次期公爵様に婚約を申し込まれましたが公爵夫人なんて向いてないと思うので逃げようとしても更に包囲網が狭くなっています
翌日。オブラン伯爵家は大騒ぎだった。ジョフロワ公爵家から正式に晩餐への招待状が届き、いよいよ婚約まっしぐらと家族も使用人たちも湧きたった。そんな中冷静なのはサラだ。レティシアだって緊張で学園にいても今夜の晩餐のことで頭がいっぱいだった。
授業中ヴィクトルを見てみたがいつもと変わらない表情で授業を受けている。声をかけてくることもなかった。
「レティシア様。晩餐に招待されたからといって結論を急がないでくださいね。侍女の私が口出すことではないのですが、私はレティシア様が幸せであれば良いのです。
このまま結婚せずに領地にお住まいを移されるなら私も必ず同行してお仕えいたします。王都に残られて事業を進められるのであれば、そのままお仕えさせていただければ嬉しいです。
私はどんなレティシア様のどんな決断にも賛成致します」
そういうサラの耳にはバラのイヤリングが光っている。
「ありがとう。サラ。少し落ち着いたわ。支度をするわ。遅刻できないものね」
レティシアは晩餐に招待された時用のドレスの中から紺色のドレスを選びサラに髪を結ってもらった。公爵家に行くからといって着飾り過ぎないよう気を付けてアクセサリーも選んでいく。化粧は控えめだ。
「レティシア様、お可愛らしいです」
「そんなこと言うのサラだけよ」
「いいえ、使用人一同そう思っております。さあ、晩餐楽しんで来られてくださいね。公爵家の晩餐だなんてどんなものが出るのか気になりますね!感想を聞かせてください」
「はいはい。一応頑張って来るわ」
レティシアは招待状に書かれていた時間に遅れないよう馬車に乗り込んだ。
公爵邸は想像以上に広かった。邸というよりもはや城だ。門を通ってから邸の馬車止めまで広々とした庭園が続く。
これだけの広さがあれば公爵邸の庭園だけで散歩が終わりそうね。レティシアは自邸の五倍はありそうな公爵邸に圧倒されそうになりながら馬車が止まるまで心を落ち着けた。
馬車が止まり扉が開くとそこにはヴィクトルが待っていた。
「レティシア嬢、よく来てくれたね。ありがとう。それと母が申し訳ない。言い出すと自分で動かないといられない人でね。レティシア嬢が受けてくれて助かったよ」
エスコートされて馬車を降りると、そのまま手を取って公爵邸へと入っていく。
家族以外の初めてのエスコートだと気づき頬が熱くなるのを感じた。
公爵邸内は落ち着いた雰囲気でまとめられていて、飾られているのものは華美ではないが上質の物だろうことがレティシアでも察せられた。どんどん奥へと進んでいるようだ。
「うちの家族が家族用の食堂で待っているよ」
「え!申し訳ありません。遅れてしまって」
「レティシア嬢は悪くないよ。うちが特殊なだけ。普通お客さんが来るなら談話室とかで待つんだけど、普段は食事の時間前から食堂に集まってきてしゃべってる。今日はレティシア嬢が来るから談話室に行こうとしたら、もうすぐ家族になるから食堂で待ってるって。申し訳ない」
ヴィクトルに謝られてしまった。そういった家風なら素直に合わせよう。というか合わせるしかない。
「いいえ。ご家族皆さんお話好きなんですね。うちも姉がよくしゃべってます」
そう言っている間に食堂についたようだ。ヴィクトルが来たことで侍従が扉を開ける。
「お連れしました。紹介します。僕が今婚約を申し込んでいるレティシア嬢です」
こんな恥ずかしい紹介の仕方をしないで欲しい。普通でいいのに。
「オブラン伯爵家次女レティシアでございます。本日はお招きいただきありがとうございます」
一歩下がってカーテシーをして顔を上げるとジョフロワ公爵一家が全員で拍手をしてくれた。
