様はお兄様と結婚しないって。
伯爵家の自分とは身分が違い過ぎるから断るって言ってたって。だから自分がお兄様と結婚するからって言うの。
私セリアは嫌よ。いつも意地悪を言うし、何かにつけて私のこと馬鹿にするの」
レティシアはマリーズを抱きしめるとそのままソファに座りその頭を撫でた。
レティシアの腕の中で泣きじゃくるマリーズに嘘をつくこともできないし、だからと言って今の自分の言えることははっきりしていない。
「レティお姉様はお兄様が嫌い?お母様も伯爵家出身なんだから身分なんて関係ないわ。お願いよ。セリアは嫌。レティお姉様が良い」
セリアがジョフロワ公爵家に行ってマリーズに言ったのだろう。己に都合の良いところだけを。そしてマリーズはこんなに取り乱し、レティシアの元へ来たのだ。
セリアは幼い頃から同じ公爵家でありながら伯爵家の母を持つというだけで見下してきたのだろう。けれどエディットは聡明で明るく優しい方だ。そんな母親を嫌いになる娘はいない。
あの食事の風景を見れば仲のいい親子なのがすぐわかる。その母をも馬鹿にされ苦しんできたのだろう。そんなセリアが姉になるなど拒否反応を示して当然だ。
「マリー。私はヴィクトル様にはっきり断ってはいないの。だからセリアの言うことは全てが本当ではないの。
確かに伯爵家の私では荷が重いと思ったし、私は何となく一人でこの先暮らしていくと思ってたところがあって結婚ってちゃんと考えてなかったの」
正直な気持ちを伝えよう。
「でもね、今日セリアに色んなことを言われて、自分が考える振りをして逃げていただけだって気づいたの。ちゃんとヴィクトル様と向き合ってみるわ。
だからそんなに泣かないで。それとどんな結果になっても私はマリーの味方よ。困ったことがあったらいつでも言って欲しい」
レティシアの胸に顔をうずめていたマリーズが顔を上げた。その目に涙はもうない。
「レティお姉様。これだけは信じて欲しいの。私はもちろん、お兄様もレティお姉様が大好きよ。本当なの。お兄様が晩餐の日に言っていたわ。
今からとても素敵な人がくるよ。僕は彼女が大好きなんだって。
大好きなお兄様が大好きな人は私も大好きになるって思ったら本当に大好きになったわ。レティお姉様はとても魅力的で優しくて強いわ。大好きよ」
レティシアは一気に顔が真っ赤になった。そんな話を二人でしていたなんて。
「ありがとう。マリー。私もマリーが大好きよ。答えを出すまで少しだけ待ってね」
「うん。良い答えを待っているわ」
そう言って笑ったマリーズの顔からはまたニキビが減っていた。
落ち着いたマリーが帰宅した後、レティシアは考えていた。
いくつかある心のもやもやのうちの二つは解決した。自分が伯爵家の娘であることに引け目を感じていたのは事実だ。だがセリアを見ていれば爵位に関してはどうということはないと感じた。いくら公爵家でもあれでは人として至らない面が多すぎる。
それよりもエディットが強く美しく筆頭公爵家夫人を務めあげている姿に尊敬の念を抱いた。
後はどうやら自分はヴィクトルをセリアに渡したくないようだ。それは好きだということだろうと判断するしかない。自分は異性を恋愛感情で好きになったことがない。
だから恋愛感情がどういったものかわからない。でもセリアに渡したくない、自分が側にいたいと思ったということはそういうことなのだろう。
何とも愛らしさの欠片もない判断の仕方だがレティシアは恋愛初心者でどういったものが恋愛感情なのかさっぱりわからないのだ。だからこういった判断をするしかない。
でもこの二つが解決したことによって大きく前進した。
後はヴィクトルと話し合うだけ。
その前にしなければならないことがあるから、それが終わってからでも舞踏会には十分間に合う。
そろそろ行動に移そう。レティシアは決意を固めた。