「ようこそ、レティシアさん。急なお願いを聞いてくれてありがとう」
エディットが笑顔で迎えてくれる。するとその横に座っていた少女が立ち上がって走ってきてレティシアに抱きついた。レティシアは少しよろめきながらもそれを受け止める。
「私マリーズ。レティお姉様ありがとう!この前お兄様がレティお姉様に紹介されて買ってきてくれたニキビに良いって言うの使ったらニキビが段々減ってきたの!見て!だいぶ綺麗になってきたでしょ?」
確かにまだいくつか小さなニキビがあるが、それよりも目立つほどではないがニキビ痕が多い。続けて塗り続ければニキビ痕も綺麗になくなるだろう。
「効果があって良かったです。マリーズ様」
「敬語なんていらないわ!それに私のこともマリーって呼んで。私はレティお姉様って呼ぶから」
お姉様は流石にどうかと思うし恥ずかしいが、年下が親しい年上にお姉様という例もないことはないから断りにくい。
「わかったわ。続けて塗り続けてね。完全に治ったら別のを塗ると良いわ」
「本当にありがとう!学園に行くまでに治らなかったらどうしようって心配してたの。
お茶会に呼ばれても他の子より肌がニキビだらけで恥ずかしくて行きたくなかったけど、行かなかったら何か言われるし我慢して行ってたの。でもこれで学園にも行けるしお茶会も行けるわ。
レティお姉様聞いてよ。お茶会に行ったら私のニキビが醜いって言って笑われたの。公爵家令嬢のくせに良い化粧品買えないんじゃないかとか」
「それは酷いわね。マリーの年齢だとニキビが酷くて悩む子たちは多いわ。そんなに酷かったならきっと使っていた肌のお手入れの商品が合ってなかったのかもしれないわね」
「そうかもしれないわ!先月行ったお茶会で会った子がニキビに良いからって言ってくれたのを使ってたらより酷くなっちゃって。
困ってたらお兄様がレティお姉様のオススメのを買ってきてくれてね。それを使い出したら直ぐに効果が出てきて今では一時期の半分以下よ」
マリーが嬉しそうに話す姿に、こういった姿を見たくて我が家は開発をしているんだと嬉しくなった。
「さあ、立ち話していないでこちらにレティシアさんもマリーも座って」
エディットが声をかけてくる。
「それと、この人が私の夫。フェルナンよ」
「レティシア嬢、会えて嬉しいよ。さあ食事を始めよう」
その言葉で一斉に給仕たちが動き出した。
レティシアがヴィクトルに手を引かれて連れて行かれた席はヴィクトルの隣だ。フェルナンを正面に左側がエディットとマリー、右がヴィクトルでその横がレティシアだ。
ふと見るとマリーの前にはクッキーが入ったバスケットが置かれている。流石に公爵家令嬢といった作法で優雅にお茶を飲みながらクッキーを食べている姿はまるでお茶会中だ。
今から晩餐よね?レティシアが不思議に思っていたらどんどん料理が運ばれてきた。コースではなく好きなものを給仕に言って取り分けてもらうタイプのようだ。仲の良い家族らしくていい雰囲気だ。
と思っていたら、マリーが自分で肉を切り分け皿に乗せ、別の皿には数種類あるサラダを山盛りに取っている。肉はかなり分厚い。
茹でたジャガイモのサラダも皿に山の様になっていて、更に運ばれてきたパンの数が何人分?と思う量だ。スープに至っては皿ではなく大き目のカップで出てきた。
まさかまだあるの?と思い食堂の入口とテーブルをレティシアは行ったり来たり見ていたら、そこに魚の香草焼きや魚のマリネが出てきた。
そしてビックリしながら見ているとエディットもマリーと同じように取り出したのだ。
「今日は良いお肉が手に入ったらしいわ。じっくり釜焼きしたステーキは美味しいわよ。それにうちの料理長が作ったソースを合わせると絶品よ。レティシアさんもたくさん召し上がってね」
「あ、ありがとうございます」
でもさすがに公爵より先に料理を取りたくないと思い待っていると、ヴィクトルが取ってあげるよ。と言ってエディットたちと同じように取ろうとするのでそれを止めた。
「自分で取りますからヴィクトル様が先にお取りください」
「でもレティシア嬢取りにくくない?」
「いいえ、たくさんあるお料理の中から吟味して取りますから大丈夫です」
レティシアが固辞するとヴィクトルが取り出した。やはり同じように取っている。ヴィクトルが取り終わったところで公爵がレティシアに取るように促してくれた。
それに応えレティシアはサラダを二種類、ステーキは自分がいつも食べている量を切り分けパンを二個とった。最後に魚の香草焼きを小さく切り分けて皿に取る。そんなレティシアをヴィクトルがあれ?という顔をして見ている。
その後公爵も料理を取ったがレティシアと同じ程の量だった。
精霊リューディアとスティーナに恵みを感謝すると全員がカトラリーを手にした。
とにかくエディットとヴィクトル、そしてマリーがよく食べる。皿に盛られている量は上品とは言い難いのに食べ方が完璧で美しい為、もはや食べる芸術と言っても過言ではない。
呆気に取られて見ているとヴィクトルが食べないの?と聞いてきたので慌てて食べ始めた。
エディットが言う通り料理はどれも美味しい。ステーキのソースはレシピを聞いて帰りたいくらいだ。二種類のサラダのドレッシングは違う味で、その素材にあったものがかけられていてレティシアは最初の二種類以外も取って食べてみた。やはり全部違う味でどれも口に合って美味しい。
「美味しい!この玉ねぎとイカのサラダ」
思わず声が出た。
「良かった。何だか緊張してそうだったから食事を楽しめているか心配だったんだ」
ヴィクトルが声をかけてきた。
「もちろんステーキも美味しいですよ。でもサラダがどれも美味しくて」
「そうでしょ?私がお肉ばっかり食べてたら料理長がサラダを研究してくれてね。おかげで野菜も美味しいってわかって食べるようになったらバランスよく食べていますねって料理長に褒めらたの」
公爵家令嬢が料理長に褒められるとは何とも使用人たちと距離が近い。公爵家くらい上位になると使用人との距離が遠くなりそうだと勝手に思っていた。
そしてその間も食事は続き、テーブルにあった料理がどんどん減っていく。
「レティシアさん。うちには領地がいくつかあるんだが、その一つは主に王家に献上したり軍馬を育てる馬の牧場が基幹産業になっている領地なんだよ。小さい領地だが綺麗な湖もあって牧場から湖まで遠乗りすると楽しいんだよ。レティシアさんは馬に興味はあるかい?」
公爵がいきなり声をかけてきたかと思えば、馬牧場とはなんとも興味がそそられる。
「はい。恥ずかしながら乗馬もいたします。といっても領地で乗っているくらいなので嗜む程度ですが」
「それは良かった。エディットは初め馬に全く乗れなくてね、馬に振り落とされたこともあったんだ。それが悔しくて王都の庭でも練習して今では私より上手く乗りこなすようになったんだよ」
何だろう、私の好みを知っているのかと思うような内容だ。だが興味が湧くのは仕方がない。
「やはり通常乗る馬と軍馬とはではだいぶ違うのですか?」
「そうだね。軍馬は持久力と俊敏さを持つように育てるんだが、その分乗る人間を馬が選り好みする傾向にあるね」
「そうなのよ。馬車に使う馬は温厚なのがあっているし、乗馬を楽しむ馬は美しさもそこに必要になってくるんだけど、馬って本当に相性があるのよ。今私が乗っている馬とは何頭も試してやっと合った子だから可愛いのよ」
「お母様は馬にも大声で話しかけるから中々みつからないのよ。私なんて一頭目で相性があったわ」
「まあ!お母様の声が大きいのは生まれつきです。マリーが一頭目だったのはたまたまよ」
「本当にお母様は負けず嫌いね」
母子の会話は喧嘩しているようであって実に仲睦まじいのが雰囲気からも感じられる。
楽しく会話しているうちに皿は全て空っぽになっていた。
「レティお姉様!今からが楽しみの時間ですわ!」
「楽しみの時間?」
「そう、私の一番好きな時間なの!今日は家庭教師が出した試験に満点だったから料理長に言っていつもより多く準備してもらっているの」
「レティシア嬢も楽しみにしていると良いよ。僕も楽しみだ」
何が出てくるのか?料理長ということは料理なのだろうが。と思っていると扉が開き給仕たちがどんどんケーキや菓子を運んできた。テーブルの上は今度はケーキ類でいっぱいになった。
色とりどりのケーキ、焼き菓子、マカロン、パイとお店かと思うほどの品揃えだ。
確かにこの量なら談話室のテーブルでは乗り切らないだろう。食堂に家族が集まって来るのもわかる気がした。
「好きなのを取ったらいいよ。みんな好きに食べるから。でもマリーが気に入ったらそればかり食べるから気を付けて」
既にマリーの皿は様々なケーキが乗っている。エディットも同じだ。
なるほど。いつもこの調子ならレティシアがカフェでケーキを五個食べていても気にならないだろう。逆に少ないとさえ思ったかもしれない。
レティシアは遠慮なくアップルパイを見つけると皿にとり焼き菓子もいくつか取った。
「美味しい!このアップルパイ美味しいですよ。ヴィクトル様と食べたアップルパイにも負けない美味しさです!」
「本当かい?喜んでもらえてよかったよ。レティシア嬢はアップルパイが好きそうだったから料理長に言っておいたんだ」
「そうなの?私もアップルパイ食べようっと」
マリーが既に空になった取り皿にアップルパイを取ると美味しい!と頬に手を当てている。公爵家というか、エディットの血筋は大食いの血筋なのだろう。しかも食べても細いまま。羨ましい限りの体形を維持している。ヴィクトルも同じだ。
公爵だけが普通の量を食べている。一つだけケーキを取るとお酒を嗜み始めたようだ。食事をしている時は飲んでいなかったのだが。
「レティお姉様。学園は楽しい?」
「そうね。私はとても良い友人ができたから楽しく通っているわ。授業も楽しいけど、休憩時間にカフェで食事をしながらおしゃべりしたりするのが一番楽しいかな」
「良いなあ。私、友達って呼べる人がいないの。私に近づいてくるのはみんなお兄様目当て」
そうなるかもしれない。ヴィクトルはまだ婚約者が決まっていない。マリーに気に入られ家に招待され兄を紹介してもらって、と考える令嬢もたくさんいるだろう。
「でも、私には婚約者ができたから友達がいなくても良いやって思うようにしているの」
マリーは少し寂しそうだ。
「婚約者がいるのね。マリーは。どんな方?」
「うーん、素敵な方かな。一度しか会ったことなくて」
「そう。マリーはお友達が欲しい?」
「そうね、本当は欲しいわ。でも呼ばれるお茶会はあの女が仕切ってるのばかりで嫌なの。本当は行きたくないけど行かないと友達が作れないし、負けた気がして頑張っているの」
「公爵家ではお茶会をしないの?」
「お母様はするけど私はしない。だってみんなお兄様目当てなんだもの」
「それはまた、面倒ね」
「そうなの。もう婚約者がいる人まで今日はヴィクトル様は参加されないのか?とか聞いてきて。嫌になる。私はお兄様の付属品じゃないわ」
マリーは拗ねながらもケーキを上品に食べている。出されたケーキの半分はもうない。
「じゃあ、今度うちでするお茶会に参加してみない?少し年上の令嬢が多いかもしれないけど」
マリーに少しでも普通のお茶会を体験してもらいたいとレティシアは提案した。
「いいの?嬉しい!お母様行ってもいいでしょ?」
「もちろんよ。レティシアさんのお茶会ならソフィーリアさんやルシールさんが来るだろうから勉強になると思うわ」
「ソフィーリアさん!アレンディード殿下と電撃婚約の!素敵よね~。アレンお兄様がずっと片思いしてたんでしょ?ふふ。婚約が決まったって報告に来た時の顔が忘れられないわ」
朗らかにマリーが笑っている。そうか、アレンディード殿下とは従妹になるのか。
「じゃあ約束ね。お茶会楽しみにしてる」
マリーが満面の笑みを浮かべている。これは人選を考えねば。考えて居るとヴィクトルが話しかけてきた。
「驚いただろう?僕はちょっと勘違いしていたようだ。カフェでレティシア嬢がケーキをたくさん食べているのを見てうちと同じ体質なんだろうと思ったんだけど違ったようだね」
ヴィクトルがちょっと苦笑している。
「カフェは私の息抜きの一環であの時だけです。普段は一般的な量を食べてます。でもマリーもエディット様もどこに消えているのかしら?と思うほど潔い食べっぷりで清々しい気持ちになりました」
「父が母に惚れ込んだのもそこなんだ。王宮舞踏会で会話もダンスもせず、一人で料理を黙々と食べている母を見つけてその食べっぷりと令嬢らしからぬ行動に度肝を抜かれて話してみたいと思ったらしいんだ」
「そうそう、世間は伯母様が側妃になったことでお母様が公爵夫人になったと思っているようだけど、本当はお父様から興味を持って話してみて好感をもって会えば会うほど好きになったって。ね、お父様」
公爵もエディットも困ったように笑っている。
「実はエディットにはレティシア嬢と同じで伯爵家の娘が公爵夫人は無理って断られたんだ。でも私は諦めが悪くてね、エディットと何度か会ううちに性格はなんとなく理解してきてたから、こう言ったんだよ。『君なら無理とか言わずに挑戦を選びそうなのにね。逃げたりしないで』って」
「言われて、カチンときちゃって、やれるわよ!って言っちゃって今に至るってわけ。若気の至りだわ。まんまと嵌められたと後から気づいたけどその時にはもう婚約式も終わってたわ。
だからやれるって言った自分に嘘がないように、結婚までに勉強したのよ。まあ、優秀な私にしたら簡単なことだったけどね」
凄い。売り言葉に買い言葉。でも私はやはり無理と思ってしまう。エディットは自分に自信があるから受けられるのだ。レティシアにはその自信がまるでない。
「ごめんね。今の話、深く考えないで。私はこうだったってだけだから。レティシアさんにはレティシアさんの考え方や気持ちがあるからたくさん考えてくれたらいいのよ。
嫌なら断ってくれて良いのよ。無理強いはしたくないからね。
ただ、頑なに婚約者を決めようとしなかったヴィクトルがレティシアさんの話をするようになって、結婚を申し込みたいって言うから、良いわよっていったの。
ヴィクトルが婚約者を決められなかったのは私のせいでもあるから」
「それは向こうが勝手に言っていることだよ。エディット。君が気にすることではない。レティシアさんも、夫婦の関係というのは色々だから、ヴィクトルと話してみて決めてくれたら良いからね」
そうこうしているうちに散会の時間になった。テーブルの上はもちろん綺麗に完食されている。
場所止めまで家族全員が見送りに来てくれた。オブラン伯爵家の馬車は帰してしまってヴィクトルが送ってくれるらしい。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「私も楽しかった。また来てね」
おお、それはどうだろう。
「絶対にまた来てよ。ああ、早くこんな可愛いお嫁さんが欲しいわ」
いやあ、楽しかったのは間違いないが。
「レティシア嬢。息子を頼むよ」
公爵にまで言われると顔が固まった。それを急いで戻す。
「光栄なお話ですが、今少し考えさせてください。直ぐにお答えできなくて申し訳ございません」
レティシアはそれでも引くことなく自分の気持ちを伝える。
「ああ、構わないよ。急ぎ過ぎている我が家の方こそ申し訳ない。けれど私はレティシア嬢がうちに来てくれると嬉しい、ということだけは覚えておいてほしい」
「ありがたきお言葉。感謝申し上げます」
「そう固くならなくて良いよ。ヴィクトルが何としても君を射止めるだろうからね」
「私もそう思う!っていうかそうして欲しい!あの女は嫌よ!」
先程から出てくるあの女とは誰なんだ?と思うがそこは聞かないに限る。これ以上立ち入らない方が良い。
「それでは失礼いたします」
ヴィクトルのエスコートで馬車に乗り馬車が動き始めた。
「今日は楽しかった。ありがとう来てくれて」
向かいに座るヴィクトルが話しかけてくる。
「私も楽しかったです。マリーも可愛かったですし」
「マリーは本当は人見知りなんだ。あんなに直ぐに打ち解けるとは思わなかったよ」
「そうなんですか?明るくいい子です」
そう言った後馬車の中は静かになった。
私は家に頼りすぎなのだろうか?家にいると楽だし好きなことができる。誰に何も言われずに自分がやりたいことができる。
更に大好きな家族と一緒に領地経営をするのが楽しい。先程のマリーのように喜んでくれる人がいると自信が湧いてきて、新しい商品を考案するのはレティシアの何よりの楽しみだ。
けれどそれはオブラン伯爵家の中での話であって、外へ出るとなると自信が持てないのだ。
ソフィーリアの側近になる為の勉強はしているからそこに出て行く分には自信がある。
ソフィーリアと友達になってから決めたことで準備がほぼ出来ているから。
どうしたらいいのだろうか?ジョフロワ公爵家の人たちは皆優しくて明るいいい方ばかりだった。宰相をしている公爵ですら怖そうに感じていたが家ではこうなんだなと思うと親近感が湧いた。
ジョフロワ公爵家には問題はない。もちろんヴィクトルにも。
ただ、レティシアの気持ちが追いつかない。どうしたら決められるのだろうか?
決められる?レティシアはそう思った自分に驚いた。断る予定だったはず。しかしここ数日の出来事、特に今日の晩餐でどうすれば婚約を決められるか、に少し気持ちが傾いている。
そう思った瞬間にぶわっと赤面するのがわかった。両手で頬を覆う。
「レティシア嬢どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
「そう?なら良いけど。父はね、本当は晩餐の時にお酒を飲むんだけど今日はデザートまで飲まなかったんだよ。酔っぱらった姿をレティシア嬢に見せられないって。別に酒癖悪いわけでもないんだけど僕以上に緊張してたみたいだね」
「そうなんですね。お飲みになられたら良かったのに」
「ああ見えて最初は全員緊張してたんだよ。昨日母親が急にレティシアを晩餐に誘ってきただろう?正餐形式にしようっていう父に対して、母が家族になるかもしれないんだから普段通りで良いって。
いつも通りのうちを見てもらって、嫌だと判断されたらその時よって」
「ふふ。楽しかったですよ。正餐形式の方が緊張したかもしれませんね」
邸が見えてきた。この時間も終わりだ。
馬車止めに着きヴィクトルのエスコートで馬車を降りる。
「また誘ったら来てくれるだろうか?もちろん、僕から誘うから」
ヴィクトルが見つめてくる。右手が熱い。
「ええ。また誘ってください」
「ありがとう。おやすみレティシア嬢」
「はい。おやすみなさいませ」
レティシアは馬車を見送ると自邸へと入った。
今日は眠れるかしら?考えることがたくさんあって一度整理しなくちゃね。そう思っているうちに眠りへと落ちていた。